002
《属性は水、用途は束縛、水の縄を生成せよ。術式、停滞》
「らぁ!」
俺につっこんでくる相手を見据えながら、俺はしっかりと振るわれる剣の軌道を予測、脳内で自分がそれをかっこよく受け止めるシュミレーションを100通り済ませ、動き出そうと思ったら、1通りも思いつかない間に相手が迫っていた。
「おわぁああ!」
俺はその剣を必死にしゃがんで避け、追撃を避けるために横に跳んだ。手が地面についた瞬間術式を固定し、跳んだ勢いに逆らわずに体制を整える。
そして相手を見てみれば、俺の魔法で作った縄に絡まり地面に倒れる瞬間だった。
「ふ、ふっ。完全勝利」
そう、あそこでぼーっとしていたのは相手を誘い込むための罠だったのだ。すべて計画通り。
「何が完全勝利だこの阿呆が」
「ポゲェ!」
う、後ろから殴るなんて卑怯だ! と批難しようと思い後ろを振り向くと鬼のウォレス教官が立っていたので、やめた。
「私は剣を落としたら試合を終了しろと言ったはずだろうが」
静かに怒りを溜めていく教官は、どうやったらそんなに鍛えられるんですか? と聞きたくなるほど、顔面の筋肉をみるみる鬼のように浮き出させた。
「え、それを言ったらあっちが剣を落とした俺を攻撃してきたんでしょう!」
「すいません……つい」
「つい、か……」
小さくつぶやきながら教官は俺の相手を睨んだ。かと思ったら、すぐ視線を俺に戻した。
「なら、しょうがないな」
そうだそうだ、しょうがな……んだと!
「違うでしょ! いや、それ絶対違いますよね! 俺なんも悪く無いですよ! 悪いのは全部、俺です! イェッサー!」
俺を視線で殺せるんじゃないかと疑うほど俺を睨んでくる教官を見て、俺は諦めた。ここで殺されるくらいなら、責任を全部なすりつけられた方がいい。いや、むしろなすりつけて下さい!
「もうそろそろ時間だな……おい、レノアーノ。ここの後始末は任せた。よし! お前ら、授業は終わりだ!」
「はっ!」
俺が敬礼している間に他の奴らは、はぁやっと終わった、とか、帰って寝るか、などとこの後の予定を考えているようだが、まだまだだな! 俺は悩む必要もなく教官の雑用だぜ! うらやましいだろ! こ、これは点数稼ぎだ! そう、こうやってちゃくちゃくと教官の好感度を上げて、教官エンドに突入! デッドエンドじゃないか! 死ね俺!
ふむ、やっと終わった。クラスの全員がまったく自分の後始末をせずに帰ったので、俺が変わりに片付けておいた。まったく、あいつらもこんなこと忘れるとは……ま、まさか! もうボケてしまったのか……そっとしておいてやろう。
全員分の武器、防具を片付け、破壊された備品などをチェックして備品用紙に書いた。まったく、こんな仕事を俺に任せるなんて……教官ってもしかして俺のことすげー信頼してるんじゃない? え、やばい。なんかすごく嬉しくなってきた!
ひゃっほー! と思って帰ろうとしたら扉に紙がくっついていた。読んでみると
『貴様は根性が足りないので、残って素振り1000回。やらなかったら殴る。やってても殴る』
結局殴るのかよ! これは、なんだ! 横暴だ! 誰がこんな馬鹿馬鹿しいことするか! なんだ、やってても殴るって! 生徒を何だと思ってる! はっ! これはもしや。明日も殴るから素振りの成果を見せて防いでみろ、という教官からの言葉なのでは? いや、そうに違いない! よし、がんばるぞ! 人の期待に答えられる、それが俺! 素振りと防御に関係性が見いだせないけどな!
「866……87…7……ハッピャク……ウェ……」
気持ち悪い……吐きそうです。教官がドアの横に置いていった剣で素振りを初めて2時間が経っていた。疲れたら休み、疲れたら休みを繰り返して来たが、もう限界だ! もうこんなことやめてやる!
その想いを一心に俺は剣を杖代わりにして立ち上がろうとする。
《属性は水、用途は強化、筋肉を活性化せよ。術式、固定》
強化魔法を使い、体を立ち上がらせる。あれ? 今俺身体強化したよ! なんでこれ使わなかったんだ! 俺の阿呆! 俺のバカ! 俺の天才! あ、褒めてしまった。
と、心のなかで叫んでいる最中だった。
「もっと、身体から力を抜け」
不意に掛けられた声の方を向くと、そこにはウォレス教官ではない女の教官が立っていた。身嗜みも良く、ウォレス教官と違い立ち姿も醸し出している雰囲気にも気品を感じる……気がする。たぶん、貴族クラスの教官だろう。
しかし力を抜けと。本来力を入れないと動かない身体から力を抜けというのか。なんだこれは難題過ぎる……いや、一度だけヒューから聞いたことがある。あいつは本を読むのが好きだったからな、色々な知識を身に合わせていた。
どこかの民族では、剣ではなく刀という片刃の武器を用い居合なる技を繰り出すらしい。それは脱力から繰り出される神速の一撃だとか。つまり、脱力から全力にいかに早く到達するかということだろう。まさか、この教官は俺にそれをやれと? まったくここの教官共は無茶ぶりしかしてこない。しかし、俺は期待に答える男!
「ふぅ……」
強化魔法を解き、力を抜きながら立つ。身体にかかる重力によって、まっすぐと俺は大地に立つ。余計な力を全部抜け。いらない思考は全部放棄しろ。集中だ。今、この瞬間だけに集中しろ。剣は身体の一部だ。静かな水面のようになれ。魔法の要素を1つずつ唱えていく。
《属性は水》
《用途は付加》
《対象は剣》
《水の刃を繰り出せ》
《術式》
「固定!」
次の瞬間、止まっていた時間が弾かたるように動き出す。静止していた腕は、今までの疲れはどこにいったのか疑問に思ってしまうほど流れるように振るわれた。それに伴い、足も一歩前前進し地面を強く踏みしめた。
そして、ガツン、と音を立てて壁に突き刺さる剣……。どうしてこうなった? 俺は今さっきの女教官のほうを向くと、彼女は口元を隠して肩を震わせていた。
「くっ……ふっくっ……」
笑いを堪えることに必死で俺が見ているのを気にしていないようだ。考えてみれば簡単なことだ。握力が麻痺していて手から剣がすっぽぬけただけだった。恥ずかしい……死にたい。
いや、これは違う。これは新技の開発だ! 少し遠くにいる敵に攻撃する手段として剣を投擲したに過ぎない! これは素振りの延長上だ! よし、これで大丈夫。
壁に突き刺さった剣に近づき柄を掴み引き抜こうとする。しかし、相当深く刺さったのかびくともしない。引いても押しても抜けない。あ、押したら抜けないのは普通か。と、剣と格闘していると後ろから女教官が近づいてくる。
「貸してみろ」
一言そう言い、柄を掴む。いや、俺許可してないよな。まぁ、いつものことですけど! と、心のなかで抗議していると、女教官から魔力の高まりを感じた。
「ふん」
一度で剣を引き抜いた。
「おお。壁を突き抜けているな。これはすごい。っと、ほれ」
「あ、ありがとう御座いますイタァ!」
よく見てみると、女教官は柄の方を持っている。必然俺の方は刃だ。俺の方を柄にすると勝手に思い込んでいたから掴んだら切れた。
《属性は水、用途は治療、傷を癒やせ。術式、固定》
回復魔法を使い手の治療をする。俺は非難の色を目に浮かべ女教官の方を見た。
「ほう」
回復魔法に感心したのか、女教官も俺の方を見ていた。
「剣の方はさておき、魔法の方はなかなかだな」
そして、俺の素振りを思い出したのかまた小さく笑い出した。さておき、とはなんだ! 俺はこれでも35人のクラスで1番目なんだぞ! この前ヒューが言っていた! 下から、とか聞こえた気がするが知るか!
「私にもお前のような型破りな生徒がいれば楽しいのだがな」
その一言を残し、女教官は俺の前から去っていった。結局、誰だったのかは分からない。それにしても、楽しいときたか。まさか、ウォレス教官も楽しんでいたのか! あの人絶対Sだ! 最初から分かってました……
俺はもう面倒くさくなり、魔法で体力を回復させ身体強化を施し素振りを終わらせた。
それにしても、あの女教官の魔法は凄まじかった。きっと身体強化に特化した火属性の使い手だったんだろう。回復など、主に支援に回される水属性の使い手の俺とは強化の度合いが違う。まぁ、元々の実力も違うだろうが。
破損備品に壁と書き足し、俺はそれを事務に提出した。
翌日、3発殴られた。1発目は予告通り。2発目は壁の損傷。3発目は? と聞いたら、なんとなくと返ってきた。殴りかかろうとしたら4発目も食らわされた……
「ふっふーふー」
「気持ち悪い」
「よせやい、照れるだろ」
俺は今機嫌がいい。なぜなら、これから魔法実技の授業だからだ! 俺の得意分野だ!
「誰も褒めてない!」
「そう、かっかするなって。昔からお前の悪い癖だぜ」
「誰のせいでだと思ってるんだぁっ……」
そりゃ、孤児院のガキどもとか、姉さんとか先生とか。まぁ、とにかく俺以外の皆だろ。ヒューと6年間付き合ってきた俺がこいつの苛立ちの原因とか考えられない。
「とにかくだ。魔法だぜ。いやぁ、嬉しい!」
「魔法はレノの唯一の得意分野だもんね」
「それを差し引いても、こいつのアホさはおつりが返ってくる」
「照れるなー」
「だから、褒めてない!」
「まあまあ」
いきなり俺に襲いかかろうとするヒューをオルタが止めてくれる。流石オルタ。
「レノアーノ、黙れ」
何故か教官は俺を名指しして注意してきた。いや、むしろヒューのほうがうるさかったでしょう。と、思っても言うわけにはいかない。俺は学習する人間だからな。
「レノアーノ、前に来い。魔法の実演だ」
そして次は名指しで呼ばれる。魔法の実演? 俺の独壇場じゃないですか! やったぜ! と、意気込んで俺は教官の横に向かった。
「よし、お前はそこに立っていろ」
そう、言われたのでその場に立っていた。教官は、俺から少し距離を開けもう一人生徒を呼んで前に出させる。何か話かけていたが、俺からは聞き取れなかった。
そして、少しするといきなりその生徒から火の矢が飛んできた。
「うおおおぉおおい!」
距離の関係もあり、魔法を唱える暇もなく、俺は横に飛びそれを回避する。そして、生徒の方を確認するとどんどん魔法を撃ってくる。火の矢は基本の魔法だが、一人の人間を殺すには十分な威力を持っている。つまり、俺も本気で行く!
《属性は水、用途は防御、質量のない盾を形成せよ。術式、固定》
俺の前に魔法の盾が出現し火の矢を防ぐ。目の前の視界が煙で覆われるが、盾が未だ健在なので大丈夫。
「属性は氷! 用途は殴打! 氷の槌を生成せよ! 術式、固定!」
俺はわざわざ詠唱を口にした。実際に言葉にすることで詠唱はなめらかになる。魔法に大切なのは意味だ。そして、言葉とは意味を内包した音の塊だ。この2つは似ているので、声に出すと魔法の威力が上がったり、成功率が飛躍的に上がったりするらしい。俺はかっこいいからやってるだけだがな!
「トーーール!」
俺は身体を捻り、力を溜めた。
「ハンマー-!!」
そして、力を開放し横一文字に腕を振るう。いつの間にか俺の手の中には氷で出来た槌があり、それは俺が腕を振るうのと同時に長さを伸ばしていく。そして、生徒に当たった。
その衝撃に耐えられず槌が半分に折れてしまったが、相手にも十分な威力が通ったようなので大丈夫。
「さぁ、こい!」
そして、俺は次の魔法を準備しようとした時だった。
「何をやっている馬鹿者!」
うぇええ! 怒られた! 魔法で戦ったら怒られた!
「誰が反撃しろと言った!」
「え、ちょ! じゃあ、なんですか! あそこに突っ立って魔法を受けろとでも言いたいんですか!」
「その通りだ」
「死ぬわボケェ! あ、すいません! 殴らないで!」
いくら俺でも、そのまま魔法を受けたら死ぬ。いや、たぶん教官でも死ぬ……あれ、教官が死ぬこう光景が浮かんでこない……
結局、俺は怒られて元の、ヒューとオルタのいるところに戻された。
「理不尽だ……」
「まあまあ、いつものことでしょ?」
「これがいつものことだということが理不尽だ!」
頭を抱えて膝を付く。なんだ、この世界俺に厳しくないか……
「ふん、貴様が馬鹿だからだろう」
「な、なんだとぅ! 今さっきの魔法はなかなかだったろーが! 氷だぞ氷!」
「確かに、一般的に難しいとされる上位属性を扱ったことは褒めてやろう。しかしだ! トールハンマーは雷の槌だ」
「え、そうだったの? てっきり、背の高い槌かと思ってたわ」
「はぁ……」
俺の天才的解釈に感嘆したのか、ヒューは何も言い返してこなかった。
「ヒュー、次はお前だ」
教官がヒューのことを手招きした。ヒューはすぐにそれに従い、前に出て魔法戦闘に突入した。
「ひゅー! かっこいい! ヒューかっこいいぞ!」
俺の相手だった生徒とは比較にならないほどのスピードで土の刺が俺の頬を掠めた。
「ひぃ! 血が! 血がぁ!」
流れ弾怖い……
戦闘の終わったヒューに一発殴られた。昔から俺が応援するとこうなる。なんでだ?
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