《地下世界:モンスター救出編》 第十一話:腐った不死者とアルスレイの街
気づけば、大きな岩の影の上に立っていた。
キアリーの影内限定移動魔法で飛んだその場所は───辺り一面、俺の肩の高さまであるムギのような植物に覆われていた。
それはまさに金色の野と呼ぶに相応しい幻想的な風景。
青き衣を纏いたくなってくる。
「きれいだな」
風も心地いい。
初めてシャムとうさ耳三姉妹に出会ったロータスの街近辺よりも気候が穏やかだ。あそこからはまた相当、距離が離れているということになるのだろうか。
『アディ様は、こういう場所は好きでしか?』
「ああ、なんか心が落ち着く」
『……しばらくすれば、ここも人間たちに切り開かれて、まっさらになってしまうでし』
「ならん。その前に俺が地下世界を奪還する」
『アディ様……』
「ところでキアリー。肝心のアルスレイが見当たらないんだけど……?」
『ここから歩いて一時間くらいのところにあるでし』
「そうか。……じゃあ、さっさと行こう」
背丈の高いムギの野原は、隠れながらアルスレイまで歩くのに都合がいい。なにがあるかわからないので、とりあえず姿は隠して行動するほうが賢明だろう。
「ねぇ、キアリー。これ、ムギ?」
一本、根元から千切ってブンブンと振り回す。枝先に連なった丸みを帯びたひし形の実を見るに、ムギにしか思えない。
『天ムギでし。場所によっては、もっと高く育ってるでし』
適当に訊いたけど、ムギはムギなんだな。
どっかのヤギにくれてやったら、喜んでムシャムシャ食べそうだ。
「アンリアラから連絡はないのか?」
『ないでしね。そうそう連絡はとれないでし』
「一体なに考えてんだあいつは? 俺を召喚して以降まったく姿を現わさんじゃないか?」
『アンリアラ様はとっても忙しいでし。やることがいっぱいあるでし』
「なにやってんの? あいつ」
『逃げ延びたモンスターたちが集まって集落を作ってるところが、いくつもあるでし。今はその集落に、アンリアラパレスのような隠匿系魔法をかけに行ってるでし』
「そうすればシャムにも見つからないのか?」
『あのアンリアラパレスですら見つかっていないんでし。小さな集落なんて隠匿系魔法をかければまず見つからないでしよ』
「……まぁ、あいつはあいつで頑張ってるわけか」
『そうでし。アンリアラ様は偉大な方なんでし』
……とてもそうは思えんがな。
偉大な方はことあるごとにぷすぷす笑わんぞ。
「その集落とやらに隠匿系魔法をかけてるのなら、うさ耳三姉妹もそこに移したほうが安全じゃないのか?」
『それはそうかも知れないでしけど……。やっぱりあちしたち二人だけじゃ限界があるでし。あちしは回復魔法は使えないでしからね』
「あれ? じゃあ俺に回復魔法かけてくれてるのって、アーリィなの?」
『そうでしよ?』
「俺、アーリィに超嫌われてるのに、そんなことしてもらってたのか。あとでお礼を言っとかなきゃならんな」
『アーリィは別にアディ様のことを嫌ってないでしよ?』
「いや、どう見たって嫌われてるだろう。目線すら合わせてくれんぞ」
見続けるだけで涙目になっていくしな、アーリィは。
俺はどんだけ嫌われてんだって話だ。
『違うでしよ。アーリィの態度がラービット族として普通なんでし。そのくらいラービット族は他種族に対して警戒心が強いんでし。
ループトとテネーのほうがラービット族としては変わり者なんでしよ』
「え? そうなの」
『そうでし。アーリィが普通なんでし』
そうなんだ。
じゃあそれほど気に病む必要もないわけか。
そんなことを喋りながら歩いていると、遠くに街らしきものがポツリと見え始めた。
───あれがアルスレイか……。
「この距離から見えるってことは、相当デカい街なんじゃないか?」
『そうみたいでしね』
「さらわれたモンスターたちがいるってことに、信憑性が出てくるな」
もともとがシャムが、カンターベリーの商人に頼まれてモンスターをアルスレイに送ってるって言ってただけの、拙い情報源だからな。
当てがそれしかないから、縋るしかないんだけど。
「そういや、カンターベリーってなんだ? 街か? 国か?」
『多分でしけど、地上世界の国の名前でし』
「ほう。その国の商人なんかに、どうして勇者が言うこと聞かなくちゃいけないんだろうな?」
『それは知らないでし』
シャムはシャムで、なんか抱え込んでるみたいだしな。
なんとなく、そう思う。
アルスレイに近づくにつれ、俺たちはその大きさに目を見張った。
もはや、街というレベルではないほど巨大だ。カナンの街が、その名の通り『街』であるなら、アルスレイは『首都』と表現したほうがいいだろう。
俺たちは立ち止まり、アルスレイを眺める。
しかし───
「…………造ってるじゃん」
『造ってるでしね』
建設途中だった。
外壁は高さ半分くらいしか造られていないところが多く、ところどころに隙間がある。足場が組まれ、開拓民たちがせっせと石をはめ込んでいる真っ最中だった。
外壁の隙間から街の中の様子をうかがえば、人々がうようよいるものの、商店も家もまばらにしか建てられていない。
溢れる人々。
うごめく人々。
開拓民たちと、カナンの街にいたような屈強なごろつきたち。
まだ街が完成してない以上、入っていこうとしたら、なんだお前? ってことになるだろうな。そしてまた、ごろつきとストリートファイトだ。
近づくことすらできない。
「……本当にアルスレイにモンスターたちがいるのか、いきなり怪しくなってきた」
『いないでしかね』
「これだけ大勢の人がいてモンスターがいたらパニックにならないか? 入って確かめたいところだけど、さすがにこれじゃあ入れないな」
しばらく様子を見ることにした。
腰をかがめ、天ムギに隠れながら時間を過ごす。
労働時間が終ったらしく開拓民が街の中に入っていくと、今度はごろつきたちが門番のように外壁に沿って並び始めた。
カナンにいた花売りの少女姉妹の父親───ラカンのような開拓民脱走対策だろうか?
堅固な牢獄を思わせる守備だ。
……余計に街の中に入れなくなったな。
『入れないでしね』
キアリーも同意見のようだ。
「入れないこともないんだけど……」
『いつものノリでムリヤリ入ろうとすれば、またごろつきに絡まれることになるでしよ?』
「いや、払うつもりはなかったんだけど、一週間後くらいに俺はごろつきの中ボス的存在のローとアルスレイで会って、2000G払うって約束してるからな。
そこを利用して、入るだけならできないこともない」
2000Gを工面する目処は、まったくないけれど……。
水晶玉を売って手に入れた金は、きれいさっぱり消えてしまったし。
一文なしだ。
『いったんアンリアラパレスまで戻るでし。いつまでもここにいたら、ごろつきに見つかってしまうでし』
「そうだな」
今見つかって騒動を起こせば、入れるものも入れなくなる。ここはおとなしく身を引いて、善後策を考えるのが妥当ではあるか。
「帰ろう。飛んでくれ」
『了解でし』
キアリーが影内限定移動魔法を唱え、俺たちは城へ戻った。
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アンリアラパレス。別名『ヤギの城』城内。二階自室。通称:アディマイルーム。
部屋の大きさは六畳間くらい。
城には数多くの部屋があり選び放題だけど広い部屋が大半だ。広いというか、広すぎる。俺はムダに広い部屋は落ち着かない性質なので、使用人専用の小さな部屋を使っている。
ベッドに、小さなテーブルと椅子しかない、食事ができ、寝られればいいだけの部屋だ。
そんな部屋の扉に、コンコンとノックがされた。
「開いてるぞ」
返事をすると、キアリーが姿を現した。
キアリーとはリアルドキンであり、俺のペットでもある。
「違うでし」
じゃあ、俺のオナペットだ。
毎晩お世話になってます。
「もっと違うでし」
「俺の心を読むな」
「読んでないでし。邪まな心が顔ににじみ出てるだけでし」
「アンリアラとは連絡とれたか?」
「残念ながら、とれなかったでし」
ちっ。金をせびろうと思ったのに。
役に立たんヤギだな。
ヤギだけに、どっかで道草食ってるんじゃなかろうな。
「なんでしか? そのポーズは?」
「考える人のポーズだ」
「アディ様は人間じゃないでし」
「訂正しよう。考える腐った不死者のポーズだ」
「根詰めて考えないほうがいいでしよ? 腐った不死者はあまりものを考えるタイプのモンスターではないでし」
「そうなのか?」
「脳みそ腐ってるでしからね」
「今すぐすべての腐った不死者にあやまって来いっ!!」
───まぁ、確かにアンデッドに賢いイメージはないけどな。動きも頭の回転も、鈍い感じがする。
しかし俺はそんな既成概念には囚われない男だ。
「俺が考えてるアルスレイ侵入プランだと、どうしても早急に2000G工面しなくちゃいけないんだよ。さらわれたモンスターの安否も心配だしな。のんびりしてはおれん」
「アディ様はついこの間召喚されたばかりなのに、会ったこともないモンスターたちの為によくそこまで頭を悩ませられるでしね」
「いまさらなに言ってんだ? 俺はやるといったらやる男だ」
「……アディ様は優しいでし」
「いくら褒めてもペッティング以上のことはできんぞ? 倫理的にもな」
「ペッティングは表現が露骨でし。あと倫理的にはアウトでし」
「じゃあ、さわさわ。これなら表現も可愛いから倫理的にセーフ」
「満場一致でアウトでし」
いや、今はそんなことはどうでもいい。こうしている間にもモンスターたちはさらわれ続けているかも知れないし、ローがアルスレイに帰ってくるまでに、どうしても2000Gを用意したい。それがもっとも無難なアルスレイ侵入プランに繋がるんだが……。
「キアリー。100Gくらいを2000Gに変える魔法はないか?」
「そんな魔法あったら経済が破綻するでし」
「街に金貸しとかはないのか?」
「あちしが知る限りではないでしね」
2000Gの早期工面はムリか……。
この城はデカいくせに、俺に嫌がらせしてるのか? ってくらいに本当に金目のものがない。
さすがアンリアラの名を冠するだけのことはある。
役に立たねぇ。
気づかなかったけど、なんで0Gスタートなんだ? 最初に必要経費として、せめて100Gくらいは用意するのがデフォじゃないのかよ。
「アディ様は、どんなプランを考えてるんでしか?」
「俺は一応、アルスレイにモンスターたちが囚われている前提で考えてるから、救出作戦を踏まえてのプランなんだけど……。今のところ荒唐無稽すぎて、話す気になれん」
「では身体を動かすでし! 身体を動かせば、いいアイディアも浮かぶかも知れないでし!」
「……う~ん。……今はそんな気分でもないんだけどな」
「レベル上げ頑張れば、そのあとお風呂でしよ?」
「急げキアリー!! 訓練場は待ってはくれんぞっ!!」
俺は風のように廊下を突っ走った。
「……訓練場は動かないでしけどね」
しかし俺はこのとき、訓練というものをナメていた。レベルを上げる為のハードルがあんなに高いものだとは、思いもよらなかったのだ。




