《地下世界:モンスター救出編》 幕間:腐った不死者とお便りのコーナー
アンリアラパレス。別名『ヤギの城』城内。その一室の広間。
ツルツルに磨かれた長方形のテーブルに、五つの椅子。
そこに座っているのは───
『腐った不死者』アディこと俺と、『ラービット族』アーリィ、テネー、ループトのうさ耳三姉妹。
キアリーは立っている……っていうか、パタパタと宙に浮いている。
理由は知らない。
これから行うのは───
「第一回、お便りのコーナーーーーでしっ!! はい、拍手でしっ!!」
───らしいよ。
パチパチパチッ! パチパチパチッ!
パチパチパチッ! パチパチパチッ!
広間に拍手の音が響く。
「あー……なんか一人、拍手をしてない腐ったモンスターがいるでしねー」
「その前に質問でーす」
「ダメでしっ!! 拍手が先でしっ!!」
しょうがねぇな。
パチパチパチッ。
「はい、おざなりな拍手ありがとうでし」
「質問いいですか?」
「どうぞでし」
「……なにこれ?」
「耳が腐ってるんでしか? ちゃんと冒頭で言ったでし」
「聞いてもわからんから質問してんだよ」
「物語も中盤に入ったでしから幕間っぽいものをはさもうと思ったでし」
「物語ってなんだ!?」
「人生はすべからく物語でし」
「モンスターに人生はおかしい!! 『人』の『生』じゃないだろっ!!」
「アディ様だってモンスターの数とか一人二人って数えてるでし」
「お前も数えてるだろ!! その辺はぼかしとけっ!!」
「ではここもぼかすでし」
「もうぼけぼけすぎて前が見えねぇよ……」
っていうか、いつの間に中盤に入ったんだ? モンスター救出編もう中盤なの? 話……全然進んでないよね? なんか内輪でぐたぐたやってるだけだよね?
「司会進行はこのあちし、八重歯がキュートでおなじみの───『影に潜む魔』キアリー・マスクエルがお送りするでし!!」
「ちょっと待ったぁぁあああぁぁーーーーっっ!!!!」
「なんなんでしか? いちいちとめないで欲しいでし」
「八重歯ってなんだ!? キアリーが八重歯って初めて聞いたぞ!?」
「聞いたもなにも、あちしの八重歯なんて見ればわかることでし」
「見ればって言われてもな……」
「目が腐ってるから見えてないだけでし」
「右目は正常だ! 八重歯はやめろ!! 途中でちょこちょこ設定増やすな! 混乱するだろうがっ!!」
「混乱してるのは脳みそが腐ってるアディ様だけでしよ。ループトたちだって普通に知ってるでし」
うさ耳三姉妹に目を向ける。
「……っ!!」
こくこくと小さく頷くアーリィ。
「確かに見ればわかることですからね」
「キアリー様の八重歯ぁ、可愛いですぅ」
「誰が間違っているのか……わかってもらえたでしかね?」
「数の暴力だ!! 俺はこんなの認めんぞっ!!」
「はいはい。ではさっそく一枚目いってみるでし!!」
はいはいって言われた……。
なんか微妙に俺の扱いがぞんざいじゃない?
一枚目ってなによ? お便りってどこから届くの? ここ異世界だよね?
「どれどれーでし。
『アディ様はいつも怒鳴るから、ちょっと怖い』……だそうでし」
「地声だよっ!! 別に怒鳴ってはねぇよっ!!」
「今まさに怒鳴ってるでし」
「もし俺が怒鳴ってるなら、怒鳴らせてる奴が悪いんだよ!!」
「そんなの責任転嫁でし。声のトーンをもっと落とすでし。優しく優しく諭すでし」
「だったらまず俺に優しくしてくれ。そしたら俺も優しくしゃべるから」
「とにかく、そういう意見が出てることは事実でしから胆に銘じておくでし」
「なんで俺が悪者みたいになってんだ……」
「『内気な三日月』さんからのお便りでしたでしー。ありがとうでしー」
なんだよ、内気な三日月って……。
……内気な……月?
月といえば───うさぎ。
内気といえば───
アーリィを見る。
「……っ!!」
サッと目をそらすアーリィ。
「……あのー、そのお便りって……どこから届くんですかね?」
「もちろんアルムヘイムのどこかからでしね。アルムヘイム以外のどこから届くと思ってたんでしか?」
「アルムヘイムっていうか、もっと近くから送られてきてませんかね」
「それは個人情報保護の観点から、教えられることではないでしね」
ここは本当に異世界なのか?
個人情報が保護されてる異世界っておかしくない?
「では、二枚目でし。どれどれーでし。
『アンリアラ様のことをヤギ呼ばわりするのはいけないと思います』……だそうでし。
これはあちしも賛成でしねー。アディ様はアンリアラ様の偉大さがいまいちわかってないでしからねー」
「ちょ、ちょっと待って下さーい」
「なんでしかアディ様? いいわけでしか?」
「ヤギ呼ばわりはとりあえずおいといて……なんか俺がディスられるコーナーになってませんか?」
「たまたま二枚続いただけでし。被害妄想はやめるでし」
「……そうですか」
「『ノンメガネバニー』さんからのお便りでしたでしー。ありがとうでしー」
横目でテネーを見る。
「なにか?」
「い、いえ……」
絶対テネーだよね?
ノンメガネバニーの意味はまったくわからないけれど……絶対テネーだよね?
そして次は、ループトだよね?
「では、三枚目でし。どれどれーでし。
『アディ様のぉ、私を見る目がぁ、エッチで困りますぅ』……だそうでし。
これはもう法的手段を考えたほうがいいかも知れないでしねー。腕のいい弁護士を紹介してあげるでし」
「はーい」
「なんでしか? 一回一回口をはさまずにはいられないんでしかアディ様は?」
「お前ループトの真似……下手すぎっ!!」
「どうしてここでループトの名前が出てくるんでしかねぇ? 不思議でしねぇ」
「だってループトだもんこれ。ねぇ、ループト?」
「私じゃぁ、ないですよぉ。『ニンジン大好き』さんからのぉ、お便りですよぉ」
「ほら、もう自白してるし」
「では四枚目のお便りでしっ!!」
「強引にスルーかよっ!!」
「どれどれーでし。
『アディ様の格好は、包帯巻いて片目隠してるでしから、中二病の痛い子みたいでし』……だそうでし」
「でしでし言ってる時点でお前じゃねぇーか!! 俺は好きでこの格好してんじゃねぇーだろ!!」
「そんなに恋がしたいんでしか?」
「できたらとっくにしとるわっ!!」
「恋をしたら、みんな中二病みたいに浮き足立つもんでしよ?」
「異世界のお子様モンスターにそんなこと諭されたくねぇ!!」
狂ってる。
今回はみんな狂ってる。
幕間はダメだ。そうじゃなくても世界観狂いがちなのに、これ以上狂うと世界が破滅する。
とりあえずアーリィに、地下世界には月はないよね? と訊いてみたい。涙目になってうつむいてしまうオチが目に見えてるけど。
「では五枚目でし」
「いやちょっと待て!! やっぱり俺がディスられるコーナーになってるじゃねぇーか!!」
「言葉が悪いでしよー。ディスられてるんじゃないでし。いじられてるんでし」
「同じだそんなもん!!」
「わかってないでしねー、アディ様は。これはとっても美味しい立場なんでしよ?」
「デビューしたての芸人かなにかか俺は!? これはイジメだぞ!!」
「本当にイジメられてたらそんな声高にイジメだー!! なんて言えないでし」
「いいや俺はこれによく似た体験をしたことあるんだ!! あれは俺が10歳ぐらいだったか───」
「では五枚目でし」
「被せんな!! 今俺が喋ってる最中だろっ!!」
「勝手に自分語りに入らないで欲しいでし。司会進行はあちしでしよ」
「司会進行を名乗るのならゲストを大切にしろ!! ゲストありきの司会進行者だろうがっ!!」
「仕方ないでしねー。じゃあ1分間だけあげるでし。はいスタートでし」
「横暴すぎるっ!!」
「……5秒経過でし」
「席替えをやった次の日、学校に行ったら新しい俺の席に女子が座ってたんだ。よくある話だろ? ついつい前の席に座っちゃう子が一人はいるもんだ。だから俺はその女子に『そこは俺の席になっただろ』って注意したんだ。普通にな。
そしたら何故かその女子は泣き出して、まるで俺がイジめて泣かしたかのような雰囲気になったんだ。俺は『なんで泣くんだ? お前がそこをどけばいいだけのことだろ!?』って言ったら、さらに泣き出して収拾がつかなくなった。
意味がわからん。俺はなにも悪いことはしてないのに、あれよあれよで臨時の学級会だ。いや、あれは学級会という名の裁判で、俺は完全に被告だった。そして担任という名の裁判官は俺に有罪判決を下した。
マジで意味がわからん。俺なにか悪いことしたか?
俺がどんなに自己弁護しても誰も聞く耳を持たなかったから、机を蹴ったくってその日は途中で帰った。
つき合ってられんからな。
なにを隠そう、こっからが問題なんだ。さらに次の日普通に登校したら、その女子またしても俺の席に座ってたんだ。
さすがにカチンときて『ナメてんのかお前!!』と怒鳴ったら、やっぱり泣き出して、やっぱり学級会という名の裁判が行われた。
なんと俺の知らないところで“席替えが原因でイジメが起きたから席を元に戻した”らしいんだ。
じゃあ誰かそれを俺に伝えろよ!! って言いたかったが、その前にイジメってなんだ、イジメって!?
俺はイジメなんてこれっぽっちもしてないだろ!! なんで俺がイジめたってことになってんだ!!
しかもこれからはもう席替えはしないってことになってた!!
ガキの頃の席替えといえば、ちょっとしたわくわくイベントだ。それが“俺が原因で席替えがなくなった”というムードが教室を支配し、それ以来男女ともから───」
「はい終了でし」
「1分早っ!! え? もう終わり!?」
「終わりでし」
「まだ半分も話せてないけど───まぁ、そんなことがあったんだ!! どう思うよこれ!? 俺悪くなくない!?」
「ちょっと意味がわからなかったでし」
「あれ!? わかんなかった!?」
「わかったでしか? アーリィ」
ふるふると首を振る。
「わかったでしか? テネー」
「申し訳ありません。聞き慣れない単語が多くて……」
「わかったでしか? ループト」
「全然ですぅ」
「うそぉ!? みんなちゃんと聞いてた!? 俺の過去ばな、ちゃんと聞いててくれた!?」
「あんな早口でまくし立てられても誰もわかんないでしよ」
「制限時間1分にしたのはお前だろうがっ!!!!」
「では、五枚目でし」
「進行に滞りがないっ!!」
誰にも話したことない俺の過去ばなだったのに……。
なんか胃がキリキリ痛くなってきた。
イヤなこと思い出したからかな。
「でし? このお便りもちょっと意味がわからないでしねー。一文だけでし」
「なんて書いてあるんだ?」
キアリーがお便りをテーブルの上に乗せる。
お便りには丁寧な字で、こう綴られていた。
【 早すぎたんだ 】
「そこまで腐ってねぇーよ!! ドロドロじゃねぇーかっ!!」
「ペンネームがないでし。誰からでしかね?」
「ヤギだろ! もうヤギしかいねぇーだろうがっ!!」
大体こんな遠回りな悪意を込めてお便り書ける奴なんてヤギしかいねぇっ!!
「いつまでも放牧させてないでさっさと連れて来いっ!! 連れて来て、ここでY字バランスさせろっ!!
もちろんドレスは着せたままでなっっ!!!!」
季節の根野菜と一緒に、圧力鍋でグツグツ煮込んでやる!!
仕上げにヨモギをたっぷり乗せてからむさぼり喰ってやる!!
「着衣にこだわる理由がわからないでしけど、アンリアラ様じゃないかも知れないでしよ?」
「いいやヤギだ。俺にはわかる。いつもの、ぷぷって笑い声が聞こえてくるようだ」
「次編登場のカチューシャかも知れないでしよ?」
「やめろ!! せめて時系列だけは守ってくれ!! そこだけは厳守してくれっ!!」
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
「あー……A-16が流れてきたでしねー。そろそろお別れの時間でし」
「わかり難いことこの上ないっ!!」
異世界にA-16あっちゃダメだろ!!
誰がどうやって支払いするんだ!?
「誰かさんが長々と自分語りするでしからホントけつかっちんでしよ」
「俺は1分しか喋ってないだろ!! てか喋らしてくれなかっただろっ!!」
「では、楽しい時間はここまででし。最後の締めはラービットの三姉妹にお願いするでし」
俺はまったく以って楽しくなかったけどな!!
「そういうことなのでぇ、僭越ながらぁ」
「私たちの三本締めにて、締めとさせていただきます」
「い、いただき……ます」
うさ耳三姉妹が両手を広げ───
パパパスッ、パパパスッ、 パスッ、パパパスッ。
リズムに乗って手を叩いたけど肉球つきうさぎのおててなので、締めというには締まりのない音になってしまった。
「司会進行はこのあちし、八重歯がキュートでおなじみの───『影に潜む魔』キアリー・マスクエルがお送りしましたでしー」
「八重歯推しうぜぇなぁ……」
「レベルが1上がったぐらいじゃなにも変わらないことに全然気づいてないアディ様の今後の活躍に、乞うご期待でし」
「えぇ!? 変わらないの!?」
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
「ねぇ、変わらないの!?」
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
「ねぇ、ちょっと!!」
~♪ ~♪ ~♪ ~♪
……プツン。




