103日目~105日目
103日目
今朝は雪も止み、珍しく青い空が見えた。
で、昼間から次々とドラゴンがやってきた。
西国ヘキサルの重戦車のようなドラゴンたちに加え、東国シュナのしなやかな龍たち、どのドラゴンも以前、マナを分けた同胞たちだ。
両国は順調に復興しているらしく、ヘキサルのドラグナーたちは剣の柄を胸に当てる敬礼で、シュナのドラグナーたちは中華風?の両手の拳を顔の前で合わせる敬礼で、各々から感謝された。
感慨にふけりながらも、しかし、双方のドラゴンたちが丁度同じタイミングでやってきたせいで、場が一触即発の空気になってしまったのはここだけの話。
というのも、ヘキサルとシュナのドラグナーたちは、ドラゴンの美学?に関しては昔から馬が合わない国らしい。
簡単に言えば、ヘキサルは雄々しく頑健なドラゴンを好み、シュナはたおやかな、流れるような曲線のドラゴンを好む。
完全に自国のドラゴンを贔屓しているとしか思えない、勝手な美学なのだが、本気でお互いの主張を押しつけ合っているから困りものだ。
で、俺のもとにマナを返すや、白黒はっきりつけようと両国のドラゴンが火花を散らす展開に。
本調子でない俺は眺める他なかったのだが、その場を収めたのは意外にも、アメルだった。
ドラゴンラッシュで理性のタガが外れているかと思いきや、冷静に両国の仲裁に入り、ここで争っても仕方ない、それに「マスタードラゴンの使者」様の面前で失礼です、と柄にも無い台詞を吐いたのだ。
まるで神聖な竜に仕える従者のような、アメルの毅然とした態度に驚いた。
…まあ、いたって真面目な顔で「どちらのドラゴンも食べちゃいたいくらい可愛いです!」と言い放った時は、ただ苦笑するしかなかったが。
ともあれ、ドラゴン達からマナを得て、身体も大分良くなった。
明日あたりアースウェルドに戻ろうかと思っている。
これもマスタードラゴンの采配のおかげか。感謝はしないが、評価はしてやろう()。
しかし、アメルの奴、俺の身体が回復したのを良いことに、再三ヘッドウィグの対局を申し込んできた。
前とは違って、頭もはっきりしている今、アメルでは相手にならないのだが、気の済むまで付き合ってやった。
相変わらず、アメルは寝落ちするまで盤面を見つめ、最後はそのまま突っ伏して寝てしまった。
やれやれ、という感じで寝冷えしないよう、身体を覆ってやったが、こんなことしているとアメルもまだまだ子どもだなあ、と感じる。
各国のドラグナーを前にして、怯むことなく、堂々と発言していた今日のアメルは随分と大人びて見えたものだ。
年齢は14歳だったか?
もしかしたら、もう15歳になっているのかもしれない。
…まあ、だとしたら、十分、大人か。
昔は15歳で成人だったというし。
この世界ではどうだか知らんけど。
まあ、俺もアメルのこと言えん年齢なんだけどね。
アメルと居るとつい、年寄りじみてしまう。
アメルの見た目と精神の年齢が低すぎるのがいけない。
今夜はまた雪が降り始め、大分吹雪いてきた
アメルを始め、バトラーとメリーを覆って、寒さを凌いでいるが、こいつらのためにも早くここを離れなきゃな。やっぱり、普通の生物が生きられる環境ではない。
アメルが起きたら、早速ここを発とう。
それまで、軽く寝ときますか。
104日目
久々にアースウェルドの地を踏んだ。
懐かしの学び舎を訪れると、倒壊していた校舎はすっかり直っていた。
さすがに授業は始まっていなかったが、アメル曰く、一部の生徒たちは竜の巣の復興作業を手伝うために、自主的に巣で寝泊まりしているらしい。
で、タイミング良く、生徒たちが整備をしている最中の運動場に、俺たちは凱旋。
あえなく、注目の的となってしまった。
生徒たちが「マスタードラゴンの使者様だー!」とか、「何と神々しい御姿!」などと叫び、五体を投げ出さんばかりの反応をしてきたとき、俺は恥ずかしいやら、むずがゆいやら、何と言っていいのか分からず、「苦しうない。面をあげい、人の子らよ」などと言ってしまった。
思い出して痛感するが、我ながらノリノリである。
まあ、いつだったか俺に絡んできた先輩生徒も平伏していたので、気分良くなるついでに、喋ってしまったわけで。
それから爺さんが迎えてくれて、再会を喜んだ。
で、俺が無事、浸食に耐え、逆鱗誕生の心配がなくなったことを伝えると、爺さん、柄にも無く、目を滲ませ、感謝してきたのだ。
国を救ってくれてありがとう、と。
正直こそばゆくて仕方なかったが、こっちも助けてもらった借りがあるし、と答えたら、爺さんはふっといつもの調子に戻って、水くさいことを言うのは止めろ、素直にどういたしましてと言え!
などと眉に皺を寄せて、頑固発言をかましてきた。平常運転で一安心。
それから爺さんと話をして、色々と驚かされた。
爺さん、今では何とジルさんの後をついで、竜の巣の代理所長をやっているらしい。
アメルから、ジルさんが今では国のご意見番として忙しくしている、という話は聞いていたが、竜の巣の管理を爺さんに任せていたとは。
しかし爺さん、ジルさんが着ていたような、威厳のあるローブではなく、いつもの農作業用の服を着こんで、農民感バリバリ。所長の貫禄なんてあったもんじゃない。
何でも、運動場の脇に大規模な農場を作るとかで、目をキラキラさせながら、一人盛り上がっていた。
運動場の整備は、農場を作るための下準備らしい。
…まあ、国も大変な時期だろうし、自主的に農作物を生産するのは悪いことではないハズ。
しかし、竜の巣がドラゴンと農作物を育てるための爺さんの箱庭になるのか、と思うと複雑な心境。
…ま、俺は農業もドラゴンも嫌いじゃないので、別に構わんけど。
とまあ、爺さんの話はさておき、特筆すべきはフィオさんだ。
何と爺さんの愛竜バルバドスゴルフィーを乗りこなしていたのだ。
あの全身凶器のようなドラゴンに颯爽と跨って現れたフィオさんを見たときは別人かと思った。
爺さんから事情を聞くと、目覚ましいフィオさんの才覚、それに以前から気になっていたゴルフィーの素性も知ることができた。
そもそもバルバドスゴルフィーは、アースウェルドの女傑、ジェルミナのドラゴンだ。
大昔の大戦で活躍した伝説級のドラゴン。
そんなドラゴンが何故爺さんのところにいるのか、というと、何と爺さんはジェルミナの孫で、代々ゴルフィーを受け継いできたのだとか。
で、それをいとも容易く乗りこなしてしまった、末裔のフィオさん。
この間の逃亡劇を経て、何かしらフィオさんも思うところがあったらしく、ドラグナーの訓練をしたいと爺さんに言ったそうな。
フィオさんにしては珍しく、強い主張だったため、爺さんも根負けして手ほどきを始めたらしいが、瞬く間にその才能を開花させ、すでにゴルフィーを乗りこなしてしまっている現状。
…まあ、思い返せば、爺さんがゴルフィーを鳥馬にしていた頃、よく世話をしていたのはフィオさんだ。
ゴルフィーにも親愛の情があり、すぐに心を許したのだろう。
しかも、テレパシーでゴルフィーの頭の中を覗いてみると、フィオさんが曽々祖母さんに瓜二つだという事実も分かり、納得。
ジェルミナ2世の誕生も近いな。これでアースウェルドも安泰か。
などと、雑談にかまけている途中で、俺は俺の身体のことを思い出し、様子はどうかフィオさんに尋ねたら、無表情の顔を少し曇らせた。
というのも、俺の身体はあれから日に日に痩せており、正直、状態はあまり良くなかったのだ。
久しぶりに目にする己の痩せた身体は、まるで他人の身体のようで、こんなこと言うのもアレだが、気味が悪かったな。
マスタードラゴン曰く、ディノの意識が戻れば、俺も元の身体に戻れるらしいが、あんな状態でちゃんと戻れるのか?
今さらながら、不安になってくる。どうかフラグになりませんように。
そういえば、今日は久しぶりに食事をとることができた。
浸食が終わってからというものの、胃が食べ物を受け付けなかったのだが、夕餉の匂いに身体が反応し、食欲がふつふつと湧いてきたのだ。
そして、ドラゴンになって初めて食する、竜の巣特製のドラゴンフード。
さすがに、ディノが絶賛していただけのことはある。
通常のドラゴンの五日分、いや、軽く一週間分ぐらいの量を平らげてしまった。
身体が覚えていたその味に反応したのだろう、次から次へと胃に収まり、席を共にしたドラゴン達の度胆を抜いた。
人間に戻ったらこの美味を味わえなくなると思うと、少々寂しくなったのはここだけの話。
夕食の後は、俺とディノが使っていたいつもの部屋に戻った。
大分倒壊していたが今では綺麗に修繕され、以前と変わらぬ様相になっている。
いや、むしろ前より綺麗か。
しかし、こうしてくつろいでいると眠くなってくるな。
正直、暇すぎる。
アメルは今や生徒を卒業して、あの若さで竜の巣の特別顧問?か何かに任命されているらしく、復興作業に忙しい。ヘッドウィグを打つ暇もないわけで。
フィオさんも勉強やら、復興の手伝いで忙しそう。
俺も手伝うと言ったのだが、皆から無理をしない方が良いと止められた。
それに一応、「マスタードラゴンの使者」の設定でいる以上、皆の中に入っていくのが、若干気まずいってのもあるし、お言葉に甘えることにしたのだ。
…まあ、面倒が少ないのは良いことさね。
今日は大人しく、ディノの寝床で寝ることにしますか。
…寝ようと思ったら、今さっきマスタードラゴンが現れて、とんでもないことを聞かされた。
人の寝室に無断で入り込んでくる、何と無礼なドラゴンか。
しかも、話の内容がまたもや鬼畜で、懸念していたフラグを早速回収してくるスタイル。
…俺、元の身体に戻れないの!?
このことについては、明日書く。
…ホント、マスタードラゴン使えなさすぎ。
夢なら覚めろ!
105日目
ディノの意識が回復した。
食事中、頭の中に突然、リューーウ!!という大音量の声が響いたときはひっくり返りそうになった。いや、実際ひっくり返った。
一人で勝手にひっくり返り、食べ物をまき散らしつつ、敵襲か!?などと喚いてキョロキョロと辺りを見渡す、挙動不審なドラゴンは俺です。
同席していたアメルとバトラーからは不審な目を向けられ、フィオさんからは、食べ物を粗末にしてはいけませんよ、とキツくたしなめられたのは良い思い出。
昨日、マスタードラゴンからディノの意識が今日戻ることを伝えられてはいたのだが、あんなに唐突にディノの声が、それも大音量で聞こえてくるなんて思っても見なかった。
まあ、食事は悲惨なことになったが、とりあえずディノが戻ってきて、一安心。
それから滅茶苦茶にしてしまった食堂をきちんと片付けた後、俺はディノに今までのことを聞かせた。
黒水晶の精神攻撃を守るために意識をシャットアウトしたこと、その後マスタードラゴンから“竜の逆鱗”の真相を打ち明けられ、何故か世界の命運を背負わされることになったこと、等々。
色んなことがあったなあ、としみじみ思い出しながら全部聞かせ終えると、ディノのヤツ、やっぱリュウは凄いや!とあけすけに言ってきた。
最近どうも感謝されてばかりだったためか、褒められる、というのは何か新鮮だったな。
…ま、褒められて嬉しくないわけじゃなかったけども。
それからは、久々に戻ったディノの意識がちゃんと身体に反映されるのか、チェックしていた。
竜の巣の周囲を飛び回ったり、ブレスを噴いたり、色々試してみたが今のところ問題なさそう。
ずっと眠っていたディノは久々に思い切り動けてご満悦の様子。
しかし、ティアマトのおっさんとバルバンスのじいさんと組手したい、とか言い始めたときはさすがに止めたがね。
仮にも力の制御が取れなかった場合、即死させてしまう可能性だってあるのだ。
俺のドラゴンヒールも死体には効くまいて。
それとバルバンスじゃなくて、バルバドスな。
ともあれ、昨日のマスタードラゴンの話でも書いておくか。
鬼畜すぎる幼女の、憂鬱すぎる話を。
単刀直入に言えば、俺が元の身体に戻れない可能性が高い、という話だ。
何でも、俺が長いこと自分の身体を離れているせいで、身体が衰弱し、魂を受け入れるための力を失いつつあるのだとか。
ディノの意識が戻ったら、一刻も早く戻るべきなのかと聞いたら、そうでもないらしい。
というのも、俺の身体は今、波のように不安定で、力が弱まる時と強まる時を繰り返している。
で、マスタードラゴン曰く、次の半月の刻、つまり五日後の夜半、俺の身体の生命力は最も強まり、その時が元の身体に戻れる可能性が一番高いらしい。
しかも、身体の状態的に、その機会が人間に戻れる最後のチャンスになるのだとか。
しかし、それでも無事に戻れる保証は無い。
仮に戻れたとしても、しばらくは昏睡状態が続くだろうし、身体に障害が出る可能性もある。
下手したら一生昏睡状態のまま、植物人間となる可能性もゼロじゃない。
そんなとんでもない話を聞かされた後、俺は淡い期待を込めて、人間の身体に戻れなくとも、元の世界には帰れるんじゃないか、とマスタードラゴンに聞いてみたが、答えはノー。
俺は身体と魂、その両方がそっくりそのまま異世界召喚されているらしく、生身の身体が無ければ元の世界に戻してやることはできない、と突き放された。
とどのつまりは、ドラゴンとしてこのままこの世界で生きていくか、それとも危ない橋を渡ってでも人間に戻り、元の世界に戻るか、の二択を俺は迫られているワケで。
…まあ実際、人間に戻れた場合でも、元の世界に戻るかどうかも俺の自由なワケだけど。
しかし、少なくとも、いつかは元の世界に戻るつもりでいたのだ。
浸食に耐えた後は異世界をできるだけ堪能し尽くして、帰りたくなったら帰ろう。
そんな都合の良い異世界ライフを思い描いていたのだが、それがここに来てあっけなく打ち砕かれることになろうとは。
しかも考えられるリミットはたったの五日という。
ホント、鬼畜過ぎてワロえない。
マスタードラゴンも、勝手に異世界召喚したんだからアフターケアーぐらいしっかりしろよ!
…まあ、勝手に俺を異世界召喚した時点で、色々と無責任なドラゴンだってことは百も承知だけどね!
…ホント、どうすべきか、俺。
試しにディノに聞いてみたりする。
…いや、まあ、お前は俺と一緒にいられれば何でも良いんだろうけどさ。
改めて、ブックマークしてくださった方々や感想、レビュー等書いて下さった方々、ありがとうございます。
あと3話ほどで一旦の完結を予定しております。
少し時間を置いた後、再度「ドラゴン育成日記」の続編、あるいは新編を書くことがあるかもしれませんが、その節はまたよろしくお願いします。