006
この士官学校には長期休暇というものがある。1ヶ月ほどの夏期休暇だ。しかし、貴族に限る。
「なんでやねん!」
「お、落ち着いてレノ」
俺はその通知が書かれた紙を丸めて床にたたきつけた。
落ち着いていられるか! なんだ『貴族に限る』って! いや、まだ貴族が1ヶ月、平民が半月とかなら納得してやろう、不本意だが。でも、これはひどい! なんだよ!
「3日ってなんだよ! どこが長期だっつーの! ふざけてんのか! ただの3連休だろうが!」
「ま、まあ。それは確かにね」
「ふん。ふざけているのはお前のほうだレノアーノ。俺達は遊びに来ているわけじゃないんだぞ?」
「ヒュー! このお利口さんが! お前の辞書には青春という単語はないのか! 夏だぞ! 色々あるだろやりたいこと! 釣りとか、山菜採りとか! でも、それがなんだ3日って! 家に戻って、ガキどもに構って終わりじゃないか!」
そう、俺とヒューはこの士官学校から少し離れた町にある孤児院の出身だ。だから俺達は同じディアッカという苗字を持っている。レノアーノ・ディアッカとヒュー・ディアッカ。かれこれ6年間も一緒にいる腐れ縁のような関係。
「お前は少し孤児院の手伝いをしたほうがいいだろう。いい機会だ」
「だーれが、あんなところの手伝いをするか! 俺を無理やり町の集会所に放り込みやがって! 俺はこんな学校来るつもりなかったのに!」
言っちゃ悪いが、ディアッカ孤児院は金がない。働き手が先生、姉さん、俺とヒュー、そしてあと数人しかいないのだ。先生はなぜか良く5歳時などを拾ってくる。そのため、金がない。
そんな時に来たのが士官学校の試験だった。15歳という受験資格に達した俺を姉さんは力づくで放り込んだのだ。集会所に集まっていた試験管どもも度肝を抜かしていた。
「だいたい、姉さんがひどい! いくら在籍している間金が入るからって可愛い弟分をこんな場所に放り込むなんて!」
「可愛い? 役立たずの間違いだろ。いるだけで金が貰えるんだからお前にはぴったりだろ」
「役立たずとは聞き捨てならない。俺だってちゃんと山菜とったり、兎を狩ったりしてたぞ」
「その間、孤児院のほうで子どもたちの面倒を見ていたのは俺だ。そもそも、あいつらはお前のほうが懐いていただろ。普通に考えれば適材適所で、俺は狩り、お前が子守だろ」
「俺は子守なんてしたくないね。俺に懐いてた? それは思い違いだ。その証拠にあいつらは俺が近づくとすぐに臨戦態勢にはいって俺に飛びかかってきてた」
「それを懐いていると言うんだよ! 俺がどれだけ苦労してあいつらの相手をしていたか分かっているのか!」
「お前だって、最後には楽しんでただろうが! リリちゃんと昼寝したときはいい寝顔だったぞ!」
「なっ!」
そう、何を隠そうこのヒューはロリコ、いえ何でもありません。だからヒューさん、今にも刺されるんじゃないかと疑うほど力を込めた鉛筆をしまって下さい。
「おほん……とにかくだ。一度帰って文句を言わねば」
「お前の決定で変わるような予定じゃない」
うるせえ! 選んだ気でいたほうが嬉しいだろうが!
「ああー! お前ら鬱陶しい!」
やって来ましたディアッカ家。町から少し離れた野っ原に建つ大きめの宿屋のような建物だ。その中には20人以上のガキどもが住んでいて、俺とヒューが帰ってきた瞬間からはしゃぎまくっている。
姉さんは今丁度買い出しに行ったようで不在だった。先生は少し離れたところから温かい目で見守っている。できれば助けて欲しい。
「いてー! 誰だ髪引っ張ってんのは! てめーかバッカス!」
「俺じゃないよー、ベンスだよ!」
「えー、僕じゃないよハンスだよ!」
「ちょ、俺でもないって、えーと、えーと。リザだ! リザがやったんだよ!」
「ようし、分かった。犯人はてめーかハンス! リザは読書が大好きな大人しい子だろうが!」
「ちくしょー!」
「待ちやがれ!」
そして、俺は逃げていったガキを追いかけようとするがいかんせん人数が多いので身体の大きい俺が走り回れるはずもない。待て、と言ったが追いかけはしなかった。できなかった、というべきか。できていれば、今ごと逆さまの刑に処しているところだ。それはそれで、喜びそうだが。
「レノ兄、これなーに?」
「ん、なんだリザ? 俺が分かるわけ無いだろ。ヒューに聞いてこい」
「あはは、いつものレノ兄だ」
「おい、どういう意味だこら」
「レノ兄、この子新しい子。ミリレリアって言うの」
「お、新入りか! また拾ってきたのか先生。まあ、俺とヒューの金が入ってきてるから大丈夫か」
「こ、こんにちは」
「おう、よろしくな」
見てみるとヒューもガキどもに囲まれている。主に勉強好きな子供に好かれるヒューはいたずらされない。
「あ、メー姉が帰ってきた!」
その一言を聞いたガキどもは孤児院の入り口の方に向かっていった。姉さん、名前はメリル・ディアッカ、を迎えに行ったのだ。
「おかえりー!」
「ただいま、まったくもうちょっと静かにできないのか」
入ってきたのは、長い黒髪に鋭い目つきの女性だ。町にいる娘と大差ない格好をしてもなぜか凛々しく見えてしまうくらいスラっとした人だ。
「ん」
そして、こっちを見た。その瞬間悪い予感がしましたとも。だから、俺は急いで右手で払ったさ。そして、見事捉えた。6年間一度も防ぐことの出来なかった姉さんのパンチを払ったのだ!
「おお!!」
周りのガキどもも騒いでいる。
「はっ! 俺だって成長するんだぜ姉さん! 前の俺と思っちゃブェ!」
「油断するな」
まさか……まさか2発目があるとは。
「痛い……久々に帰ってきた弟分にすることか!」
「どの程度成長したか心配だったんだ。お前を思えばこその行動だよレノ」
静かに姉さんは言った。黒い髪と静かな声で時々暗い女性と思われがちだが、本当はとても優しい姉さんだ。 別にそう言えとは言われていないからな!
「そう、言われるとなんとも言えないだろうが……はぁ、ただいま」
「ああ、何も言わなくていい。おかえり」
久々に倒れた孤児院の床は、昔と変わらなかった。
「それにしても、まさか1発目を払うとは。私も驚きましたよ。士官学校ではそんなに過酷な訓練をしているのですか?」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ先生。してるわけないだろ。俺が特別なんだよ、と・く・べ・つ」
「まあ、戦闘経験の面で言えばお前は優遇されているな。別段羨ましくないが。悪い意味で特別だ」
「へー、ヒュー。その話をもっと詳しく」
姉さんが帰ってきてから全員で夕飯の用意をし、やっとのことで夕飯にありつく。ガキどもは包丁で指をきったり、こけてデコにたんこぶ作ったりと大変だ。毎回治す俺の身にもなれ。
「レノアーノは、クラスの担任には良く不意打ちに対する訓練をされていますね。それと、別の教官からは実戦形式の稽古を週3から4付けてもらっています」
「おい、それだと俺はなんだかすごく良い感じに生活してるように聞こえるだろうが!」
「違うのか?」
「違うんだよ先生! よく聞け、特に姉さん! 担任のウォレス教官は事あるごとに俺を殴ってくる! 姉さんのようにな! ジーナ教官は俺がぶっ倒れるまで稽古を付けやがる! しかも相手は真剣なのに俺は訓練用の刃引きされた剣! その上気絶しても放置!」
「ほう……なかなかいい学校じゃないか。なあ、ディグ」
「そうですね。昔を思い出します」
「あんたらの常識はどうなってるんだ! 期待してなかったけど!」
もう、なんでこの人達は教官と同じ感性を持っているんだ! この人達に育てられるガキどもの将来が心配だ! まさか、育ったあいつらは俺のことを……考えないようにしよう。
「ヒューはどうなんだ? なんか面白いことないのか?」
「学校の蔵書が豊富でね。読んでも読んでもきりがない。剣の練習相手もたくさんいるし、教官は丁寧に教えてくれるから上達したよ。明日にでも稽古してよ」
「お、いいね。久しぶりに斬り合おうか、レノも」
「嫌だよ! なんで帰ってきてまで斬り合いをしないといけない!」
「そう、照れるなって。久しぶりに姉さんに会えて嬉しいんだろ?」
「なんだその曲解は! いや、そりゃ嬉しいけどさ。嬉しいのと斬り合うのは別だと俺は思うんだ! 思いたいんだよ! くそ、この戦闘狂め!」
「褒めるなくてもいいんだよ」
そうして、俺の明日の予定は埋まったんだ。最近埋まる予定が全部斬り合いな気がする。もう、何も考えたくない。
「あぢー……」
次の日の昼過ぎ、俺は労働をしていた。いや、もう一日中労働をしている。朝食を全員分作らされ、ゴミ捨て、床掃除、ベッドメイキングを孤児院で済ませた。その後は外で薪割りをした。学校で薪割りをマスターした俺には楽な仕事だった。
そして、今。俺とガキども数人で近くの森に山菜採りに来ている。
「なんで俺だけこんなにハードスケジュールなんだ? なんでヒューは孤児院で勉強教えてるんだよ。手伝えよ!」
今頃ヒューは涼しい孤児院で静かにガキどもに勉強を教えているんだろう。そして、俺はこの糞暑い中、うるさいガキどものお守りをしながら山菜採り……。
「だあああ! もうダメだ! 休憩! お前ら休憩!」
「休憩だって!」
「きゅーけー、きゅーけー」
俺が呼びかけるとガキどもがすぐに群がってくる。籠を一箇所に集め、どれくらい収穫できたか確認しておく。
「ほー、なかなかだな。これなら何日かは持つだろ」
「この籠俺んのだからな!」
「ハンス! そんな事言わないの!」
「うっせーなリザ! 俺のったら俺のなんだよ!」
「はっ、何言ってんだハンス?」
俺がハンスとリザの口論に口を挟む。リザは期待するように俺を見上げた。
「ここにあるのは全部俺のだぜ?」
そして、一転。リザは呆れたように目を逸らした。ハンスはというと対抗心を燃やしたのか、ああだこうだ言っているが知ったことではない。
「レノ兄」
「ん? なんだリザ?」
「メー姉」
「ハンス、ここにある山菜は全部孤児院のものに決まってるだろ? 欲張りはいけないぞ? ちゃんと他の人の事も考えような」
姉さんには逆らえない。実力的にも逆らえないし、幼少の頃から刷り込まれた本能が俺に逆らうことを許さない。
いや、うん、まあ。厳しいから逆らえないのもそうなのだが……昔は良いことをしたら褒めてくれたのだ。今は流石に褒めてくれないが。子供とは単純で褒められるとやる気が出る。だから、小さい頃は逆らう、という事自体が思い浮かばなかった。
生意気な小僧になってからだろう、実力でねじ伏せられたのは。そして、姉さんはいつも全力で叩き潰してくる。きっと本気で相手をしないと俺が何度でも挑んでくることを知っているのだろう。
「ようし、お前らよくやった」
姉さんに見習ってガキどもを褒めていく。男子には拳を差し出しぶつける。女子は頭を撫でてやる。
「へへっ」
「もう、撫でないでよ! 子供じゃないんだからー」
「俺からしたら子供だ」
「レノ兄もまだ子供だろ?」
「そうだね、心も子供だよね」
「しばくぞガキども」
喜んだと思ったらこれだよ。まあ、子供の戯言だ。俺が子供? ナンセンスだ!
それから10分ほどだらだらした後、山菜採りを再開した。もう、この後は夕飯の支度まですることもないので、できるだけたくさん取っていく。
「グルァァァァアアア!!!!」
「なっ!」
それは突然の事だった。木々を揺らすほどの大音量で響いたのは、動物の遠吠えだった。そして、そんなことをするのはこの近くには1匹しかいない。熊だ。
「帰るぞ! 早くしろ!」
ガキどもも一応は慣れているのかパニックに陥らず迅速に行動していた。それでも、震えていたり表情が暗いのは当たり前だろう。
「7,8,9,10……2人足りない! いないのは誰だ!」
「は、ハンスとリザがいないよ! レノ兄どうしよう!」
ハンスとリザだったら森の奥に行ったのかもしれない……。他のガキどもと比べて年上な分行動範囲も大きいはずだ。くそ、注意しておくんだった。でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「お前ら、急いで孤児院に戻れ! ヒューを呼んできてくれ! 俺は先にあいつら探してるから! 大丈夫、熊は森の奥の方にいる。できるな?」
「わ、分かった!」
そうして、ガキどもは孤児院の方に向かっていった。幸いここからどう遠くないし、慣れているから道に迷うこともないだろう。
「無事でいてくれよ、ちくしょう!」
俺は森の奥を目指して駈け出した。
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