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異世界クエスチョン ~モン娘は俺の花嫁~  作者: 阿由知香るブラック
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《地下世界:モンスター救出編》 第十二話:腐った不死者とレベル上げ

 アンリアラパレス。別名『ヤギの城』城内地下一階。


 C級第一訓練場。そこは小学校の体育館を思わせる広さだった。


 地下だけに天井は低いけれど、俺とキアリーだけなので充分な広さといえるだろう。一周するだけで、俺なら肩で息をする自信がある。


 文句をつけていいのなら───C級ってなんだよ?

 C級があるなら、A級だってあるだろ。どうせ五人しかいないんだ、この城は。A級使わせろよA級を。


 ……というのは冗談だ。キアリーがわざわざC級を選んだってことは、それなりの理由があるハズだからな。

 ないかも知れないけど。


「訓練場があるってことは、この城もかつては兵士がいたのか......」

「アンリアラパレスには兵士なんていないでしよ。訓練場も名目上だけで、ほとんど使われてはいなかったでし」


「モンスター兵とかいないんだ?」


「大魔王様がアルムヘイムを統治してからは、戦争なんてまったくなかったでしからね。平和な世界に兵士なんて必要ないでし」


 瞬き一つで城を粉砕する大魔王に逆らう輩はいないというわけか。

 強大な力で平和が保たれるってのも皮肉めいてるけれど、世の中そんなものなのかも知れない。

 まぁ、平和がなによりだ。


「でも、勇者一行が攻めてきたときだけは軍隊が結成されたでし。アルムヘイムの七つの領に七つの軍隊が結成されて、魔王軍が誕生したでし。戦える力を持った強いモンスターの殆どは軍に入隊したでし。

すぐに勇者に壊滅させられたでしけどね」


「すぐに……か。なんか俺まで勇者にガクブルきそうだよ。ってか、アルムヘイムにも領地とかあるんだな」


「あった……というのが正確でしけどね。各領の城は攻め落とされ、領主も倒されたでしから、今は領地境界線もなんにもないでし。

領を治めていた領主は七大領主と呼ばれていて、魔王軍ができてからは七大魔将とも呼ばれてたでし。アンリアラ様はその七大魔将の最後の生き残りでしね」


「アンリアラも、勇者一行と戦ったのか?」

「もちろんでし」


「よく生き残ったな。二秒で殺されそうだ」


「アンリアラ様は強いでし。強いから領主を任されていて、七大魔将でもあったんでし。今の姿だって真の姿ではないでし」


「なんだ? 変身でもするのか?」

「三回変身するでし」


「しすぎだよっ!!」


「最終的には、外見だけで実力を判断するなといういい見本……みたいな姿になるでし」

「そんなフリーザ様みたいなっ!?」


「殆んど裸でし」

「じゃあ今と変わらねぇじゃねぇーか!! それ服脱いだだけだろ!!」


「結局負けてしまったでし。死んだフリして、なんとか生き延びたって言ってたでし」


 マッパで戦い、最後は死んだフリか。

 ある意味壮絶な死闘が繰り広げられたんだな。猫的なファイトだ。


 俺も少しは強くならなければならない。力ではシャムに勝てないとしても、だ。

 モンスターを救出する為に必要なレベルは、絶対に3ではないだろう。3なんて、お城の周りをぐるぐるするレベルだ。


 アルスレイにはごろつきが何十人もいる。そのごろつきの下っ端であろうタゴヤにすら及ばない俺では、お話にならない。


「よし、キアリー! 訓練を始めてくれっ!!」

「……わかったでし」


 コホンッと一回、咳きをしたキアリーの目つきが、急に変わった。

 急に変わったというか───急に目がすわった。


「最初に言っとくでしっ!!」

「ぉおぅ!?」


「訓練するからには訓練場ではあちしのことを、キアリー教官と呼ぶでしっ!!」

「なにそのノリ!?」


「返事は、でし、でしっ!!」

「でしでし?」


「返事は、でしっ!!」


「でしっ!!」


 キアリーの迫力に圧され、俺はビッと敬礼した。

 踵もそろえ、背筋を伸ばし、姿勢を正す。


「まずは大きく息を吸い込むでしっ!!」

「でしっ!!」


 俺は大きく息を吸い込み───


「吐くでしっ!!」


 吐いた。


「以上でしっ!!」

「以上かよっ!?」


「返事は、でしっ!!」

「でしっ!!」


「もう一回、大きく息を吸い込み、そして吐くでしっ!!」

「でしっ!!」


 大きく息を吸い込んで───吐いた。


「やればできるじゃないでしか」


「深呼吸くらい誰だってできるわっ!!」


「返事は、でしっ!!」

「でしっ!!」


「大きく息を吸うでしっ!!」


 俺はまた、大きく息を吸い込み───


「吐くでしっ!!」

「はぁぁあああぁぁぁぁー……」


「臭いでしっ!!」

「じゃあやらすなよっ!!」


「返事は、でしっ!!」


「でしっ!! ───いや、ちょっと待って下さい! キアリー教官っ!!」


「なんでしか?」


「意味がわかりませんっ!!」


「わかる必要なんてないでしっ!!」


「えぇーっ!?」


「言われたことを言われた通りにやってればいいでしっ!!」

「……ただの深呼吸なのに」


「返事は、でしっ!!」

「でしっ!!」


「大きく息を吸うでしっ!!」


 俺は三度みたび、大きく息を吸い込み───


「歯を喰いしばるでしっ!!」


 違うパターンきた!!


 俺は歯を喰いしばる。

 そしたら、ビシッと頬を叩かれた。

 先端がハートの形をしたキアリーの尻尾で。


「愛のムチでしっ!!」


 なんで今っ!?

 なにも悪いことしてないのにっ!!


「吐くでしっ!!」

「はぁぁあああぁぁぁぁー……」


「臭いでしっ!!」


 また、ビシッと尻尾で頬を叩かれた。

 キアリーのお尻のスナップが利いていて、微妙に痛い。


「なにするんですかっ!? キアリー教官っ!!」


「愛のムチでしっ!! イヤだと言うんでしかっ!!」

「実はそんなにイヤではありませんっ!!」


「この変態っ!!」


 ビシッ!!


「大きく息を吸い込んで……吐くでしっ!!」

「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「臭いでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「腐臭と口臭の夢のコラボでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


眩暈めまいがするでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「あちしの尻尾で叩かれる気持ちはどうでしかっ!? どうなんでしかっ!?」

「な、なにかに目覚めてしまいそうですっ!!」


「遠慮なく目覚めるでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「大きく息を吸い込んで……吐くでしっ!!」

「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「臭いでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「その臭い息を、もっとあちしに吐きかけたいとは思わないでしかっ!?」

「お、思えてきましたっ!! なんか思えてきましたっ!!」


「じゃあそうするでしっ!! この変態っ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」

「臭いでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」

「臭いでしっ!! 最悪でしっ!! 牛乳を拭いた雑巾のほうが百倍マシでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「あちしにもっと、吐きかけたいでしかっ!? 吐きかけたいでしかっ!?」

「吐きかけたいですっ!! 吐きかけたいですっ!!」


「おねだりするでしっ!! このあちしにおねだりするでしっ!!」

「キアリー教官に吐きかけたいですっ!! 吐きかけさせて下さいっ!!」


「思う存分吐きかけるでしっ!!」


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「臭いでしっ!! 悪夢のようでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!

 ビシッ!!

 ビシッ!!


「今どんな気分でしかっ!?」

「ヤバいですっ!! 正直ヤバいですっ!!」


「いくところまでいくでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「吸って吐いて、吸って吐いて、するでしっ!!」


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「そのたびにあちしが尻尾で叩いてあげるでしっ!! 愛のムチでしっ!!」

「ありがとうございますっ!!」


「さぁ!! あちしにそのくっさい息を吐きかけるでしっ!!」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「でしっ!! 

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「この変態っ!! あちしに臭い息を吐きかけ尻尾で叩かれて悦ぶ変態っ!! でしっ!!」


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「臭いでしっ!! もうやめるでしっ!!」

「えぇっ!?」


「その臭さにはもう飽きたでしっ!! 臭いだけなら腐臭で充分でしっ!!」


「そ……そんな……っ」



 あ、飽きたって……なん、で? 俺は教官に言われた通り、従順に従ってきたのに……ちゃんと言われた通りに……従って……。


 ───あっ! だから……なのか? 従順すぎたから、言われた通りにしかできないから、その状況に甘んじて自己研磨を怠ったから、飽きられた、のか?

 

 そうだ。そうに違いない……。

 で、でも、いくらなんでも、急すぎる。ここまで来て教官に捨てられたら、俺は、一体どうしたら……。


「なんでしかその物欲しそうな目はっ!? あちしにもっとそのくっさい息を吐きかけたいとでも言うんでしかっ!?」


 それはクモの糸のような救済の言葉だった。

 地獄に落ちようとしている俺に、教官は情けをかけて下さっている。俺が悪いのに、自己研磨を怠った俺が悪いのに、最後のチャンスを与えてくれている。


「は、吐きかけたいですっ!!!!」


 心の底から叫んだ。ありったけの想いを込めて。


「おねだりの仕方は教えたハズでしっ!!」

「キアリー教官に吐きかけたいですっ!! 吐きかけさせて下さいっ!!」


 縋りつくように言う。

 ここで見放されたら、俺はもう、生きては……死んでるけど、生きてはいけない!!


「おねだりが足りないでしっ!!」


「吐きかけたいですっ!! 吐きかけさせて下さいっ!! お願いしますっ!!」


 思わず無意識に身体が動いて、床に手と膝をつけた。そして自然に頭も、床についた。教官は今、俺を試しているんだ。俺がどこまでついて来れるか、を……。

 自問など以ての外。言わずもがな、ついて行く。どこまだって!!


「なにを吐きかけたいんでしかっ!?」

「俺のくっさい息をですっ!! 俺のくっさい息を吐きかけたいですっ!!」


「誰にでしかっ!?」


 バッと顔を上げ、教官の大きな瞳を見詰める。しっかりと。そして俺は教官の名を口にする。


「キアリー教官にですっ!!!!」



「続けて言ってみるでしっ!!」

「俺のくっさい息をキアリー教官に吐きかけたいですっ!!」


「三回続けて言ってみるでしっ!!」


「俺のくっさい息をキアリー教官に吐きかけたいですっ!! 俺のくっさい息をキアリー教官に吐きかけたいですっ!!

俺のくっさい息をキアリー教官に吐きかけたいですっっ!!!」



「…………仕方のない変態でしねぇ」


 呆れたように、けれど目尻を下げて微笑み、教官は答えてくれた。


「許してあげるでしっ!! さぁ、吐きかけるがいいでしっ!!」


「あ、ありがとうございますっ!!!!」


 感謝の『謝』は『あやまる』とも読む。まさにそんな心境だった。感謝と謝罪の心は相反するようで、しかし本質は同じなのだ。

 感謝で頭を下げ、謝罪でも頭を下げる。自分はいつだって下。教官はいつだって上。それが俺と教官の関係だ。


 その教官が許してくれた。いつだって下の俺を、許してくれた。


 ついて行く。命令されたからではなく、自らの意思で。


 そう、自らの意思で、俺は大きく息を吸った。


「すぅぅぅぅぅぅー……」


 そして───


「はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 吐いた。


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「変態っ!! このド変態っ!! でしっ!!」


 ありがとうございます。


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


 ありがとうございます。


「変態っ!! くっさい変態っ!! マキシマム悪臭魔っ!! でしっ!!」


 ありがとうございます。


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


 ありがとうございます。


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


 ありがとうございます。


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「この……」


 ビシッ!!

 ビシッ!!


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「……変、態」


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「……ヘ……ン……態……」


 ピシッ。

 ピシッ。


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「……ヘ……ンタ……ィ……」


「すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………。

すぅぅぅぅぅぅー……はぁぁあああぁぁぁぁー…………」


「……ァ……ィ……」


 ありが…………ん?



 あれ?


 我に返ってみると───


 お尻をひねりながら宙に浮いていたキアリーが、ふらふらと地面に立ち、そして、ころりと横になった。


「キアリー……?」

「……すぅ……すぅ……すぅ」


 キアリーが、寝息を立てて眠っている。


 すると、腹の底から熱の篭ったなにかが湧き上がってきた。


 ……身体全体が熱くなる。もう充分に熱くなっていた身体が、さらに熱くなった。


 両腕を広げ、己が身体を見遣みやる。


 ……これは…………力の発現だ。


「……すぅ……すぅ。むにゃ……むにゃ……」

「……な、なんだ? ……この湧き上がってくる力は……?」


「すぅ……むにゃ、レベ、ル……4……でし。むにゃ……」


 ───っ!? 


 ……レベル4っ!?

 俺は今、レベル4になったのかっ!?


 レ、レベルが……上がったっ!!

 レベルが上がったっっ!!!!



 俺は解放された力を振り絞り、雄々しく叫んだ。



「こんなレベルの上げ方あるかぁぁぁぁああああああぁぁッッッ!!!!!!」




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