86日目
86日目
今俺がどこにいるかというと、北の国フィラルドからさらに北へ行ったところに広がる、最果ての地ガゼル。
乾いた土と氷に覆われた僻地で、生物の気配も少ない。
イエティ?みたいな不細工な魔物をちらほらと見るだけだ。
そんな閑静な場所のとある洞窟の中で、一人寂しく日記を書いている。
…例のごとく、経過を書いておくか。
昨日、というか一昨日?、日記を書いてすぐ、アンガスが暴れているという西の国ヘキサルに向かった。
ヘキサルはアースウェルドでは見たことの無い巨大な塔や建物が並び、今まで見た国の中で最も発展していた。
しかし、その街の様子を見て、俺は逆に不安になった。
というのも、アンガスが侵攻した後なのに、街が壊された形跡がない。
しかも、フィヨルドやシュナの国では慌てふためく人々の姿を目にしたが、それもない。
人っ子ひとりいない国の様子は、かなり異質に思えたワケで。
ざわついた胸中のまま、ヘキサルの首都に到着すると。
まず目に入ったのが、街の真ん中にひときわ大きくそびえ立つ巨大な城。
それは、一言でいえば、滅茶苦茶趣味が悪い城だった。
ドラゴンの骨や人骨、それと死肉?で組み立てられた城。
サイズは東京ドームを何十個も積み上げ、雲まで届くかという高さで、さながら、バベルの塔(闇)。
しかも、城の全体が黒水晶の黒いオーラで覆い尽くされており、あそこまで気味の悪い城を作れるアンガスのセンスに脱帽。
当然、城に近づくと気の触れたドラゴンたちが、わらわらと俺に襲い掛かってきた。
相当数のドラゴンたちを薙ぎ払った後、城の処理をどうするか、考えた。
あまりに気色悪いので、ブレスで城ごとアンガスを滅却しようか、とも考えたが、何となく嫌な予感がしたので、試しに城内に乗り込んでみることに。
嫌な予感は的中。
当時の様子は、正直思い出したくない。
城の中には裸にされたヘキサルの国民がぎゅうぎゅう詰めに収容されていた。しかも、全員、虚ろな表情で洗脳されている感じ。
さらにすし詰め状態の人に加え、城内の壁や建物は気味悪い肉と骨でできているので、中は臭いし、気持ち悪いしで、最悪だった。
吐き気を催しながら、番兵のドラゴンたちを沈めつつ、グロテスクな城を奥へ奥へ進むと。
最奥部に玉座があった。
で、巨大なドラゴンがまさに食事中でした。
ギブルドが纏っていたのと同じ、黒いオーラに身を包んだドラゴン。
腐った肉とむき出しの骨が特徴的で、「スカルドラゴン」と呼ぶに相応しいヤツ。
で、そのスカルドラゴンが「もっと女の肉をををを!」と叫びながら、裸の女性たちをひたすら貪り食っている、という地獄絵図。
最初はあまりの光景に何が何だか分からなかったが、スカルドラゴンが黒いオーラを放ち、人語を喋っていることから、スカルドラゴン=アンガスという結論に至った。
恐らく、黒水晶の力を使って、アンガスはスカルドラゴンと融合したのだろう。
しかし、スカルドラゴンと同化するってどうなのよ。
…まあ、「ドラゴンの種と起源」の授業で、オリジン種ドラゴンの中で最も異質で、生命力が高いとされているのがスカルドラゴンだと聞いたことがある。
アンガスがそこに魅力を感じたのかは知らん。
マスタードラゴンによれば、黒水晶を埋め込まれた人間とドラゴンの融合体は、マナの量を著しく高め、肉体の強度も増すらしい。
しかも、人間の魔法も自由に扱えるし、魔力も増幅するしで、チート級の強さになるのだとか。
何万人ものヘキサルの人間たちにかけられていた洗脳魔法も、融合体になったアンガスの超級魔法によるものだろう。
しかし、そんな融合体も利点ばかりではない。
まず、融合が二度と解けないこと。
そして、融合した人間の理性が壊される、ということ。
そもそも黒水晶を埋め込まれた人間は黒水晶から発せられる怨嗟の念によって次第に理性を狂わされるらしい。
ドラゴンとの同化はそれをさらに促進させるのだとか。
ギブソンもメギルドと同化してから、何か狂気じみてたし。
まあ、ドラゴンと同化する時点で、人の理性なんて失われそうなもんだ。俺的には他人事じゃないので、笑えない話だけど(白目)。
マスタードラゴン曰く、「人間たちは黒水晶の力を過信し、人体にふりかかる呪いをまるで理解していない」と。
案の定、アンガスは黒水晶の力を最大限引き出そうと考え、ドラゴンと同化した。
しかし、黒水晶の怨嗟の影響によってとち狂った結果、あんな牙城を築き上げ、ひたすら女性の肉体を貪る様になったワケだ。
アンガスの歪んだ欲望と黒水晶に宿る怨嗟が混ざり、とんでもない邪竜が誕生する羽目に。
黒水晶が人の思考をおかしくさせる、っていうのもあるが、アンガスのヤツ、力を欲するあまり、堕ちるところまで堕ちたって感じだな。
そんなこんなで、黒水晶の力に呑まれてしまったアンガスは、俺を視界に入れるや、ギブソンがそうしたように、黒いオーラを放ってきた。
ちょっと身構えたが、マスタードラゴンが言ったように、俺の意識が正常な今、黒水晶の干渉を全く受けなかった。
ま、これが、種に浸食され始めたら分からんけど。
黒水晶の干渉を受け流した後、とりあえず俺はブレスで天井に大穴を開けた。
それから、黒水晶が効かない…だと!?みたいな感じで当惑するアンガスを捕まえて、外に放り出した。
大勢の人間がいる城内では、戦いづらい。
挑むなら、ギブルドを倒したときのように、空中戦がベストだと踏んだワケ。
空中に放ると、アンガスは一転して、血みどろのおどろおどろしい翼を広げ、臨戦態勢に。
短期決戦で終わらせようと、俺もすぐにブレスを溜め始めたのだが、アンガスに先手を取られた。
アンガスは大きく口を開くと、体中を震わせながらどす黒い霧を吹きだしてきたのだ。
その後、
「フハハ!どんな生物をも死に至らせる毒霧を喰らうがいい!」
という、説明乙な台詞をアンガスが吐いてきたので、それがヤバめの霧だと理解。
理解したはいいものの、あっという間に俺は霧に包まれ、それを思いっきり吸い込んでしまった。
しまった、とは思った。
が、内心、完全体の身体なら耐えうるだろう、と楽観していた。
事実、命に別状はなかったので、霧の効果は大したこと無かったのだが、その霧は俺の鼻孔を刺激した。
それはまるでコショウをダイレクトに振りかけられたかのごとく。
そして、俺はくしゃみをした。
全身全霊のくしゃみを、アンガスに向けて。
今までの人生で、そしてこれからの人生でも、あのくしゃみより壮大なくしゃみはないだろう。
というのも、くしゃみの勢いで、溜めこんだエネルギーを一気に吐き出してしまい、ギブルドを倒したときと同程度か、体感的にはそれを上回る威力のブレスが出てしまったのだ。
で、そんな俺のくしゃみ(エターナルブレス)をもろに喰らってしまったアンガスは、
「なにいいいい!」
と叫びながら、消し飛んでしまったという。
…自分で書いておいてアレだが、ホント、世界を狂わせた元凶の、何とも阿呆らしい最後だったな。くしゃみで死ぬとか、なんだそれ。
俺自身ももっと格好良く決めたかったっていうのが本音。
…まあ、結果がよければ何だって良いか。
ともあれ、アンガスが死んだことで、城内の人間達やドラゴンたちは正気を取り戻したので、ドラゴンたちを回復させつつ、誘導して城内から全員を退避させた。
人間達を誘導するとき、円滑に退避を進めるために「我はマスタードラゴンの使者なり」とか、「脅威は無事去った」とか言っちゃったのは、黒歴史。
しかも、毒霧のせいで、鼻水&くしゃみが止まらない事態に。
おかげで全然頭が回らず、格好もつかなかった。
俺「押さない、駆けない、喋らない、ふえっぶし! を守って…皆、落ち着いて、ふえ…、避難しなさい」。
…って、避難訓練かよ。
その後、遺体(中には人の形をとどめていないのもあったが)とかも運び出して、空っぽになったアンガス城はブレスで滅却処分した。
そんなこんなで後処理を済ませると、呆然とするヘキサルの人々に「ヘキサルの民に幸あれ」とかいう意味不明な台詞を残して、俺はその場を後にした。
毒霧のせいか、種の浸食のせいか分からんが、俺の言動おかしすぎか!
竜の巣に着くと、ジルさんたちが王女ヘラインさんとともに、国の復興?やアンガスの対策?について色々議論してる最中だった。
で、アンガスを殺してきたことを話すと、皆、目を丸くした。
皆さん、どうやらヘキサルに攻め込む作戦を一晩中練っていたらしい。
感謝されたが、何だか皆の苦労を無駄にしてしまった気がしてならない。
そういえばヘラインさん、「さすがマスタードラゴンの使者様!」と言って感動していたが、未だに俺がマスタードラゴンの使者だと信じているらしい。どちらかというと、“使者”というより、“竜の逆鱗”なんだがね。
それからヘラインさんが、王室へアンガスの死を報告しに帰った後、俺は爺さんやジルさん、アメル、フィオさんに俺の事情を話した。
俺とディノの身体の仕組みと経過。
現在、体内で“竜の逆鱗”が目覚めつつあること。
そして、俺の意識が“種”の浸食に耐えなければ、世界が滅びる、というとんでもない事実を。
ムズムズする鼻を我慢しながら、やっとこさ全てを話し終えると、皆信じられない、と言いたげな様子だった。
…まあ、俺も信じられないし、信じたくない。
しかし、マスタードラゴンが直々に申し渡してきたわけだし、白昼夢でなけりゃ嘘偽りの無い事実。
それから俺は今後のことを話した。
アースウェルドに戻る途中、色々考えた結果、俺は“浸食”が続く間は、人気の無い僻地で過ごそうと決めたのだ。
というのも、浸食によって、いつ自分が暴れ出して、周囲の誰かに危害を加えるかも分からない。
もちろん、俺が浸食に耐えられなかったら、世界の終わりなので、危害を加えるも糞もないのだが、浸食に耐える過程で周囲の人やものに当たる可能性も無くはない。
ブレス一吹きで街を吹っ飛ばすこの身体だ。
国の中にいくつものクレーターを空けても迷惑だろうし、人殺しもなるべく避けたい。
であれば、人気もなく、俺が多少暴れても大丈夫な場所に引きこもるのがベスト。
引きこもりの場所として選んだ土地は“最果ての地ガゼル”だった。
北の国フィラルドを越えた向こうに延々と広がっている不毛の地で、土も悪く、一年中気温も気候も優れず、人も魔物も好んで住まわないとされている地帯。
そこで粛々と種の“浸食”に耐えてやろう、という心積もりだ。
その話を爺さん始め、皆に言うと、心配された、というか他に方法は無いのか、と聞かれた。
爺さんから、種の“浸食”が俺の精神を乱すのであれば、精神を安定させる意味でも、馴染んだ場所で安静にした方が良いんじゃないか、と言われた時はなるほど、と思った。
爺さんの小屋や竜の巣の部屋で、皆に囲まれている方が落ち着くのは確かだろう。
しかし、それでもリスクの方がでかい。
マスタードラゴンによれば、“浸食”は精神を乱し、人への憎悪を増長させる。
そうなると周囲に人間がいることが逆効果になる可能性もある。
その影響で身近な人でも殺してしまったら目も当てられない。
一方でアメルが、俺が暴れそうになったら、バルバドスゴルフィーやティアマト、バトラーが全力で抑えればいいじゃない、ということを言っていたが、それも却下だ。
正直、ティアマトやバトラーでは実力的に完全体の足元にも及ばないだろうし、バルバドスゴルフィーですら抑えつけられるかどうかは怪しい。
それに、ゴルフィーは力を使うだけで周囲をみじん切りにしてしまうので、結局周りに被害を出すのであれば意味のないことだ。
そういう理由で爺さんもゴルフィーの力を抑えていたワケだし。
つまり、俺の暴走を無事に抑止できるほどの力を持っているドラゴンは世界中探したっていないのだ。
それは爺さんもジルさんも察していたらしく、アメルの意見に首を振るだけだった。
何て言ったって、この身体は元はといえば、前代未聞に凶悪な“竜の逆鱗”だ。
そうなるともう、マスタードラゴンが言ったように、俺自身を抑制できるのは俺の意思だけってワケ。
そんなこんなで、納得しつつも、曇り顔が晴れない皆に、「探さないでください」という言葉を残し、俺は竜の巣を後にした。
どういうわけか、アメルのヤツ、凄い不機嫌そうな顔で、俺を睨んできたな。
俺的には、ただ一人、山奥に篭って己に打ち克つ!みたいな漫画の主人公的な雄姿を誉めてもらいたかったが、どうやらそうもいかないみたいで。
…まあ、アメル的にはそれが気に食わないのかも知らんが。
フィオさんは最後、何考えているか分からない表情でじっと見つめてきた。
その目を見てると、本当は竜の巣にいたーい!、皆に介護されたーい!という俺の本音を完全に見透かされてる気がしたが、とりあえず、「俺の身体を頼んます」とだけ言っておいた。
…フィオさんなら、俺の身体をしっかりと守ってくれるだろう。
いつだったか、シュナの国の病院で、俺の身体の傍らに座ってうたた寝していたフィオさんを思い出す。
…何か、色々迷惑かけたし、無事、“浸食”に耐えて人間に戻れたら、皆にはまたきちんとお礼しないとな。
なんて感傷もほどほどに、俺はそれから北へ北へ、ひたすら飛んだ。
ディノの意識がシャットアウトされてから、ぎこちなかった翼の扱い方も大分慣れて、スムーズに飛べるようになった。
何やかんや俺もすっかりドラゴンしてる。
ガゼルで適当な洞窟を見つけた後、何も考えずにイエティを口に放り込んでいく過程なんか、もう人間辞めてるレベル。
というか、これから何の娯楽もなく、ただボーっとする生活か。
しかも、頭がおかしなっていくをひたすら耐えるとか、考えただけで狂いそう。
今更だが本を何冊か持って来ればよかった。
気晴らしにもなるだろうに、何故思いつかなかった俺。
今から戻って取りに行くにしても、そろそろ種の“浸食”始まるかも分からんしなあ。
…しょうがない。自分の日記でも読み返すか。
というか、マスタードラゴン、この日記って何のために俺に持たせたんだ?
ディノの観察記録とかっていうのは建前くさいな。
もしかして、この日記に書いたことってマスタードラゴンに全部筒抜け?
マスタードラゴンさま、俺の日記を盗み見して、“逆鱗の種”の経過を観察していた、とかね。もしそうなら、良い趣味してる。
…まあ、気晴らしになってるし、もはやどうでも良いけど。