84日目
84日目
何と、マスタードラゴンが降臨した。
で、とんでもない事実を俺に告げた。その内容が未だに納得いかねええ!
マスタードラゴン鬼畜すぎワロえねえ!!
経過はこう。
あれから俺たちはすぐにシュナの国を後にしたのだ。
俺はフィオさんを背中に乗せ、バトラーを抱えて飛び、アメルはメリー乗って、という風な具合で。俺の飛び方が不慣れなせいで、フィオさんを酔わせてしまった点については、要反省。
あと、シュナの国のドラゴンたちは回復させておいた。正当防衛とはいえ、シュナの国のドラゴンたちには結構酷いことしたし。
で、竜の巣に着くと、爺さんやジルさんがすでに意識を取り戻していた。
すでにクラージアさんから事情を聞かされていたようで、ジルさんからひどく感謝された。
アメルや自分の命を救ってもらったこと、協会や黒い煤を壊滅させたこと、等々。
正直、俺が動いたことでアンガスを暴走させてしまった節もあり、感謝される謂れは無いと思ったが、いずれアンガスは暴走する予定だったと考えれば、早めにあぶり出せたことを喜ぶべきか?なんて、微妙な心境になりつつ。
爺さんからは、ふんと鼻を鳴らされ、「とんだじゃじゃ馬め」とか言われた。
素直に爺さんやフィオさんを助けたことを感謝してほしいものだが、完全体の姿を黙っていたことやゴルフィーとの一戦もある。
だが、特別実習の自演や、バルバドスゴルフィーを隠していた件など、爺さんにも色々と非があると思われ(ry
そんなこんなで、無事皆が揃い、俺がジルさんに元の身体に戻れないということを話した、ちょうどその時だった。
周囲の時間が唐突に止まったのだ。
俺以外、石像のように動かなくなり、景色は若干モノクロに見え、何コレ!?と俺だけが慌てふためく中。
どこからともなく、銀色の長髪をした幼女が現れた。
見たところ、年齢は6歳未満。
あら可愛い、と思う間もなく、幼女は見た目とはそぐわない、艶のある声色で俺にこう告げたのだ。
「久しぶりですね。神栖竜」、と。
その声に聞き覚えがあり、記憶をたどると、異世界召喚されたときに聞いた声だった。
すなわち、マスタードラゴンのそれ。
で、思った通り、幼女はマスタードラゴンが擬態した姿らしく、俺に重要な事実を告げるために、世界の時間を止めて、降臨したのだと言い始めた。
で、その「事実」の内容が鬼畜の何の。
マスタードラゴンのとんでもない話は“竜の逆鱗”誕生秘話から始まった。
マスタードラゴン曰く、“竜の逆鱗”とは“逆鱗の種”がドラゴンの中で萌芽することで誕生するらしい。
“逆鱗の種”。
それは世界中のドラゴンたちの怨嗟の念が一定以上集まると、どこぞのドラゴンの卵に仕込まれる厄介な代物で、文字通り“竜の逆鱗”を生む種だ。
世界中から発せられるドラゴンの怨嗟の念を集め、それをカースエネルギーに転嫁する種。
そして、“逆鱗の種”は、十分なカースエネルギーを生産すると、最終的に萌芽し、宿主であるドラゴンの自我を壊し、溜まったエネルギーを爆発させつつ“竜の逆鱗”として暴走するらしい。
人間世界に伝わる“竜の逆鱗”の伝説と多少、というか、かなり食い違う部分はあるが、ドラゴンたちの怨嗟の念が逆鱗を生む、という構図は一緒だ。
で、マスタードラゴンは、次の“逆鱗”が世界を破滅させるぐらい強大なものになる、と予測した。
というのも、アンガスが黒水晶の開発に手を染め、完成させることを見越したからだ。
黒水晶はドラゴンたちの怨嗟の念を増長させ、“逆鱗”を世界滅亡レベルに強化してしまうだろう。
以前の“逆鱗”ならば人間達だけで対処できたが、黒水晶の開発が進めば、ドラゴンの怨嗟は膨れ上がり、次の“逆鱗”では恐らく、人間の手に負えない。
それを察したマスタードラゴンは、次の“逆鱗”が世界を灰塵に帰さぬよう、何かしらの策を講じることにしたらしい。
当然、俺はマスタードラゴンに、アンガスをとっちめて、黒水晶を開発させなきゃよかったんじゃ?とツコんだのだが、マスタードラゴンは直接この世界の人間やドラゴンに干渉することはできず、せいぜい運命を多少いじくる程度しかできないそうな。なんじゃそりゃ。
そんなこんなで、マスタードラゴンが対策を考えた末、導き出した答え。
それは、“逆鱗”の誕生を阻止すべく、種が呼び寄せる怨嗟の念を、他の“器”に移し替えること、だった。
“逆鱗の種”が仕込まれたドラゴンの卵を、異世界から召喚した“器”に託し、怨嗟の念を肩代わりしてもらおう、というとんでもない策。
そして、その“器”こそ他でもない、「俺」だった。
その話を聞いた時点で、俺は目がテンになった。
つまり、ディノに“逆鱗の種”が仕込まれていた、ということ。
そして、俺がドラゴンの怨嗟の念、とやらを引き受けていた、という事実。
当惑する俺に構わず、マスタードラゴンは話を続けた。
“逆鱗の種”が萌芽するには、大量のカースエネルギーが必要。
そのために“種”はドラゴンの中で、怨嗟の念を集め、カースエネルギーに転嫁していく。
ならば、怨嗟の念をドラゴンに溜めなければよい。
怨嗟の念を別の“器”に移し替えれば、逆鱗の誕生を防ぐことができる。
そう思い立ったマスタードラゴンは、俺に特殊な能力を付与して、“器”としたワケ。
その特殊能力とは、“逆鱗の種”が仕込まれたドラゴンと意識共有し、ディノの中に溜まっていく怨嗟の念を肩代わりし、それをマナに転嫁する力だ。
その影響で、俺はバカみたいなマナを持ち、頭の中には恒常的にドラゴンの怨嗟の念が流し込まれ、普段から気味の悪い夢(人を食い殺す感じのアレ)を見せられた、というワケ。
もちろん俺は何故、怨嗟の念を肩代わりするのが「俺」である必要があったのか、そして何故、そんな面倒くさいことをしなきゃならなかったのか、とマスタードラゴンを問い詰めた。
そしたら、マスタードラゴンのヤツ、「人間に対するドラゴンの怨嗟」を引き受ける“器”は、マスタードラゴンが力を干渉しやすい異世界の人間であること。
そして何より、「ドラゴンを愛せる人間」でなければならなかった、とか言い始めたのだ。
つまり、俺は「ドラゴンを愛せる異世界の人間」として、マスタードラゴンのお眼鏡に適い、異世界召喚され、“逆鱗の種”が呼び寄せるドラゴンの怨嗟の引き受け役となったワケ。
そして、俺の愛情が、ドラゴンたちの怨嗟をマナに転嫁させるチカラを担っていた、というワケ(白目)。
何そのメルヘンチックな設定。ドラゴンへの愛とか一体。
全然自覚がないんですがそれは。
まあ、アメルが聞いたらさぞ、感動するに違いない。ドラゴンへの愛が、“逆鱗”をなだめるとか、ロマンチック過ぎて草。
というか、そもそもの話、この世界に干渉できないマスタードラゴンの無能さといったら無い。
何で全然関係のない異世界の人間には干渉できて、自分が管理する世界には干渉できないのか。
その点、詳しく言及したら、たった一言、「それが理なのだ」と。
…神の理は不条理ってワケですね、分かります。
…まあ、アレだ。
ふざけるな、というのが正直な感想。
“逆鱗の種”、というとんでもない爆弾を抱え込んでしまったディノ。
そして、俺とディノの関係性は“逆鱗の種”を処理するために、作為的に形作られたものだったということ。
世界を救うためには仕方なかった、とはいえ、もっとやりようがあったんじゃないかと、マスタードラゴンに対する苛立ちが収まらない。
この苛立ちもディノの代わりに引き受けているというドラゴンの怨嗟の念の影響だろうか(反語)。
さらに、マスタードラゴンの話は続き、何故、俺が元の身体に戻れないのか、についても説明を始めた。
マスタードラゴンによれば、俺とディノのコンビは良い感じに“種”の成長を抑制していたのだが、つい最近、“種”は突然、萌芽を始めてしまったらしい。
要因として、マスタードラゴンは俺たちが長期間完全体でいたこと、そして何よりもギブソンによる黒水晶の一撃を喰らったこと、を挙げた。
俺の意識とディノの身体が一つになる完全体は、心身は分離してはいるものの、俺が肩代わりしていた怨嗟の念がディノと一時的に共存する形になり、ディノの中に眠る“逆鱗の種”に少なからず影響を与えるのだとか。
しかし、それだけならまだ影響も少ないらしいのだが、俺たちが喰らった黒水晶の一撃、すなわち、ドラゴンの怨嗟を利用した念波がディノの中で眠っていた“種”を刺激し、突発的に萌芽を始めてしまったらしい。
分かりやすく言うと、今、俺たちの身体の中で逆鱗が目覚めつつある状態(白目)。
最近のイライラや感情の昂ぶりはそのせいらしい。
俺がディノの意識をシャットアウトしなかったら逆鱗が爆誕していたかもしれなかった、という話を聞いたときは冷や汗が出た。まあ、ドラゴンの皮膚から汗は出ないのだけれども。
で、マスタードラゴンによれば、現状、ディノの意識を眠らせていることで、“種”の暴走は一時的に食い止められているらしい。
俺が元の身体に戻れないのも、マスタードラゴンの仕業で、ディノの意識を覚醒させないために俺の意識を完全体に拘束させているのだとか。
仮に今、ディノの意識が覚醒すれば、すぐにディノの自我は死滅して、未曾有の“竜の逆鱗”が誕生してしまう。
今まで、俺が嫌な思いをして、マナに転嫁させてきた怨嗟の念が全て“逆鱗”のカースエネルギーに転じ、当然、ディノに対する意思疎通も魔力分配も不可能となる。俺も世界も破滅まっしぐらだ。
そうならないために、俺の意識が“逆鱗”のストッパーになっている状態らしい。
しかも、マスタードラゴンはさらに、とんでもない事実を俺に告げた。
というのも、この後間もなく、萌芽した“逆鱗の種”は「俺」の意識を浸食してくる可能性が高いらしい。
何でも、怨嗟を沈める役割を果たしている俺の意識を排除しようと働くのだとか。
そして、怨嗟の念を浄化して蓄えた俺の膨大なマナを、そのままカースエネルギーに換えてやろうと俺の自我を蝕み、人間に対する怨嗟を増長させてくるらしい。
何それ怖い早くどうにかしてくれ!と、俺はマスタードラゴンに頼んだのだが、「すまないが、私の力ではどうにもならぬ」、と返された。
マスタードラゴン使えねえええ!と思ったのは当然。
そんなこんなで絶望した俺に、しかし、とマスタードラゴンは付言してきた。
何でも、“逆鱗の種”は十分な成長を遂げずに萌芽したため、奇跡的に力が弱いらしい。
それが逆にチャンスだとか抜かしてきた。
というのも、“種”の暴走と浸食に俺の意識が耐えられれば、免疫が病原菌を殺すように、“逆鱗の種”を消滅させることができるかもしれない。
できるかもしれない、と書いたのは、これは完全にマスタードラゴンの憶測らしく、絶対とは言えない、と釘を刺された。
しかし、もし消滅させることに成功すれば、ディノの身体から種も取り除かれ、俺もお役目御免となる。
俺が望めば、元の世界に帰してやろう、なんて言われたワケで。
もちろん、俺の意識が“種”の浸食に負ければ、俺とディノ死亡→逆鱗が誕生→世界滅亡という鬼畜コース。
そんな気の遠くなるような話をされて、俺はしばらく呆然としていた。
一応、俺が元の身体に戻れない理由は分かったが、同時にこの理不尽な状況にどうしたら良いのか、途方に暮れた。
元の世界に戻れるかもしれない、と言われても、いまいちピンと来ない。
むしろ、“逆鱗の種”が俺の自我を蝕んでくる、という事実に恐ろしさしか感じない。
とりあえず俺は、マスタードラゴンにどれくらい“種”の浸食に耐えれば、“種”は消えるのか、そして俺は何をすべきか、マスタードラゴンに尋ねた。
マスタードラゴン曰く、種は大体4、5日後から暴れだし、10日ほど耐えれば、消滅するだろう、とのこと。
そして俺がすべきことは、これ以上、ドラゴンの怨嗟を増やさぬよう、早急にアンガスと黒水晶を排除すべきだと語った。
アンガスは現在、黒水晶を使って、人やドラゴンを殺戮し、好き放題やっているらしい。
このままだと、“逆鱗の種”が呼び寄せる怨嗟は増える一方だ。
加えて、アンガスを野放しにしておく限り、さらなる“黒水晶”の開発も危ぶまれる。
そのために、アンガスは早急に処分しておく必要がある。
俺的には黒水晶に接触することで自分の中の“種”の成長を強めてしまわないか、不安だったが、マスタードラゴンによると、意識がしっかりしている今の状態なら害はないらしい。
むしろ、俺の意識が通常である内に、アンガスを潰し、不安の芽を摘んでおくことの方が賢明だ、とマスタードラゴンは語った。
そんなこんなで、マスタードラゴンは言いたいことを言うだけ言って、最後に一言、
「世界の命運はお前にかかっている。よろしく頼むぞ、神栖竜」
というセリフを残して、勝手に消えてしまった。
何そのとってつけたような台詞。最近の安いメロドラマでも聞かねえよ!
とツッコみたかったが、すぐに周囲の時間は動き出し、ジルさんやアメルたちが呆然と立ち尽くす俺を見上げていたワケで。
ともあれ、俺は無言でその場を去り、とりあえず落ち着こうと、状況整理のために日記を書いている。
最初は気が動転していたが、こうやって情報を羅列してみると、改めて、マスタードラゴンの無能さと俺の不遇さが際立つな。
異世界に召喚されたときも理不尽に思ったが、こうしてヤバい状況になってから情報を明かして、最後はただ頑張れと言ってくる勝手さには怒りを通り越して、ただただ呆れ返るばかりだ。
最初から、俺に全て説明してくれれば、何かしら対策できたものを。
…まあ、昔の俺が、マスタードラゴンに説明されて、全てを理解し、それを信じたかどうかは怪しいが。
…閑話休題。
一先ず落ち着いたところで、早いところアンガスを殺しに行くか。
爺さんたちには“逆鱗”の秘密について、後で説明することにして、その後のことは、また後で考えよう。
先のことを考えると、ひたすら気が滅入るし、イライラするし、どうしようもない気持ちになる。
この感情も“種”が呼び寄せるドラゴンの念がそうさせているのか。
というか、“種”の浸食が一体、どんな症状を引き起こすのか、今から気が気でない。
マスタードラゴンは極度の情緒不安定、幻覚症状、躁鬱状態とか、挙げていたが、実際どうなるのか分からないみたいだったし、その程度は計り知れない。
…今日は人生最悪の日だな、うん。