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82日目~83日目

82日目



 アースウェルドに戻ったら大変なことになっていた。


 何と、死んだと思っていたハズのドラゴン協会のトップ、アンガスが生きており、軍事部を乗っ取り、アースウェルドが擁するドラゴンたちを奪って、首都を陥落。そのまま西の国ヘキサルに向かったというのだ。

 先の戦闘で自滅したと思ったデブはアンガスの影武者だったらしい。

 本物のアンガスは首都に隠れ潜んでいたのだとか。噂に聞く通り、したたかな頭領ドンよ。


 てっきりアースウェルド国内は俺が演じた“竜の逆鱗”の話題で持ちきりかと思いきや、アンガスの騒動で持ちきり。

 というか、竜の巣に戻ったら、年季の入った鎧に身を包んだ茶髪ロングの美人に頭を下げられて、「どうか我が国を救って下さい!マスタードラゴンの使者様!」とか言われた。

“神栖竜”→“竜の逆鱗”→“マスタードラゴンの使者”←今ここ。

って、なんじゃそりゃ。


 茶髪ロングの美人はアースウェルド王室の第一王女、ヘラインさん。

 さらに国のトップドラグナーでもあり、軍事部で指揮を取る万能才女だとか。

 そして何故か俺のことを“マスタードラゴンの使者”、として滅茶苦茶敬ってきたワケ。

 しかも、国内ではすでに、“マスタードラゴンの使者”がアースウェルドの危機を救ってくださる、とか何とかで盛り上がっている様子。


 速攻、俺はクラージアさんを手招きして、説明を要求。

 すると、クラージアさんは謝りつつ事情を説明してくれた。


 事の成り行きはアンガスの暴走まで遡る。


 アンガスは“黒水晶”と呼ばれるヤバい代物を使って、暴れに暴れたらしい。

 “黒水晶”とはアンガスが密かに“黒い煤”に作らせたもの。

 禁忌魔法を使って何百体ものドラゴンの命を痛めつけ、犠牲にして、その怨念に宿されるカースエネルギーを凝縮したものだとか。

 “竜の逆鱗”と同様に、神話に登場するような、闇の魔道具。賢者の石的なアレ。

 で、黒水晶の効果は第一に、ドラゴンに無尽蔵のマナを付与すること。

 さらに、黒水晶の力を得たドラゴンはどんなに痛めつられようと、負の感情が尽きぬ限り、マナを増やし続け、身体を修復するというチート能力つき。

 北の国で暴れていたルガドの例がまさにそれだったが、あのパターンであれば、俺の鋼鉄魔法で封じればおk。


 しかし、黒水晶には第二の効果が存在する。

 特殊な儀式?手術?によって、ドラグナー自身の心臓に黒水晶を埋め込むことにより、あらゆるドラゴンを自由自在に操る力を得るのだとか。

 聞くところによるとドラゴンの思考を錯乱させ、支配するらしい。

 隷属魔法をも無力化し、文字通り、ドラゴンを好き勝手できる能力。

 どうやらアンガスは、その儀式を受け、自分の心臓に黒水晶を埋め込んだらしい。

 で、俺たちが“竜の逆鱗作戦”を実行した後、黒水晶のもてる力を使い、アースウェルドの擁する主力ドラゴンたちを奪って逃亡。

 そして、さらなる強大なドラゴンを狙って、アースウェルド以上の大国である西の国、ヘキサルに向かったワケだ。

 恐らくは俺、つまり“竜の逆鱗”の対策のためか、あるいは自身の尽きぬ欲望のためか。


 何はともあれ、アンガスの暴走によって、アースウェルドは大半のドラゴンを失い、首都も壊滅し、危機的状況に追い込まれた。

 さらに“竜の逆鱗”が現れた、という情報も横行し、王室内は混乱を極めた。

 そんな中、ジルさんたちの捜索に向かっていたクラージアさんたちが、ジルさんたちに加えて、協会の残党ドラゴンたちも連れて帰還したわけだ。


 クラージアさんはそんな国の状況に驚く暇もなく、アースウェルド王室の王女、兼軍事部指揮官のヘラインさんから、連れて戻ってきたドラゴンについて問い詰められ、“黒い煤”やドラゴン協会の壊滅についても、何か知っていることはないか、聞かれたそうな。

 国の存亡がかかっている事態を受け、クラージアさんが言葉を選びながら、王女に語った内容。

 それは「竜の逆鱗が本当は現れていなかった」こと、そして「マスタードラゴンに遣わされた使者」がアンガスの悪行を暴くために“竜の逆鱗”の騒動を起こしたこと、だった。


 クラージアさん曰く、俺とディノのややこしい関係を話すのは憚られたそうな。

 で、俺がマスタードラゴンに召喚された異世界人である、云々の話を思い出し、「マスタードラゴンに遣わされた使者」という曖昧な表現を思いつき、それで通したらしい。


 そしたら王室の方が勝手に盛り上がり、伝説?にあるアースウェルドの救世主だとかで、俺を奉ることにしたらしい。

 勝手な話を作ってごめんなさい、とクラージアさんから謝られたが、聞く限りじゃ勝手に話を盛ったのは王室の方っぽいし、別に不都合もない。


 いずれにしろ、フィオさんと身体の無事を確保した後はアンガスも潰すつもりだったし。

 それに、仮にクラージアさんが俺とディノのことを正直に喋ったとしても、王室の人間は信じなかったことだろう。

 心は人間、身体はドラゴン、なんてファンタジーも良いところ。ま、この世界自体、ファンタジーみたいなもんだがね。


 そんなこんなで、俺はクラージアさんの話に合わせ、“マスタードラゴンの使者”として、アースウェルド国、ひいては世界を守る尊い存在を演じることにした。


 のだが、そんな大それた役を引き受けることを決めた直後、メリーがアメルの魔力を感知したワケで。

 

 ヘラインさんには悪かったが、いずれはアンガスの暴走を止める約束、そして「この国は、我が必ず守って見せる!」的な言葉をちゃちゃっとかけて、すぐにその場を後にした。

 最後、目をキラキラさせて「ご厚意、痛み入ります!」と言いながら、最敬礼をしたヘラインさんを思い出すと、少々心が痛む。

 しかし、俺の中の優先度は

 アースウェルドの存亡<<<越えられない壁<<<俺の身体≦フィオさんの無事

 なので仕方ない。


 まあ、勝手に俺に期待している王室も王室だ。

 罪悪感を感じる必要も無いか。

 早速、これからアメルがいるらしい東の国に向けて飛ぶことにします。

 


83日目



 無事、アメルとフィオさん、そして俺の身体を保護した。


 が。

 何故か、元の身体に戻れない、という事態に。どういうこっちゃ。


 経過を書いておくと、まず、俺たちはアメルの魔力を追って、東の国シュナに向かったのだ。

 シュナは中華とインドを組み合わせたような、エキゾチックな建築が並ぶ国だった。

 といっても、道すがらの街はどこも壊滅しており、見る影もなかったが。


 嫌な予感を抱きつつ、シュナの首都に着くと、まずドラゴンたちの歓迎(物理)を受けた。

 シュナの擁するドラゴンは東洋的な「龍」であって、蛇の形に似たドラゴン。

 初めて見るフォルムのドラゴンに内心感動しながらも、俺たちは襲い来るドラゴンたちを淡々と沈めていった。


 そして、ドラゴンたちを倒しながら、そのドラゴンが纏っている黒いオーラに既視感を感じた。

 ルガドが纏っていた黒いオーラと同じ感覚。

 しかし、ドラゴンたちはとりわけ強いというわけでもなく、ゾンビ状態というわけでもなく。

 嫌な予感は増すばかりで、一旦、メリーを街の外れに待機させてから、アメルの魔力の出所、つまり、街の中枢である宮殿?的な王宮に向かうと、そこには何とギブソンのおっさんがいた。

 しかも、大勢のドラゴンを連れて、王族っぽい人たちを宮殿の壁に縛り上げている最中。


 そして、アメルもギブソンの手によって縛り上げられていた。

 後で知ったが、アメルはギブソンに挑んでボロ負けしたらしい。


 で、そのギブソンだが、体中から黒いオーラを纏い、以前とは違う威圧感、というか、迫力に満ち、人々をいたぶっているのを楽しんでいる、そんな感じだった。

 

 黒水晶の能力を思い出し、俺は直感的にギブソンのおっさんも例の黒水晶を体の中に取り入れて、ドラゴンを意のままに操れる能力を得たのだろうと理解。

 ルガドの件やアンガスの暴走を聞いてから、黒水晶は一つではない、ということは薄々分かってはいたが、ギブソンのおっさんも隠し持っていたとは。

 

 そんな感じで、悠長に状況整理している俺たちを視界に認めるや、ギブソンは俺たちに向けて黒いオーラを放ってきた。


 で、これをもろに食らってしまい、一瞬、かなりマズい状況に。

 黒いオーラを受けると、途端に俺たちは酷い頭痛に襲われた。

 あの時の感覚は筆舌に尽くしがたいが、頭の中に存在している「俺」ではない「ディノ」の思考にとんでもない熱量をもった感情の濁流が流れ込み、ドラゴンの怨念と憤怒の思念がディノの精神をじわじわと浸食していく感じだった。

 おそらく、「ドラゴンの思考を錯乱させ、支配する」黒水晶の能力なのだろう。

 何百体ものドラゴンのカースエネルギーを利用し、ドラゴンの思考を覆い尽くすという、闇の魔道具たる力を、身をもって体験しました。


 で、このままでは身体を支配されてしまう、と直感した直後。

 俺は咄嗟に、意識内に満ちるマナを操って、共有していたディノの思考を完全に“シャットアウト”することにしたのだ。

 二つの精神で一つの身体を操っていた完全体だが、完全に「俺」だけのコントロールで完全体を操作する仕様に移行。

 がむしゃらに頭の中をいじくり回した結果だが、何とか成功。

 しかし、あの時は本当にヤバかった。一瞬でも“シャットアウト”が遅れたら、ディノの精神ごと、身体の自由を持っていかれたかもしれない。

 

 で、それからすぐに頭痛も引き、冷静に周囲を見渡せるようになると、目を大きく見開いたギブソンの姿が目に入った。

 思考をかき乱され、いつの間にか王宮の広場に墜落していた俺は、よっこいしょと身体を起こし、ディノに任せきりだった身体の操作を確認。腕とか足とか尻尾とかぶんぶんと動かす感じで。

 

 その間、ギブソンは「何故、黒水晶の力が効かない!?」とか叫んでいた気もするが、無視して、俺は空に向けてブレス発射。ブレスの加減を確認して準備OK。


 その後、すぐさま、ギブソンが操っていたドラゴンたちが襲い掛かってきたが、俺は適当に両手足、尻尾を振り回し、あとは力任せになぎ倒していった。

 ディノのように美しい立ち回りはできなかったが、とりあえず馬鹿みたいに身体を動かしていれば、ドラゴンたちが勝手にのびていくという無情さよ。

 俺TUEEEE!って結構虚しかったりする(遠い目)。


 で、大方のドラゴンを倒し終えた後、突然後頭部に衝撃が走り、何事かと思ったが、すぐさま、透明化できる能力を持ったドラゴンを思い出し、バトラーもギブソンの手に落ちていたのか、と納得。


 そして、透明の何かが俺にぶつかってくる、その瞬間。

 超反応でバトラーの身体を掴み、そのまま叩きつけるという荒業で黙らせた。


 そんな感じで並み居るドラゴンたちをなぎ倒していき、最後に残ったドラゴンはギブソンの愛竜、メギルドのみ。

 ギブソンはわなわなと震えており、俺は荘厳な口調で降参するよう、申し渡したのだが、そう簡単に折れてくれる相手でも無く。


 ギブソンは何か意を決したような表情になると、その後、とんでもない行動に出たのだ。

 何と、自分の身体をメギルドに飲み込ませるという暴挙。

 ふぁ!?と思いつつ、それからメギルドがメキメキと進化していき、ギブソンの声をかなり低音にしたような笑い声とともに「スーパーメギルド」とでも称せる姿になったときは目を疑った。

 あれが黒水晶の真価なのかもわからんが、黒水晶を取り込んだ人体をドラゴンに与えることで、一体化?し、とんでもない進化を遂げる的な。


 とにかく、そんなギブソン+メギルド、仮にギブルドとしよう。

 ギブルドが殺気全開で突っ込んできたワケ。

 俺は迫力に押されて避けようとしたのだが、途端に見えない糸のようなものに縛られて、動けなくなった。

 以前、ディノがメギルドとスピード勝負したとき、謎の力で身動きが取れなくなったと言っていたが、それだと直感。

 恐らく、メギルドは体中を纏っている鋼鉄を自在に操り、肉眼では見えないほど細く、強力な弦を作ることができるのだ。

 そして、それを周囲に張り巡らせ相手を絡めとり仕留める。さながら蜘蛛のようなドラゴン。


 で、ギブルドはその鋼鉄を組み合わせ、両腕を槍のような形状に変化させると、俺の心臓めがけて突き刺してきた。

 ギブルドは合体したことでマナの量も跳ね上がっており、その一突きは中々強力で、完全体の身体でも鈍痛がした。

 が、幸か不幸か、胸に喰らった一撃によって、俺はぐえっ!、と情けない声を出しながらえづくと、加減無視のブレスを放ってしまった。

 それがギブルドに直撃。

 相手の右半身を焼き、ギブルドはぐおお!と叫びながら転げ回った。

 途端に俺の身体の硬直が解け、好機とばかりに、俺はルガドを封印したときと同じ鋼鉄魔法を放った。


 が、しかし。

 ギブルドのヤツ、翼を巧妙に組み替え、驚くほどのスピードで上空へと飛びあがり、魔法をかわしたのだ。

 元々、メギルドは機動力ではトップクラスのオリジン種ドラゴン。

 黒水晶で強化された後はさらに機敏。


 しかし、そんなギブルドを逃がすつもりは毛頭なかった。

 空へ逃げていくギブルドに照準を合わせ、俺は慣れない翼で思い切り飛びあがった。

 調節が効かない俺の翼は有り得ないスピードでギブルドに体当たりした後、ギブルドの身体ごと、遥か上空へ運んでいった。


 上へ、上へ、さらに上へと。

 どれほどの高さまで飛んだか分からないが、重力が無くなるぐらいの高さまでは行ったと思う。

 そして、宇宙へ投げ出される一歩手前ぐらいのところで、俺はギブルドに渾身のブレスをお見舞いしてやった。

 そのまま、ギブルドを宇宙の彼方へ飛ばしちまおう、などと漫画みたいな考えで試した行動だったが、結果的にギブルドのヤツは、宇宙に飛ばされることなく、俺のブレスを受けて「完全消失」したっぽい。

 完全体になって初めて全力のブレスを放ってみたが、あれこそ漫画みたいな威力。

 あのギブルド相手に塵芥すら残さないんだもの。

 今更だが、俺のブレス、宇宙空間を貫いて、どこか別の星に直撃してないよな?


 で、ギブルドを始末した後、操られていたドラゴンたちやシュナの宮殿に縛り上げられていた人々を無事救出。アメルも助け出すことに成功した。


 が、アメルには意識がなく、爺さんやジルさんと同じように過度な魔力消費による昏睡状態に陥っていた。

 また2,3日は目覚めないパターンカナー?、とか思っていたら、街の外れで待機させていたメリーが、タイミングよくアメルのもとにすっ飛んできたワケで。

 そして、アメルのそばに寄り添うと、何やらマナを放出しつつ、アメルをペロペロと舐め始めたのだ。


 メリーの舌はアメルの顔を器用に舐め回すと、腕、胸元、そして下腹部へ…。

 良く言えば微笑ましい、悪く言えば少々やらしい光景を、俺はただじっと見守ったワケで。

 別にやましい気持ちなんてこれっぽっちも無かったですし。眼福とか思ってないですしおすし。


 ともあれ、メリーの行動はアメルに素晴らしい効果を与えた。

 満身創痍だったハズのアメルはみるみるうちに回復していき、すぐに意識を取り戻したのだ。

 メリーの能力は詳しく知らなかったが、あの業を見た限りじゃ、かなり強力な治癒能力を持っているのかもしれない。


 そんなこんなで目を覚ましたアメルが寄り添うメリーをひと撫でしてから、俺の姿を目に留めると。


 ギャー!、とか、うげえええ!とか叫ぶのかと思いきや、その口から出てきた言葉は意外や意外。


「…綺麗」


 …お、おう。

 と、返す言葉が見つからない心情のまま、俺は大きく咳払いして、とりあえずアメルに事情を説明した。


 ディノと俺が一体化した完全体のこと、アースウェルドは無事…ではないが、ドラゴン協会は壊滅したこと、ジルさんの無事、そして、アメルたち(フィオさんと俺の身体)をずっと探していたこと、等々。

 最初、当然ながらアメルは人語を話し、不可思議なことを喋っているドラゴンの姿に眉をひそめていたが、次第に理解していった様子。

 最初はアメルに俺の話を信じてもらえるのか、心配だったが、意外とすんなり理解してくれたため、逆に拍子抜けだった。

 顔を紅潮させて、「あ、あとであんたの力、詳しく教えなさいよ!」という台詞を吐けるくらいに、アメルは通常運転。少しでも心配した俺が阿呆でした。

 

 そしてその後は、俺がアメルから話を聞く番だった。

 アメルがフィオさんと俺の身体を連れて、東の国シュナまで逃げたこと、シュナの慈善病院にしばらく世話になったこと、ギブソンが国を襲ってきて国の兵士たちとともに迎え撃ったこと、そして黒水晶の力でバトラーを操られ、返り討ちにあったこと、等々。

 最初は淡々と話していたアメルだったが、次第に感情的になり、最後は何故か泣き出しそうな顔になっていた。


 …まあ、祖父の安否も分からず、追手に怯えつつ、果ては自分のドラゴンを操られて死の瀬戸際に追い込まれたわけだし、気丈な天才少女もさすがに参ったのだろう。

 様々な重責から解放されて、緊張の糸がほぐれたのかもしれない。

 で、溢れそうな涙を見せまいとするアメルが、「早くフィオたちを迎えに行ってあげなさい!」的な命令をしてきたので、俺はフィオさんと俺の身体がいるらしい慈善病院に向かった。

 アメルの泣き顔を見てみたかった気もするが、そこはまあ、そっとしておいてやろうと思った俺の漢気()よ。

 


 慈善病院は石造りで三階建ての、割と立派な建物だった。

 病院に着くと、人々は俺の姿を見て逃げ惑った。

 まあ、当然の反応っちゃ当然の反応。

 凶悪そうな巨竜が降ってきて逃げないわけはない。

 ちょっと申し訳ない気がしたが、致し方なし。


 で、アメルに言われた通り、三階の隅にある一室を窓からのぞき込んだ。

 そこにはベッドに寝かされた俺の身体と、その傍らにある椅子に座って、すやすやと眠っているフィオさんの姿。

 危機感ゼロのフィオさんに呆れながらも、その時、俺の頭にある天才的な思いつきが。

 以前、ディノがフィオさんの頬にキッスしていたことを思い出し、仮初にもディノの身体の今なら、俺でもキッスが許されるのでは!?という邪な考え。


 思い立ったが吉日、俺は舌さきを慎重にフィオさんの顔の側面に近づけ、ヒットさせた。

 そして心の中でガッツポーズ。

 キッスと呼ぶにしては体格差あり過ぎで、今にも人間を捕食します、という絵面だったが、何はともあれ、グッジョブ、俺。


 そしたら、フィオさんは目を開けて、窓から顔を突き出した俺を見た。

 今度こそ、絶叫されるカナー?と内心不安になったが、フィオさんはアメル以上の強者だった。


 開口一番、「ディーノ?」という言葉で俺の度胆を抜いた。

 あの爺さんですらディノと見分けがつかなかった完全体の姿を、フィオさんは一目でディノと見抜いてしまったのだ。

 思ってもみなかった反応に俺はたじろぎつつ、「…あ、フィオさん。どうも」なんて言うと、今度はフィオさん「…カミスさん?」と来たもんだから、ひっくり返りそうになった。

 フィオさん、鋭すぎにも程があるだろ、と。


 それから、アメルと同じように、フィオさんにも一応事情を説明した。

 フィオさんも俺にこれまでの経緯を話してくれて、ギブソンがシュナの国で暴れてからずっと病院の手伝いで忙しかったらしい。

 昨晩は徹夜で、ついうたた寝してしまったんだとか。

 で、俺は何故、俺が俺だと分かったのか、聞いたら、「雰囲気」と一言で返されてしまった。

 あれが巷でいう、女のカンってやつか?(錯乱)


 何はともあれ、フィオさんとアメルの無事も確保され、俺の身体も戻って、今に至るのだが、とんでもない誤算に頭を抱えている最中。


 そう、俺の身体に戻れない。

 何をどうやっても、戻れないのだ。

 ベッドで眠る俺に向けて、全力でマナを流し込もうとするのだが、全然、マナが乗らない。

 身体の方に何か魔法でもかけられているのか、と思ったが、フィオさん曰く、魔法の類は一切かかっていないらしい。


 俺が見ても、俺の身体は綺麗に保たれている。

 フィオさんとアメルが守ってくれた身体だ。何の問題もないハズ。

 が、俺の身体に内在するマナの栓は完全に締め切られ、うんともすんとも言わないのだ。


 …俺、このまま一生、ドラゴン!?


 なんて考えが頭を駆け巡り、焦りに焦った結果、俺はとりあえず冷静になろうと努めた。

 で、現状整理のために、ひたすら日記を書き続けているワケだが、ホント、どうすりゃいいんだコレ。

 シャットアウトしたディノの意識が戻らないことも関係してそう。ディノの意識が眠っているせいで、俺の意識が完全体の身体から抜けられない、的な?


 とにかく、アースウェルドに戻って、アメルたちを帰し、ジルさんたちに相談する。これがベスト。


 というか、最近、日記を書くことで、心なしか落ち着いている自分がいる。

 近頃は事あるごとに感情が昂ぶるし、あと死体とか見るとやけにイライラする。

 仮眠をとるときに見る夢もキツイんだよな。

 昔から生肉を食べる夢は見ていたが、ドラゴンになってからそれがより鮮明になってきている。

 普段から生肉を食べているせいかもしれんが、夢の中のアレ、人肉っぽいんだよなあ。人肉なんて食ったこと無いから、分からないけど。


 日記を書いていると、そういう負の感情が晴れて、何となく安らぐ。

 今なら、普段から日記を書いている人間の気持ちが分かる気がする。

 昔は書くことに苦痛すら感じていた俺。

 それが書くことで精神安定を求めるようになるとは。

 末期だな、俺も。


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