34日目~36日目
34日目
平穏な旅が続いている。
ディノは鳥車の中が退屈らしく、最近では鳥車と並走、というか並んで飛行している。
本気を出せばもっと早く飛べるらしいが、ポップクリンの速度に合わせているんだとか。
ディノがもうちょっと成長したら、人ひとりくらいは乗せて飛べるかもな。
ただ、たまに猫みたいに魔物の死骸をくわえて幌の中に持ってくるのは頂けない。
「誉めて」と言ってくるので一応誉めてやるが、今日も人面キノコなんか殺して何になるというか。
で、俺も退屈なので、最近は幌の中で、護衛さんたちと「ヘッドウィッグ」というチェスに似たボードゲームに興じている。何でも、ヘッドウィッグは国民的ボードゲームで都会だと大会とかしょっちゅう開かれるらしく、護衛さんたちの中にもその手の実力者がいた。
女魔法使いで、いかにも聡明な雰囲気を醸しているクラージアさんだ。
クラージアさんは有名な大会で優勝した経験があるらしく、最初クラージアさんからルールを教えてもらい、それから頻繁に勝負している。
といっても俺は未だに負けなし。
これもかつて、近所で“ボードゲームキング”として名を馳せた俺の腕前のなせる業か。
チェスでも将棋でも大人含め、誰にも負けたこと無いんだよな。
近所の爺さんたちを涙目にしたのは良い思い出だが、今ではクラージアさんを涙目にしてしまっている。大会優勝者のプライドか、何度も勝負を挑んでくるので若干面倒くさい。
しかし、少々心苦しい気もするが、わざと負けてやるほど、武士の魂は腐っちゃいない。
ので、今日も返り討ちにしました。全勝。疲れるけど、勝つのはやっぱり楽しい。
道の駅みたいな民宿で宿泊。
予定では明日、“竜の巣”に着くらしい。
期待<<(越えられない壁)<<不安、なのは言うまでもなし。
35日目
無事、到着しました“竜の巣”。
そして着いて早々、貴族の女の子に絡まれました。もちろん、良い意味合いではなく。
事の経緯はこうだ。
まず、俺たちは仰々しい装飾をした門をくぐって、ギリシャ・ローマ感の漂う“竜の巣”の事務所に入った。
それから護衛さんたちと玄関で待っていたら、騎竜と呼ぶにふさわしいドラゴンに乗った女の子が現れたのだ。
歳は見た感じ10歳かそこらで、フィオさんと同じくらいだが、目算ではフィオさんよりも身長は低い。金髪碧眼で、最初見たときは正直、人形のように綺麗だと思った。
しかしそんな俺の感慨も跳ね飛ばすかのように、女の子は突然、そのドラゴンを置いてさっさと帰りなさい、などと言ってきたのだ。
わけが分からなくて呆然としてたら、護衛のクラージアさんが女の子に、俺のことを入巣者だと説明してくれた。何でも女の子は俺のことをドラゴン商?と勘違いしていたらしいのだが、クラージアさんの説明を聞いても詫びる様子もなく、「イモくさいのが来たわね」とだけ吐き捨て、どこかへ行ってしまった。
…最初に少しでも綺麗だと思った自分を殴りたい。
後でクラージアさんから聞いたのだが、あの女の子は“竜の巣”の所長の孫にあたるらしく、貴族オブ貴族、若くして有望なドラグナーだとか。
名前はアメルというらしい。
まあ、そんな不愉快な出来事の後、俺は使用人らしき人に案内されて、“竜の巣”の所長、つまりアメルの祖父にあたる人と面会した。
所長は190はあるかという長身で白髪白髭、アメルと同じ碧眼を持つジラルダという老爺。ジルと呼んでくれて構わない、と物腰丁寧に言われた。
最初は威圧感があったけど、話してみると、意外と気さくな人で、アメルの印象とは真逆だった。本当に「あれ」がジルさんの孫とは思えない。
で、ジルさんとの話の内容は、専らディノについてだった。
生まれてからどの程度か、成長の経過は順調か、など興奮気味に色々聞かれた。
マスタードラゴンの話はどうせ信じてもらえないので適当に誤魔化して、ゲン爺さんに助言してもらったおかげで、順調に育ってますと言っておいた。
それから話が脱線して、何故かゲン爺さんについての話になった。
で、衝撃の事実が発覚。
何と、ジルさんとゲン爺さんは“竜の巣”の旧友らしく、二人とも若かりし頃はドラグナーの天才と呼ばれていたんだとか。爺さんが予想以上の大物で草。
しかしゲン爺さんは無口で気難しい性質のせいか、ドラゴン協会の貴族たちや軍の人間と上手くいかず、竜の巣を出てすぐに行方をくらませてしまったらしい。
で、何十年ぶりにゲン爺さんから手紙が来たときは何事かとジルさんは思ったわけで。
まあ、そんなこんなで旧友の頼みとあれば、と俺とディノは入巣することに決まったのだが、ジルさんの話を聞いていると、何故か俺がゲン爺さんの孫だという設定になっていた。
爺さんからは、所長の話には合わせとけと言われていたので、そういうことにしておいたが、爺さん、手紙で一体、何を書いたんだ?
おそらく、身元不明じゃ都合が悪いんで、孫と言うことにしておいたんだろうが、そういうことはあらかじめ先に言っておいてほしい。
まあ、そんなこんなで、今はドラゴンと人が一緒に入れる寮の一室で日記を書いている。猫砂みたいなドラゴン用のトイレスペースやドラゴン用の寝床がついている部屋。
天井も高く、ドラゴンが出入りしたり、ドラゴンの身体を洗えるような大きなベランダもついていて、ちょっとしたVIPルーム。
俺とディノだけじゃ正直持て余すくらいだ。ディノがオリジン?種だから優遇されたのかも。
明日から本格的にドラゴンについての授業や実習などのカリキュラムを組むらしい。
クラス分けなどもあるらしく、久々の学校感覚にワクワクしなくもない。もちろん、クラスメイトに対しては期待していないが。
今日はもう寝る。久々のふかふかベッド。
36日目
何の因果か、アメルと同じクラスに入れられてしまった。“特別教育・実習クラス”という日本でいうところの、特別進学クラスみたいなエリートクラス。
まあ、クラス分けは所長であるジルさんの采配らしいから、偶然ではなく、明らかな作為があったわけだが。
ともあれ、今日は竜の巣について整理しておこうと思う。今日、教官から色々聞かされたので忘れないうちにメモ。
まず、竜の巣というのは養竜場、兼、ドラグナー教育機関らしい。
養竜場というのは、軍や様々な競技会に使われるドラゴンを休ませたり、治療したり、育てたり等、ドラゴンを保養できる場所のこと。たまに軍人っぽい身なりの人間や偉そうな人間が出入りしているのを見かけるのはこのためだ。
そして竜の巣はドラグナー教育機関として、年齢はさまざま、大体10歳から25歳くらいまでの若者が100人ほど学んでいるらしい。彼らを“生徒”と呼ぶのか分からないが、面倒なので生徒と呼ぶことにする。
で、生徒たちは基本的に刷り込みを終えたドラゴンを一匹以上連れている。
生徒たちは入巣の際、自前のドラゴンに隷属魔法をかけた後、年齢不問のクラスに分かれ、それぞれ授業を受け、ドラゴンについての学習・訓練に励むのだが、俺はすでにディノに隷属魔法をかけ終えたということにして、クラス分けしてもらった。
ジルさんの話では、隷属魔法はドラゴンに命令させるための“鞭”らしく、普通なら意思疎通ができないドラゴンを抑制するのに必要なのだが、ディノと意思疎通できる俺には必要ない、とのこと。
ちなみに、テレパシーのことはすでに爺さんからジルさんへ伝えられていたらしく、すんなり事が運んだ。(実際にテレパシーでディノを言うとおりに動かしたとき、ジルさんは爺さんと同じように半分腰を抜かしてた)
で、クラス分けだが、生徒の学びたい学問分野や、連れているドラゴンの希少度や能力、そしての生徒の魔力の総量や隷属できるドラゴンの数など、総合的なポテンシャルを加味した上で、所長さん、つまりジルさんが決める。
昨日、ジルさんに希望の学問分野を聞かれたが、特にないのでお任せしますと言っておいたら、今のクラスにされたワケ。
まあ、クラスと言っても学校みたいにクラスルームがあるわけじゃなく、単なる区分としてのクラス。
「おめーの席ねーから!」とクラス内でいじめられる心配もないのでひとまず安心。
「特別教育・実習クラス」では、生徒は適宜自由にドラゴンの授業や実習を決められた数だけ選択して、最終試験をパスすれば良いので、比較的自由度が高い。
ただ、必修科目としてクラス単位で受ける「特別実習」という科目があり、特別な能力を持つ希少なドラゴンだけに課される実習を受けなければならないらしいのだが、詳しい内容はまだ分かっていない。どうか楽でありますように。
取りあえず、自由選択科目は、「飛行訓練」や「命令基礎」、「騎乗訓練」など、実習を多めに選んでおいた。座学は昔からあまり得意じゃない方だし。
まあ、「ドラゴンの種類と起源」という科目だけは面白そうなので取ったけど。
…というか、昨日、今日と随分長く日記を書いたな。大半はメモ書きみたいなもんだけど、新鮮なことがあると色々書きたくなってしまう。
昔、学校で書かされた夏休みの日記なんて、全部一行で済ませていた気もするが、人間、異世界に召喚されれば変わるもんだ。
まあ、野良仕事が無くなって暇を持て余しているっていうのが本音だがね。
明日は早速、飛行実習があるので早めに寝ます。




