71日目~72日目
71日目
爺さんがジルさんのもとを訪れた理由が分かった。
ジルさん、本格的にドラゴン協会に喧嘩を売るつもりらしい。
今日、所長室で話を聞いて大体理解した。そして色々と頭が痛い。
何でも、ジルさんはこの国で長いことドラゴン協会と付き合ってきたそうだが、ここ十数年、協会のトップのアンガスという男の対応にひどく悩まされてきたそうな。
アメルからも話は聞いていたが、そのアンガス、金と権力を振りかざして好き放題やっている欲の塊。
ジルさんによれば、賄賂や脅迫は当たり前で、さらには“黒い煤”という怪しい魔術組織を牽引し、禁忌魔法の類で、国の軍部・司法部の要人を操っているという外道っぷり。まさに絵に描いたような悪人だとか。
もちろん、ジルさんやジルさんに与するドラグナー、有識者たちはアンガスの暴虐を黙って見ていたわけではない。
理解のある王族や貴族院(たぶん政治関係者の貴族)に働きかけ、何度もアンガスの所業を告発しようと試みたらしい。
しかし、アンガスは自分が王族と傍系血族の関係にあることを笠に着て、王族や貴族院に属する貴族たちに対して、お得意の賄賂による買収や政治絡みの粘着質な脅迫を繰り返し、さらには、アンガスのバックについているという魔術組織を遣わせて、洗脳。
あるいは呪殺・暗殺によって法的な拘束をことごとく阻んでいったのだとか。
アンガスによる周到な粛清行為に恐れをなしたジルさんの人脈も潮が引くようにジルさんのもとを去り、今ではほとんど孤軍奮闘の状態。
近頃の騒動からも察しの通り、長らく運営してきた竜の巣も追い込まれている。
で、現在、協会サイド、つまりアンガスはジルさんに対して、大人しく竜の巣を明け渡せば、制裁を加えないという勧告を出している。
が、たとえ大人しく身を引いたとしても、アンガスは不穏分子を残らず排除する男。
竜の巣がアンガスの手に渡り、ジルさんの権威が完全に失墜すれば、今まで以上にジルさんの命が危なくなるのは自明の理。
簡単に言えば、ジルさんはもう後が無い、というワケだ。
ならば、とジルさんは最後に協会側に一矢報いるために単身(!)、協会に乗り込み、協会が秘密裏に推し進めている兵器開発や禁忌魔法の類を破壊、あわよくば摘発に持ち込むつもりらしい。そして、その計画にゲン爺さんも加担するというのだから、俺は目がテン。
つまり、たった二人の老人で、腕っぷしだけを頼りに協会を相手にしてやろうというのだ。
もちろん、協会側にも実力者は多数いるので文字通り、決死の行動。
それでも、後先の短い命ならば一博打を打ってやろう、と特攻を決意したらしい。
青い目を燃やして語ったジルさんを見て、血は争えないなあ、と実感。この祖父にして、あの孫あり、といった感じ。
爺さんの方はといえば、昔どんな恨みを売られたのか知らないが、ジルさんに負けず劣らず協会の壊滅に意欲を燃やしていたな。
爺さんが戦力として使えるのか、甚だ疑問だったが、何と、鳥車を曳いていたポップクリンを巨大なドラゴンに変えたときは驚いた。
特殊な防護魔法でドラゴンをポップクリンに変えていたらしく、爺さん、戦う気満々。
しかし、丁寧に世話していたポップクリンがドラゴンだったことを知ったら、フィオさん、どんな顔するだろう…と思う。
閑話休題。
で、このとんでも爺さんズの特攻作戦における俺の役目といえば。
ズバリ、フィオさんとアメルのお守。
なんじゃそりゃ!
と、さすがに今日は声に出してツッコみました。
しかも、爺さんたちは随分前から二人で相談して、俺とディノの実力を見極め、二人の孫を保護してくれる役目として俺に期待していたのだとか。
例の地獄のような特別実習も二人で画策したもので、俺とディノのポテンシャルを最短で、かつ効率的()に引き出すための実習内容にしたらしい。道理で地獄のような内容でしたこと。
つまり、俺とディノは爺さんたちの自演につき合わされたってワケ。
…まあ、おかげでディノの能力は大分理解したし、チートの能力も早々に見つけられたわけなので恨みはしないが、どうにもハメられた感がしてすっきりしない。
で、爺さんたちの話によると、一週間後、特攻を決行するらしい。
同時に俺はフィオとアメルを連れて、隣国に亡命したジルさんの友人を頼れ、とのこと。
すでに魔法便で事情は説明しているらしく、国境を越えたところの街で保護してくれる手はず。
国境越えの際はジルさんの所持している特別な通行書を持っていけば、検閲もなく通れるハズらしいが、もし何かあれば、物理的に押し通せと爺さん談。
俺の実力なら大丈夫だと何故か爺さんから太鼓判を押されたが、何が大丈夫なのか説明プリーズ。
最後に、巻き込んでしまって申し訳ない、アメルをよろしく頼む、とジルさんに頭を下げられたが、命の恩人である爺さんの命令とあれば背く気はないし、ジルさんにも色々とお世話になっているのでその人の頼みとあれば断るに断れない。
とりあえず、俺は二人の話を了承し、孫のお守役も引き受けた。
が、全然納得いっていないのが本音。
一応、爺さんにもジルさんにも恩はあるし、二人には命を危険にさらすような無茶な真似はしてほしくない、と思っている。
それに、おそらく特攻の話を聞かされていない孫たちだって、こんな事実を知ったら当然、納得がいかないだろう。
まあ…アメルに至ってはジルさんに賛同して、一緒に特攻志願しそうだけど。
俺の肩に手を置いて、キザッたらしく「フィオを頼んだぞ」とか言い放った爺さんに、内心、ふざけんな!と思ったのはここだけの話。
…まあ、熱くなってもしょうがない。
とにかく、俺はディノと、とある作戦を画策中。
最初、ディノから相談を持ち掛けられて、思いついた作戦だ。
正直、爺さんたちの特攻にあれこれ言えるような賢い作戦じゃないが、爺さんたちよりは勝算がある。
…と思いたい。
爺さんたちのアホな特攻の前に作戦を実行するつもり。
で、その作戦内容に関しては…
…疲れたので、明日にでもまとめよう。今日はもう寝ます。
72日目
竜の巣に残っている生徒たちは、今週一杯で故郷へ帰されることになった。
オタクの雛が気がかりだが、ディノと同じような凄いペースで成長しているらしいので、この調子ならあと二、三日で厩舎を出られるっぽい。
というか、厩舎のドラゴンたちも、俺のマナを浴びてからというもの、形相も変わって、凄い屈強になっているというリーザさんの報告を聞いたが、俺のマナはドラゴンにとってドーピングか何かなのか?
それはさておき、昨日考えた作戦についてまとめておこう。
名付けて、「なんちゃって“竜の逆鱗”作戦」だ。
竜の逆鱗とは前に知った通り、竜の怨嗟が集まったヤバいドラゴン。
作戦を要約すれば、その逆鱗に俺とディノが成りすまして、ドラゴン協会を脅してやろう、という作戦である。
完全体になって奴らをビビらせるだけビビらせて、兵器開発、禁忌魔法云々を止めさせ、アンガスという元凶を骨抜きにするのが目的。
“逆鱗”に成りすます、なんて馬鹿げた話かもしれないが、竜の逆鱗についての外的特徴は、「めちゃくちゃ怖い」、「めちゃくちゃ強い」、そして「人語を喋る」ぐらいしか残っておらず、意外と少ないのだ。
先の大戦が300年ほど前だということを考えると、情報が少ないような気もするが、竜の逆鱗というドラゴンが言葉で形容できないほど恐ろしかった、と言われれば納得できないわけでも無い。
まあ、つまるところ、俺とディノが“完全体”の姿で自ら“逆鱗”と名乗り、大仰な言葉でドラゴンたちの恨みつらみを語れば、協会も自分たちを逆鱗だと勘違いしてくれるだろう、という希望的観測。これに尽きる。
完全体の状態なら人語も喋れた…ハズ。やけに野太い声にだった気がするが、むしろ貫禄があって良いだろう。
もちろん、協会の奴らが信じなかった場合、その時は適当に蹂躙して、悪さをするなら国を亡ぼしてやるとか適当な脅し文句もつけ、ブレスの一発でも空に放てば信じるだろう。
というか、その場合、信じるか信じないかはもはや別問題じゃないか、と。
国の存亡がかかっているワケだし。
まあ、俺が完全体の力を過信している可能性もある。
ドラゴン協会がディノの完全体を凌ぐような滅茶苦茶強いドラゴン兵器でも開発していました、なんて展開はシャレにならない。
そうなったら当然、逃げる。爺さんたちの代わりに死ぬつもりはない。その時はその時で、全力で逃げて考えればいい。
少し楽観的過ぎるかもしれないが、不思議と不安はない。
というワケで、今晩から、作戦のために脅し文句を考えたり、ドラゴン協会の本拠地などの地理関係の把握、それに完全体になってからの力のセーブの仕方やセリフ練習など、準備することが山積み。人気の無い闘技場に本と食事を持ち込んで、早々に仕上げねば。
爺さんたちが動き出す前、つまり少なくとも三日後には決行したいので、時間も無い。
そんなこんなで明日、明後日はまともに日記書けないかもな。
思えば、今までほぼ休むことなく、毎日日記をつけていた俺の忍耐力と暇さに脱帽。
まあ、今さらだけど、この日記には一応俺の命がかかっているし、毎日書いているのは当然といえば当然か。
私情により、次話投稿は二週間後となります。よろしくお願いします。