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87日目~91日目

87日目



 暇。

 刺身食べたい。生肉なら尚良し。血も滴る、なるべく新鮮なヤツ。

 …って、我ながら思考がヤバい。人肉はノーサンキューで。


 種の“浸食”は着実に進行している、と思う。

 時折、動悸が激しくなったり、物凄い喉の渇きに襲われたりする。

 人を食い殺す夢も日に日に鮮明になってきているし、日中でもよからぬ妄想が頭をかすめる。

 その度にイエティの肉をしゃぶって、精神を落ち着かせている。

 しかし、このイエティ、毛皮ばかりで肉も少ないし、正直あんまり美味くないんだよなあ。…まあ、この際文句は言えないか。


 あとは空飛んだり、魔法使ったり、ブレス吹いたりで、色々と気を紛らわしてはいる。

 が、身体を動かすたび、謎の破壊衝動が昂ぶっているような昂ぶっていないような。

 一度、月でもぶっ壊してみようかしら、とか考え出した時は末期だと思いました。

 まあ、あまりに暇すぎて一人しりとり始めた時よりかはマシ。


 それ以外は自分の日記を読み返したりしている。

 

 というかホント、最初の頃の日記、雑だよなあ。

 一日四行とかザラ。

 まあ、それほど書く暇が無かったっていう証明でもあるけど。

 爺さん家の農作業、最初は滅茶苦茶辛かったし。

 慣れてきたら楽しくなったけど、今思い返すと、あれは慣れ、っていうよりも、単純に俺の身体が強くなっていっただけなのかもな。

 俺の身体にカースエネルギーが溜まって、それをマナに代えてタフになっていっただけっていう。


 …それはさておき、日記を読み返すと久々に思いっきり労働がしたくなる。

 今なら、畑をいくらでも耕せる気がする。

 散々文句言っていたけど、あの頃は何だかんだ一番充実していた。

 爺さんに拾われて、ディノが生まれて、その成長にワクワクして。

 農作業も楽しかったし、フィオさんの料理も美味かったし、良いこと尽くしだった。

 それがどういうわけかこんな辺境で一人寂しく不味いイエティをしゃぶりながら、精神崩壊に耐え忍ぶハメに。


 異世界召喚も世知辛いもんだ。

 それなりに頑張ってきた末路がこれだもの。

 魔王級チートクラスの力を手に入れたって、最後が病人同然の生活とくれば、全然嬉しくも楽しくもない展開ですよ!

 …ああああ書いてて陰鬱になるパターン入ったな、これ。

 というか、話し相手ってホント大事。

 何だかんだで、異世界来てからはディノとべったりだったから、話し相手には事欠かなかったんだよな。

 

 今なら、図書室で俺に愚痴をこぼしまくってきたアメルの気持ちが分かる気がする。

 話相手ともだちがいないって辛いよな、アメル(同情の眼差し)。

 

 …アメルのことを思い出したら、よからぬ妄想が。

 人間のことはあまり思い出さない方が良い。女の子とか特にマズい。

 いや、不味いわけない。肉も新鮮だし、かなり美味いんだろうけどさ。

 …いやいやいや、何書いてんの俺。今日はもう寝よう。そうしよう。


88日目



 頭痛が辛い。

 いよいよ本格的に浸食が始まったかも。

 時々、人間を殺したい衝動に駆られる。

 具体的に言えば、人間たちの苦痛に歪む顔を見ながら、脳みそとか直腸とかを貪り食いたい。

 悲鳴を聞きながら、両手足を一本ずつむしって、すりつぶしたい。

 子どもとか若い女を踊り食いしたい。

 …うん、頭おかしいな、俺。

 ホント気が狂いそう。というかもう狂ってるか?


 正気を保とうとすると気怠さに襲われて、身体に力が入らない。

 逆に人間の血とか考え始めると体に力がみなぎってくるというか何というか。知らんけど、動物の発情期ってこんな感じ?

 イエティの血をしゃぶって気を紛らわしているが、果たしていつまでもつのやら。


 そんなこんなで、だるいので今日は一日中日記を読み返していた。

 日記を読み返すと意外と気が紛れる。読み物は偉大。


 しかし、アンガスが暴走しているところは読み返すべきじゃなかった。

 アンガスの城の様子を思い出すと、反射的に涎が止まらん。

 頭では拒絶しているのだが、身体が求める血肉、殺人、酒池肉林。


 あああああああお腹一杯、内臓食べたい。

 イエティだけじゃ足りない。若い肉を、女の肉ををををを。

 …落ち着け、俺。アンガスの二の舞になるつもりか。

 もっと別な、気の紛れることを考えよう。

 そういえば日記読み返して思ったけど、ディノの本名ってディーノ=グラン(くしゃみ伯爵)なんだよな。

 今さらだけど、アンガスを最後くしゃみで倒したってのは何か運命的なものを感じる。

 感じるだけ。以上。

 

 あとは…そうだな。

 人間に戻ったら何をしたいか、考えよう。

 とにかく今は思いっきり寝たい。

 ここのところ悪夢続きでしっかり眠れた試しがないし。

 たらふく寝た後は、フィオさんの手料理を腹一杯食べる。

 そんで眠くなるまで読書。読書。読書。

 元の世界に帰れたら漫画読んだり、ゲームしたい。


 あああ、虚しい寂しい腹減った。

 


90日目


 だるすぎ。

 いよいよイエティの血も受け付けなくなってきた。

 逆鱗の種さん、俺に人の血肉以外食べさせないつもりかね。

 おかげさまで人の内臓が頭の中でぐるぐるぐるぐる回る。

 食べたい。舐めたい。啜りたい。

 妄想がすこぶる捗ります。

 そんなこんなで昨日から何も食べていないせいか、少し痩せた希ガス。

 しかもここ二日間ぐらい寝ていない。

 眠ると必ず悪夢を見るし、しかもその度に種に自我を持ってかれそうになる。

 この間なんか、起きたらいつの間にか洞窟から抜け出して、南の方へ歩いていた時にはぞっとした。

 なので、浸食が収まるまで寝ないことにした。


 …しかし、本格的に浸食が始まって三日程度しか経っていないのにこの体たらく。

 これがあと一週間ぐらい続くとなると、正直、心が折れる。

 このまま禁欲していても何も食べられないし、衰弱していくだけだ。

 ふと、だったら無理せず、浸食に身を委ねれば楽になるんじゃないか、と思ったりする。

 逆鱗と一体化して、ひたすら人間を蹂躙する快楽に溺れるのも一興じゃないかと。

 ディノだって元々は逆鱗になる運命だったんだし、別に今更、俺が頑張らなくてもいいじゃない…。


 そんな誘惑が湧きおこる度に、頭を振って日記を読み返す。

 なるべく最初の方の日記が良い。

 ディノが生まれて、火を吹いて、テレパシーできるようになって。

 図鑑を広げて、色んな知識を教えてやったこと。

 ディノが得意げに獲物を狩ってきたときのこと。

 初めてディノの背中に乗ったときは気持ちよかった。

 あいつも無邪気に喜んでいたなあ(遠い目)。


 …こんな感じで、俺の中にあるドラゴンに対する愛情()を最大限に引き出し、浸食に抗っている現状。

 我ながら感傷的すぎて気持ち悪いが、こういうおセンチな感情を掘り起こせば掘り起こすほど、浸食の度合いが弱まる。…気がする。気がするだけかも。

 

 俺だって死にたくない。

 生きるためには何だってするさ。人間だもの。


91日目



 突然アメルがやって来た。バトラーに乗って。

 で、洞窟に入ってくるや否や、暗い!辛気臭い!と言って派手なランプを灯すと、大量の本を洞窟の中に放り出した。

 そのまま、どこからか取り出した、大き目のヘッドウィグ盤をてきぱきと用意していく様を、俺は呆けて見ていた。

 何をしに来たのか、何故俺の居場所を知っているのか、という疑問が頭の中で渦巻きながら。

 そんな俺の疑念を察したのか、アメルはジルさんたちには黙って飛び出してきたこと、密かにバトラーに俺の跡を追わせていたこと等々、一方的に喋ってきた。

 アメル曰く、「フィオに言われて仕方なく(強調)俺の見舞いに来た」らしい。

 何でも、俺がどうせ本を読みたがっていて、人恋しさで死にそうになっているだろうから、というフィオさんの推測のもと、大量の本を持たせてアメルを見舞いに行かせたとか。


 アメルの話を聞いて、正直俺は、嬉しさと安堵感で泣きそうになった。

 精神的に限界が来ていた現状。

 顔なじみの人間と会って話せることの幸せ。

 そして何より、二人の少女の思いやりに心打たれたワケで。

 

 しかし、次に頭をかすめたのは俺とアメルが接触することの懸念だった。

 人間を前にして、俺がどんな精神状態になるのかも分からない。

 実際、今はかなりヤバい状態なワケだし、正気を保っていられるかも怪しい。

 いくらアメルといえども、若い女の娘。

 ちょっとした行動で俺の精神が崩壊して、アメルの身体を食い破るかもしれない。

 そうした最悪のケースを想定して、俺は一人、引きこもる選択をしたのだ。

 フィオさんにもアメルにも、こうした事情は説明したハズなのだが、ただ俺の身を案じて行動に移す無鉄砲さよ。


 そんなこんなでヘッドウィグを始めようとするアメルを前にして、俺はアメルを追い払う方法、もといアメルと距離を置く方法をあれこれ模索した。


 気が狂った振りをして、適当に暴れれば、アメルも逃げ出すだろうか。

 あるいは俺の方が逃げ出して、引きこもる洞窟を変えるか。

 しかし、暴れるにしても、逃げ出すにしても、俺の身体にはその余力が残っていない。飲まず食わずの身体で、種に力も吸われて、羽ばたくことすら難しいのだ。

 どうする、俺。

 …と、色々考えてみた結果。

 

 結局何もしないという結論に至った。

 アメルの傍にいるのはどう考えてもリスクが高いのだが、俺自身、アメルと会って安堵してしまったというのがでかい。

 ホント、フィオさんが推測した通り、人恋しさが募りに募っていた。

 相手が例えアメルでも、話し相手が欲しかった。

 それに思っていたよりも、アメルを前にして肉欲(そのままの意)は湧きおこらなかったし、むしろ、頭の中を巣食っていた欲望が、安堵感に押しやられたような感じだった。

 色々と限界が来ていた俺は藁にもすがる気持ちで、アメルを頼ったのだ。


 そうしてアメルの成すがままに、始まった洞窟内ヘッドウィグ。

 まさかこんな最果ての地でボードゲームをするとは思わなんだ。

 しかし、体中に力が入らず、食事も喉を通らず、気を紛らわす手段が無い今、絶好の暇つぶしとなった。ボードゲームは偉大。

 で、ヘッドウィグしながら、アメルからアースウェルドの状況を聞くことができた。


 アンガスに手ひどくやられた首都も徐々に復興し、少しずつ活気が戻ってきているらしい。竜の巣も多くの生徒たちが戻り、協力して修復作業に取り組んでいるとか。

 そしてアースウェルド王室はジルさんに促され、各国にアンガスの悪事を公表。

 その余波が結果として各国に飛び火することになった事実も説明した。

 王室は全面的に自国の責任を認め、謝罪した上で、ジェルミナ協定の重要性の再確認、その強化を訴えている。

 アースウェルドに対する各国の風当たりが強くなるのは避けられないが、事態の収拾に奔走した俺、こと“マスタードラゴンの使者”がアースウェルド王室と通じているおかげで、何とか最低限のメンツは保てているらしい。

 それにドラゴン協会が無くなった今、人脈の広いジルさん、世界最強のドラゴン、バルバドスゴルフィーを擁する爺さんもアースウェルドの再建に奔走している。

 そんな話の流れで「私とバトラーもいるし、アースウェルドは安泰ね!」とドヤ顔で話していたアメルだったが、アメルが国の再建の何に役立つのかは極めて謎。


 そんな雑談をしつつ、何十回も対局した俺とアメル。

 結果は俺の全勝。

 しかし、アメルの奴、俺にボコボコに負けて以来、ひたすら俺の定石を研究してきたとか何だで、打ち筋が中々手強くなっていた。さすがヘッドウィグ七星()の一角。

 俺も負け星がつかないように、鈍る頭をフル稼働して相手をしてやった。

 最後の対局は負けそうになりつつも、俺が見事な逆転勝ちを決めると、アメルは「うがー!!もう一回!!!」と叫びつつ、盤面に突っ伏して寝てしまった。

 …男なら例え溝の中でも前のめりで死ね、とは坂本龍馬の言だったか。

 一応そのまま寝かせてはいるが、イエティの毛皮だけかけておいてやった。

 厚着していても、人間の身体じゃこの土地の気候は寒いだろうし。


 しかしアメルの奴、フィオがうるさくて仕方なく来たんだから、と最後まで言い張っていたが、その実ずっとヘッドウィグのリベンジがしたかっただけじゃないのか?

 今日の気合の入りようは尋常じゃなかったぞ…。


 …まあ、何が目的であれ、アメルが来てくれたおかげで、大分気が楽になった。

 ホント、昨日までは気が狂いそうだったが、今では心も落ち着いて、頭もすっきりしている。

 その点は我が身を顧みず来てくれたアメルや気を利かせてくれたフィオさんに本当に感謝している。

 また返す恩が増えたな。

 

 アメルと会って思ったのだが、浸食に耐えるには一人で悶々としているよりも誰かと話したり、ゲームでもしている方が良いのかも。

 爺さんが言っていたように、住み慣れた場所で療養していた方がマシだった可能性が微レ存。

 …かといって、アースウェルドに戻る余力はもう無いんだよなあ。まさか浸食のせいで、身体の生気すら持ってかれるとは思いもよらなんだ。

 

 …まあ、今更後悔したってしょうがないか。

 何はともあれ、アメルも寝たことだし、早速、持ってきてくれた本を読むことにしますかね。

 フィオさんの選んだ本なら中身も期待できる。BL要素が少々不安だが。


 しかし日記もそうだが、人用のサイズの本も読めるぐらいに俺の視力は異常。

 ページをめくるのは少々難儀だがね。




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