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92日目~99日目

92日目



 ヤバかった。

 ホントにヤバかった。

 危うく一線を踏み越えそうになった。

 

 というのも、昨日本を読んでいたら、突然強烈な睡魔に襲われ、そのまま寝入るという失態を犯した。完全に迂闊。

 

 眠りに落ちるとすぐに意識が遠くなり、例の悪夢が始まったのだ。

 悪夢の内容は気持ち悪いくらいはっきりと覚えている。


 夢の中、俺はいつの間にかアンガスの城内にいた。

 血と肉の匂いが立ち込める一室で、白い肌を露わに並ぶ美女達。

 どの女から賞味しようか、なんて舌なめずりをしつつ、俺が考えあぐねていると。

 ふと、美女達の中から、映えるような金髪をたたえ、白玉のように美しい肌をもった美少女が躍り出た――アメルだ。

 しかし夢の中の「俺」は、その美少女が何者かを知らず、アメルから立ち込める美味そうな匂いに、ただただ惹かれていた。

 それから、蜜に誘われるようにゆっくりと、産まれたままの姿のアメルに近づいていった。

 

 微笑を浮かべるアメルを押し倒し、覆いかぶさると、アメルの匂いを胸一杯、吸い込んだ。

 その美しい顔を苦痛で歪めたい。

 その白い肌を血で赤く染めたい。

 そんな欲望に支配され、唾液を垂らしながら、俺は大きく口を開いた。

 

 そして、アメルの喉元を、あと少しで噛みちぎる、という瞬間。


 横腹に衝撃が走った。

 痛みは無いが、何者かがぶつかってきた、と分かる感覚。

 さらに言えば、何故かその感覚に懐かしさ?というか、温かさ?を覚えた。


 その感覚に引き戻されるように、咄嗟に俺の意識が戻り、夢から覚めると。

 何と目の前には寝息を立てているアメルの寝顔があった。

 昨日かけてやったイエティの毛布は唾液でべちょべちょになり、アメルの顔や髪の毛も汚してしまっていた。

 俺は最初、何が何だか分からなかったが、今度は尻尾を噛みつかれる感覚がして、振り向くとバトラーが必死に俺をアメルから引きはがそうとしている最中だった。

 寝ぼけ眼でバトラーを見ていると、だんだんと「俺」自身の理性がはっきりとしてきた。

 そして夢の中、俺の身体にぶつかってきた感触の正体がバトラーのものだと理解すると、慌ててアメルの上から離れた。


 種に自我を奪われ、あと少しでアメルを食い殺すところだった俺。

 それをバトラーが必死に阻止しようとしていた、ということを悟ったワケで。


 それから急速に肝が冷え、俺はアメルが起きるまで洞窟の隅っこでじっとしていた。

 冗談じゃなく、自分が怖くなった。あの時は特に。


 バトラーはずっと俺のことを警戒したまま、アメルを守っていた。

 そんなバトラーを見ながら、心底、バトラーがいてくれて本当に助かった、と思った。

 バトラーにたたき起こされていなければ、確実にアメルを食い殺していた…。

 今考えてもぞっとする。

 

 アメルは昨晩の夜更かしのせいか、大分経った後に起きた。

 で、べとべとになった自分の身体を見て、開口一番、「きたなっ!!?何これ!!?」とか叫んでいた。

 そんなアメルの様子を見て、何故かホッとした俺。内心、アメルを殺さなくて済んだことに安心したのかも。


 それからアメルに事情を説明した。

 アメルの身体を汚してしまったことの詫びから、昨晩の夢の話。

 そして、アメルを殺しそうになったこと。


 しかしアメルの奴、自分が死ぬかもしれなかったというのに、俺の話を聞いて、何故か興味津々で身体についた涎をくんくんと嗅ぎだし、「この唾液の匂いは…第1エリアル古生代オリジン種特有の酢酸臭…」とか言いだした時は、さすがに引いた。

 ある意味、あれがアメルの平常運転なのだが、久々に見たのでドン引き。


 そんなアメルはさて置き、俺は咳払い一つをした後、俺のことを気遣って、最果ての地まで訪ねて来てくれたことに対する礼を、アメルに伝えた。

 自分では人間風に頭を下げたつもりだったが、ドラゴンの無駄に長い首をだらりと下げて、どこか情けない感じになってしまったのは致し方ない。

 すると案の定、「…べ、別にあんたの(以下大略)」的な台詞を言ってきた。

 相変わらず絵にかいたようなツンデレに微笑ましく思いつつ、アメルなりの心遣いに感謝した。


 で、その後が本題。

 以前にも増して真剣な口調で、浸食が終わるまで俺のところには来ないでくれ、と伝えたのだ。

 洞窟でたった一人でいるのは辛いが、浸食の影響で俺の精神は壊れかけている。

 今回は未遂に済んだが、またいつ、アメルを食い殺しかねないから、と。


 しかしアメルは眉を吊り上げて、「でもバトラーが起こしてくれたんだから、大丈夫だったんでしょ?」とまるで何の問題も無いかのように語ったのだ。

 さらに、あの小さな胸を張って「私のバトラーを甘く見てもらっちゃ困るわ」とか、「バトラーの秘められた力が逆鱗の浸食を妨げたのよ」云々、根拠のない自慢話を始めたのには参った。

 しかもアメルの演説中、バトラーも得意げに胸を張っていたし、軽くイラついたのはここだけの話。


 確かに、バトラーは俺の意識を戻してくれた。

 何故なのかは分からないが、バトラーのおかげで、正気を保つことができた。

 バトラーと俺の間には大きな力の差があり、体当たりされたぐらいでは痛くも痒くも無い。

 それこそ、俺の意識を引き戻すほどの刺激を与えることすら不可能なくらいに、力量の差がある。

 しかし、バトラーの体当たりは種に取り込まれそうになった俺の“気つけ”になった。

 思い返してみても、あれは物理的な作用ではなく、違う類のものだった。

 アメルの言うように、バトラーの能力か、あるいはもっと別の、少なくともマナに関係する要因な気がする。

 

 …といっても、これは憶測の域を出ない話だ。

 危険性が高いことに変わりないワケで。

 長々とバトラーの自慢を続けていたアメルを何とか諭し、先ほどアメルを洞窟から追い返すことができた。

 追い返す決め手となったのは、「ジルさんが心配しているぞ」という俺の言だった。

 ジルさんの話を出すと、アメルの顔色は露骨に曇った。

 何やかんや、ジルさんに黙って家を出る、なんてことは今回初めてらしいので、内心、怒られないか心配していたのだろう。

 お爺ちゃんっ子なのを見越した上での言葉だったが、これが功を奏し、やっとこさ洞窟から出ていってくれた。

 しかし、アメルの奴、出ていく時に「次は絶対負けないんだから…」とか呟いていた気がする。

 ヘッドウィグのリベンジに来る可能性が微レ存。

 今更ながら負けてやればよかったと後悔。

 

 しかし、アメルがいなくなると嵐が去ったように、洞窟内が静かになるな。

 相変わらず、嫌な妄想が頭をもたげるが、大分落ち着いた。

 アメルが来てくれたおかげで、気力も湧いてきた。

 …まあ、危うくアメルを殺しかけて、逆鱗が爆誕するところだったけど。


 今度は少しでも寝入らないように気を引き締めよう。

 読書も程々に、アメルが残していってくれたヘッドウィグ盤を使って、定石の研究でもするか。

 腹が空きすぎて頭も回らんが、何もしていないでいるよりマシ。



93日目



 何も食べずに、一切寝ない。

 よくよく考えたら、そんなの無理ゲーでは。



94日目



 アメルがここを発ってから、ひたすら読書とヘッドウィグで暇をつぶしていたが、たった二日で限界。


 もう文字も頭に入ってこないし、ヘッドウィグの駒も無意識に潰してしまった。後でアメルに謝らなくちゃ。

 変な言葉が、想像が頭をぐるぐる。すきっ腹もまずい。




 人の解剖。生きたママ。残り物。


 タベル。ツメでサク。

 血ヲノム。



 …って、何書いてんだ俺。落ち着け。


 少し、街まで飛んで行って人を食べれば落ち着くかもしれない。


 こんな洞窟で、閉じこもって何も面白くないし。

 人を食べるためなら、今すぐ飛べるし、やる気出るし、漲ってくるし。



 …いやいやいや、ダメだ。

 そんなことしたら完全に浸食されてしまう。種の思う壺。肉壺。ヒトの壺。

 だから何書いてんだよ!!

 


 アメルがいたときはあんなに頭が冴えていたのに。

 アメル食うリスク負ってでもアメルに居てもらうべきだったか。


 何もかも今更。また日記を読み返す。




 ディノ、アメル、戻ってきてくれ。おかしくなりそうだ。




95日目



 何であの時アメルを食べてやらなかったんだろう。

 バトラーなんて放っておいて、あの白い首筋を噛み切ればよかった。その後、溢れてくる血を一滴残らず飲み干して、一番太い血管を引っ張って胸から腹の方へ皮を裂き、内側から爪を突きたてればよかった。悲鳴もきれいなんだろうな、人形みたいに。そうすればアメルが心配してくれた俺も楽になれるから、きっとアメルも喜んでくれるはずなのに。苦しませてやりたい、アメルも、フィオさんも、友達も、皆。人間どもが我々にそうしたように。それ以上の苦痛を人間どもに与えてやるのだ…



 …なんだ これ。

 こんな、書いた覚えないぞ。



 自分が書いたものを忘れるって、相当だな。

 すでに俺の理性が 逆鱗に乗っ取ら れている件について。


 そもそも逆鱗って言葉、喋るんだったっけ。


 考えたこと無かったけど理性とかあんのかな。

 この文章も逆鱗が書いた のか。

 しかし逆鱗に理性って、ピンとこない。


 どうでもいいけど、逆鱗のフリし たの懐かしい。

 なんちゃって逆鱗 作戦とか、黒歴史 乙。




 日記、書くの辛いが 何かしてないと、マズい。

 ちょっとでも、肉が、欲しくて、欲しくて、欲しくて欲しくて欲しくてててて



96日目


 



 頭の中に もう一人、別のヤツがいる、感じ。

 ディノ、じゃない。


 俺のこと、脅してくる。

 人を 食べろと。

 殺せ と。

 

 いよいよ、正念場って 感じ。

 


    俺と、あいつと どっちがディノの身体  取れるか。




 …自信ない


      けど、やるだけ  やてみる

 


  死にたく ないし




97日目




 ああ頭の中 あいつが




 うるさくて   うるさくて


 

               殺したくて



   のののうみそ


       えぐりたくて


                   はがしたくて





 なので 


       良いこと 

     

  思いついた


 

 あいつ が アタマの中


                    出 てきたら


                ツメで 


   アタマ



         ほじくる



     ウデも

            切る

 


 イッパイ




 

    噛めば 




    あいつも  


           いなくなる



 ちち血  いぱい出るけど


      痛みで、アタマ マヒさせる させるから

 



          俺のコトバ 変



 


                   しょうがない





 上手く  念写

 



   

    できなく  なてきてるから






   イタいし 





             つかれた




98日目






 どうくつ 血だらけ




        穴 だらけ


 からだ 血だらけ


 


         穴 だらけ




 たぶん 



     おれがあいつをキって 



                    タべて


 あいつが



      おれをキって


                    タべた




      そのあと


              よくワからないものを吐いた



  ベチャとへんな音  した






              ないぞう  



    かな







      ふぃおさん、ごめん




             もてきてくれた本 



    よごした  やぶいた






 あめる、ごめん




     ヘドウグ コワした


  

 ショウブ 


             

             もう デキナイ






                  でぃの、ごめん



   


        おまえのカラダ 






ぐちゃぐちゃだ












     …また  あいつか






 うるさい

 





99日目



















    きれ いだ





 


          髪 の毛


               


               アメル  の  。

 





   う






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