《地下世界:モンスター救出編》 第十話:腐った不死者と第二回モンスター救出作戦会議
アンリアラパレス。別名『ヤギの城』城内。その一室の広間。
ツルツルに磨かれた長方形のテーブルに、五つの椅子。
そこに座っているのは───
『影に潜む魔』キアリーと、『ラービット族』ループト、テネー、アーリィのうさ耳三姉妹。
俺は立っている。
指揮官であり、司会進行者だからだ。
これから行うのは───
「第二回モンスター救出作戦会議ーーーっっ!! はい、拍手っ!!」
パチパチパチッ! パチパチパチッ!
パチパチパチッ! パチパチパチッ! パチパチパチッ!
広間に拍手の音が響く。
今回はうさ耳三姉妹もいるので、ちょっと会議っぽくなった。
ループトが各席にお茶を淹れてくれる。
……お茶の色が、ほんのり赤い。
きっとニンジン由来のものだろう。カロチンの過剰摂取とか大丈夫だろうか。腐った身体の俺には多分関係ないと思うけど……。
「連日の会議でしねぇ」
「必要に迫られれば何回だって会議はすべきだ」
モンスター救出作戦のことは昨日の内にキアリーが、うさ耳三姉妹に話しておいてくれている。
理由は知らないけど、何故か俺が異世界から召喚されたことは伏せているらしい。
人間に例えれば、うさ耳三姉妹は街人───つまり一般市民であって、一応は一城の主であるアンリアラのしたことを、その側近であるキアリーは簡単には口外できないのかも知れない。
俺は別にどっちでもいいけど。
「会議が始まる前にうさ耳三姉妹には、これを渡しておこう」
昨日、リリから買った黄色い花だ。
早く渡さないとしおれちゃうからね。
俺は朝、気絶から回復したばかりだったから渡せなかったのだ。
ちなみにシャムに吹っ飛ばされたあと、勇者から離れて機能回復したキアリーが影内限定移動魔法を唱えてくれて、城に戻って来たそうだ。
「わぁ、懐かしいですぅ」
「私たちも昔はよく……」
「リコの花」
うん、うん。
うさ耳三姉妹は喜んでくれているようだ。
「…………」
でも、キアリーはなんだか微妙な表情をしている。
ちょうど三つだったから、結局うさ耳三姉妹にあげることにしたんだけれど……。
「キアリーには今度、もっといい物をプレゼントするよ」
「それはいいんでしけどねぇ」
……嫉妬しているのか?
キアリーも可愛いところがあるじゃないか。
「あれを見て下さいでし」
「……ん?」
うさ耳三姉妹が花を口に入れて、もぐもぐしている。
「食べたぁーっ!! もぐもぐ食べちゃったぁぁーっっ!!」
「……っ!?」
「……え?」
「美味しいですぅ」
ど、どうして食べちゃうんだ……。
髪に飾ったり、押し花にしたりしないのか……。
「ラービット族は基本、草食でしよ? 花なんて普通に食べものでし」
「そうなのっ!?」
さすがうさ耳モンスターだけのことはある!
俺の想像の斜め上をいってくれるっ!!
テネーの「私たちも昔はよく……」の続きは「食べていた」ということだったのか。
「いや! グッドタイミングッ!! そういうことなのだっ!!」
「どういうことでしか?」
「今回、うさ耳三姉妹に同席を願ったのは……」
「願ったでしは?」
「俺はこの世界の常識を知らなすぎるっ!!
それはモンスター救出作戦を行う上で非常にデメリットになるハズだっ!!
昨日カナンの街に行ったとき、知らない単語とか知らない出来事がたくさん出てきた!
俺はそれを知りたいっ!!」
「例えばなにを知りたいんでしか?」
ふむ、思いついた順からいこう。
まずは、あのときいたごろつきの頭らしき長髪のローが言っていた───
「ムーンレイクって、なに?」
「穴でしよ。地上世界に続く大きな穴でし」
地上に続く……か。
「ムーンレイクからも逃げられない」とは、地上には逃げられないと脅していたわけか。
「どうしてムーンレイクなのに『穴』なんだ? レイクって、湖って意味だろ?」
「地上世界ではもともとは湖だったらしいでしよ。今は直径一万メートルくらいの大穴が空いてるでし」
「なんだそれ? 大地震でもあったのか?」
「勇者一行がアルムヘイムに入り込むとき、勇者の極大魔法でブチ抜かれたでし」
「怖っ!! 勇者怖いなっ!!」
魔法で直径一万メートルの大穴なんて空けられるのか?
大災害以上のレベルだぞ? 大魔王に続き、あいつも世界滅ぼせるんじゃないか?
「勇者なら簡単なことでし」
「ムチャクチャやるな、あのパツキン。なに考えてんだ……」
「アルムヘイムには雨が降らないでしが、過去に二度、雨が降ったと言われているでし」
「ほうほう」
「一度目がムーンレイクに大穴が空いて、湖の水がアルムヘイムに流れ込んだときでし」
「……二度目は?」
「勇者一行が大魔王様の城に進攻してきたときでし」
「そのとき雨が降ったのか?」
「血の雨が降ったでし」
「怖っ!! 怖すぎるだろっ!! 勇者っ!!」
「だから勇者は怖いものだと言ってるでしよ」
モンスターが勇者を怖がる理由がよくわかるな。
あいつがモンスターじゃないのか? 怪物という意味で。
「されど所詮は推定15歳のパツキン!! いつか俺がどうにかするっ!!」
「アディ様ぁ、すごいですぅ」
「サインはあとあと」
キアリーは勇者に手を出すな的なことを言ってるけれど、俺としてはシャムをどうにかしない限りモンスターたちを救出できたとしても、同じことの繰り返しになるとしか思えないからな。
「開拓民について訊きたい。開拓民って、なに?」
「地上から派遣されてる、アルムヘイムの森や山を切り開いている人間たちでしね」
そこは普通の意味で、開拓する民ってことか。
「なんか不遇の扱いを受けてるっぽいんだけどさ」
ごろつきに囲われてるみたいだし、日当が50Gって薄給すぎるだろ。病気でも働かされるのは労働条件悪すぎだ。
さすがに異世界には労働基準監督署みたいな機関はないだろう。
「それは人間たちの都合でしから、あちしにはわからないでし」
「うさ耳三姉妹はなにか知らないか?」
「申し訳ありません。わかり兼ねます」
「……そうか。……アーリィはなにか知らないかな?」
「……っ!!」
無言で小さく首を振るアーリィ。
目線すら合せてくれない……。
残念ながら、別のことがよくわかってしまった。
気をとり直して次はパツキン勇者こと、シャムのことを訊こう。
「アマリアって誰か知ってるか? キアリー。シャムが俺に似てるとか言ってるんだけど……」
「人間の名前なんて知らないでし。勇者がシャムって名前なのも、アディ様に聞いて初めて知ったでし」
「勇者の名前くらい知っとけよ。アルムヘイムに特攻カマした張本人なんだし」
「勇者は勇者で充分でしよ」
モンスターの感覚だとそうなものなのか?
勇者は一人なんだし、区別さえできればいいんだな。
「その勇者が言ってたんだけど、モンスターが人間を襲ってるって、本当か?」
「そういうこともあるでしね」
「ダメだろう? 人間襲っちゃ……」
「人間たちがあちしたちを襲ってくる以上、抵抗するのは仕方のないことでし。防衛手段でし」
そりゃそうか。
抵抗しなきゃ、殺されるだけだもんな。
「でも、モンスターに何万もの人間が襲われて死んでるってシャムが言ってたぞ?」
「それは言いすぎでし。
確かに勇者がアルムヘイムに進攻したとき、モンスターと人間が激突した事実はあるでしが、それでも何万人も死んだってことはないハズでし。
むしろ何十万のモンスターが殺されたでし」
シャムと口論したときは売り言葉に買い言葉で言い返しただけだったけど、モンスターに襲われて何万人もの人間が死んでるって国の統計は本当に間違ってたってことだろうか?
「ラービット族も人間を襲ったりしない? テネー?」
「私たちは人間を見かけたら、すぐに逃げるように教わってますから……」
「アルムヘイムは果てしなく広いでし。もしかしたら、どこかで人間を襲っているモンスターもいるかも知れないでし。
昨日の街のごろつきのような気の荒いモンスターもいるでしからね」
「ふーん。そうなのか……」
人間にも千差万別、色々な奴らがいる。
モンスターにも千差万別、色々な奴らがいる。
言ってみれば、当然すぎるほど当然のことだな。
「わかった。……一息つこうか」
俺は椅子に腰かけて、ループトが淹れてくれたお茶をすすった。
どうせ、ニンジン味だろうけどな。
「…………っ!! 予想に反して美味いっ!! なんだこれ? ニンジン茶じゃないのか?」
「ニンジンですよぉ」
「にしては程良く甘いんだけど……どうやって作ったんだ?」
「ニンジンを刻んでぇ、天日で干したんですよぉ」
「…………へぇ」
太陽のない地下世界でどうやって天日に干したのか疑問だけど、美味しいから気にしないでおこう。
「本当に美味しいよ、ループト。ある意味裏切れた気分だ」
「ありがとうございますぅ」
俺はティーカップを傾け、ぐいっとニンジン茶を飲み干した。
「よし! 休憩終わりっ!!」
「ぶっ!! ───早いでしね!!」
「鼻からお茶をたらすんじゃない。はしたないぞ、キアリー」
「せかせかしすぎでし、アディ様。もう少し落ちついてお茶を楽しむことはできないんでしか?」
「そう? じゃあそうしよう。ループト、おかわりもらえる?」
「わかりましたですぅ」
おかわりのニンジン茶を、よく味わうようにゆっくりすする。
……うん、美味しい。とてもニンジンとは思えない。うさ耳メイドが淹れてくれたということで、さらに美味しさ倍増だ。
キアリーも美味しそうに飲んでいる。
上品に受け皿を持ってニンジン茶を飲むキアリーの姿は、優雅さが様になっている。見た目お子様なリアルドキンなのに生意気だな。
「……視姦はやめるでし」
「見てただけで視姦言うなよ。どんな奴なんだ俺は」
「なんでしか?」
「キアリーは、人間で例えるなら貴族みたいなもんか?」
「全然違うでし。モンスターにそんな階級はないでし。アンリアラ様に仕えていたからそう感じるだけでしよ、きっと」
口を閉じてりゃ、アンリアラはまさに貴族のようだからな。もう貴族を通り越して王族のようだ。
口さえ閉じてりゃ。
口さえ閉じてりゃな。
「会議が終わったら、アルスレイまで行くんでしよね?」
「ああ。その前にちょっと筋トレしてからな」
「アディ様……ムダな努力はやめるでし」
「ヒドイこと言うな! 努力にムダなどない! いつか俺もパイン兄さんのようにムキムキになるんだっ!!」
「あちしは昨日、忠告したでし。あの黒い人間の言うことは鵜呑みにしないほうがいいでし……と」
「いや! パイン兄さんの言うことは正しいハズだっ!!」
「人間としては正しいかも知れないでし。でも、アディ様は人間じゃないでし」
「……どゆこと?」
「身体が腐ってるのに、どうやってムキムキになるんでしか?」
身体が。
腐ってるのに。
どうやって、ムキムキに……?
両手で頭を抱え、テーブルに肘をついた。
「腐ってると、ムキムキになれないの……?」
「死んだらそれ以上歳をとらないのと同じように、腐った不死者に肉体的成長はないでし」
……マジで?
……それはヒドイ。……ヒドすぎる。
俺は努力すら許されないのか?
努力をすることすら許されないのか?
本当に心まで腐っていくぞ、これじゃあ……。
「───いいや! 努力にムダなどないっ!!」
俺はビシッとキアリーを指さした。
「賭けるかキアリー!! 俺の努力は必ず実を結ぶっ!! そしたらキアリーにはお風呂で背中を流してもらうからなっ!!」
「勢いのわりにはセコイ要求でしね」
「男のロマンは女にはわからんもんだっ!!」
「勘違いしないで欲しいでし。
あちしが言ってるのは、アディ様は人間じゃないんでしから、腐った不死者として努力するべきと言ってるでし」
腐った不死者としての……努力?
「こ、これ以上……腐れ、と……」
「これ以上腐ったら液体化でしよ?」
「怖いこと言うな! 想像しちゃうだろっ!!」
液体化したら腐った不死者じゃなくて、ただのガイコツ男だ。
暗闇で目が光るぞ。
「甘い吐息とか毒とか、極めるでし」
「そんなセコイもん極めてられるか!!」
「不死であることも利用すれば相手のスキをつけるでし」
「セコすぎるっ!! 俺はもっと格好よくいきたいんだ!!」
「……アディ様は今のままでも充分格好いいでし」
「……あ、よく聞こえなかった。……もう一度言ってくれる?」
「アディ様は今のままでも充分、格好いいでしよ」
……キアリーが。
あのキアリーが。
「キアリーがデレたっ!! どうしたキアリー!? 急にデレられると俺も対応に困るぞっ!?」
「アディ様は言ったでし。
『俺が俺じゃなくなるはイヤだ』と。アディ様らしくて格好いいと思ったでし。
でも『モンスターじゃなくてもいい』とも言ったでし。……それはイヤでし。
あちしはアディ様には、モンスターでいて欲しいでし」
突然らしくもなく、哀願するようにキアリーは言った。
本当にキアリーらしくもなく、その声音にはしおらしさに似たなにかが混じっている。
モンスターでいて欲しい、ね。
「……心配するな、キアリー。どう転んだって俺は、腐った不死者だ。そうだろう?」
「そうでし」
はにかんで、キアリーが頷く。
「よし! じゃあ腐った不死者としてレベルを上げるかっ!!」
しかし、自分で言ってて意味がわからん。
肉体的にはどうしようもないのに、どうやってレベル上げるんだ?
「『影に潜む魔』のキアリーは、どうやってレベル上げていったんだ?」
「あちしは普通にアンリアラ様に仕えて、行政にたずさわってレベルを上げていったでし」
「行政にたずさわるって……すごいな、キアリー。見た目は子供でも、頭脳は大人なのか?
でも、そんなことでもレベルって上がるんだな。キアリーはレベルいくつなんだ?」
「聞かないほうがいいでしよ?」
「レベル3の俺より高いってことはわかってんだよ。そんなことでいちいちでへこまんから言ってくれ」
「レベル40でし」
「へこむわっ!!!!」
「だから聞かないほうがいいと言ったでし」
「レベル40は高すぎだろっ!? 俺の十倍以上じゃねぇか!! なんの嫌がらせだ!!」
「気にしないでいいでしよ? あちしが高いんじゃなくてアディ様が低すぎるんでし」
「フォローになってねぇっ!!」
「あちしは、大魔王様の右腕と呼ばれたアンリアラ様に仕えているでし。このくらいのレベルは当然でし」
「そんな奴が俺の部下なんてやってんなよ。もういいよキアリーが指揮官やれよ。俺はその下でいいよ」
「そんな卑屈になることはないでし。むしろ、アディ様よりレベルの低いモンスターを探すほうが難しいでしから」
「いやだからそれもフォローになってねぇだろっ!!」
俺はうさ耳三姉妹に目を向けた。
「みんなレベルいくつー?」
「聞かないほうがいいでし。追い討ちがかかるだけでし」
「もうここはハッキリさせといたほうが精神的に楽なんだよ、俺はー」
テネーを見る。
「い、いえ……私なんか全然大したことないです」
「嘘ですよ、そんなの絶対。レベルいくつなんですか?」
「なんで敬語になってるんでしか……」
「俺のレベル×いくつなんですか?」
「そ、その、片手ぐらいです」
「ネテーさんの手、ぷにぷに肉球つきうさぎのおててじゃないですかー? そんなんじゃわかんないですよ僕ー」
「一人称まで変わってしまったでしね」
「私はぁ、レベル30ですぅ」
「ル、ルー姉さんっっ」
「ループトさん、僕の十倍じゃないですかー。どうやったらそんなにレベル高くなるんですかー?」
「ニンジンをぉ、たくさん食べればぁ、なれますよぉ」
「でも僕、齧歯目じゃないんでー、それでレベルが上がるとは思えないんですよねー」
アーリィを見る。
「……っ!?」
きょろきょろしてから、目線を落とすアーリィ。
…………嫌われすぎている。
もふもふ事件があとを引いているようだ。
「私たちはぁ、三人揃ってぇ、レベル30ですよぉ。それにぃ、アーリィはぁ、回復魔法がぁ、使えるんですよぉ」
「……そ、そうですかー」
ここにいる全員が俺よりレベル十倍以上。そして、アーリィは回復魔法が使える。
…………むしろ俺は、守られる側じゃね?
「会議終了」
立ち上がる。扉へ向かって、とぼとぼ歩く。
「どこ行くんでしか?」
「自分の部屋に戻る。お布団が俺を呼んでいる」
「腐った不死者としてのレベルの上げ方は、あちしがレクチャーしてあげるでしよー」
「今それ、考えたくない。今はお布団が俺を呼んでいる」
「アルスレイ偵察はどうするんでしか?」
「お布団に慰めてもらってから行く」
「もう、仕方ないでしねー。
アルスレイ偵察に行って、腐った不死者のレベル上げを頑張るなら、あちしがアディ様にご褒美をあげるでし」
「……ご褒美?」
「一緒にお風呂入ってあげるでし。この前約束したでし」
……お風呂?
……キアリーと一緒に、お風呂っ!?
女の子と一緒に仲良くお風呂っ!?
「本当かっ!?」
「本当でし」
「今日かっ!?」
「今日でし」
俺は、バッ!! ───と、外套をひるがえし、扉に向かって歩き出す。
「留守を頼んだっ!! うさ耳三姉妹っ!!
行くぞキアリー!! なにをグズグズしているっ!! アルスレイ偵察だっ!!」
「……はぁ、わかったでし」
アルスレイには囚われのモンスターがいるハズだ!
俺の助けを今か今かと待っている!! 急がなければっ!!
俺がやらなきゃ誰がやるってんだっ!!!!
人間によるアルムヘイム侵略後、八番目に造られた街『アルスレイ』に、俺たちは飛び立った。




