そして平穏は崩れ去った
「……は?」
空が光っている。否、厳密には空自体が光っているわけではない。無数の光の槍――――それが空を覆い、光っているように見えるのである。
「冗談……だろ?」
そしてシャルがそれを槍だと気がついたときにはもう遅い。空を覆うくらい大量の光の槍が、地に降り注いだ。
「いつつ……あれ?何でなんともないんだ?」
シャルは多少の痛みこそあるものの、起き上がる。だが、そのこと自体がおかしいとシャルは考える。あの光の槍が降ってきて体が少し痛いだけ、なんていうことは普通ならありえない。極端な話、死んでいてもおかしくはないだろう。
「あ……!?おい、イリス、イリス!?」
シャルは横で倒れているイリスを見つけた。必死に身体を揺する。
「うっ……うーん。……あれっ?何で?」
「何で、身体が少し痛い程度なんだ、ってか?」
「うん……シャルも?」
イリスも無事、目を覚ました。そしてシャルと同じく、身体に不調はほぼ見当たらない。
「というか、森全体が無傷……?おかしい……よな?」
「……あの槍からは魔力を感じた。ただ、世界の理からは矛盾していたし、色々とおかしいことはあったけど、あれは確かに魔力。それも、超高濃度の」
「俺は専門的なところまでいくと疎いけど……ウィッチのイリスがそういっているなら、そうなんだろうな」
ウィッチの魔法を扱う能力の高さとは、その源の魔力についても豊富な知識、それから探知能力についても言える事である。そしてそのイリスが、あの槍が高濃度の魔力と判断した。
「気になるところはいくつかあるけど、今一番気になるのは……村の様子……!」
「そうだ、こんな所でぐずぐずしている暇なんてねぇ!村は大丈夫なのか!?」
この槍の形状にどんな問題点があろうとも、今の二人には些細なことだ。そんなことよりも、村が大丈夫かどうか。それが二人の今の一番の優先順位である。
「薪だの獲物だのどうだっていい!イリス、乗れ!」
「うん!」
今まで集めてきたもの全てを置いて、二人は森を出る準備をする。大きく翼を広げたシャルの背中に、イリスは乗る。
「行くぞ!しっかり捕まってろよ!」
シャルは全速力で、その場を後にした。
「おい……何だよこれ……!」
村に戻ってきたシャルとイリスの二人。だが、もうそこは村と呼べるのかどうか。村のありとあらゆるところが破壊され、原型をとどめていない。
二人とも、あの光の槍が降ってきたことで心のどこかではこの惨劇を予感していた。だが、それを認めたくは無かった。認めたら全てが終わってしまう、そんな気がしたから。
「ひどい……何で……」
「……」
思わず声をあげ既に泣きそうになっているイリスと、その場を無念そうに無言で見渡すシャル。家「だった」ものの他に、人「だった」ものも辺りには散らばっている。真っ二つになった木材、粉々になった瓦礫、誰のものかわからない人の足、そして……
「おい……おっちゃん!?嘘……だろ?」
黙り込んでいたシャルもついに声をあげる。いつも優しくしてくれ、お世話になっていた八百屋のおっちゃん……の頭だけ。身体や手足はどこにいったのか。もしかしたら、さっき歩いているときに見かけた足はおっちゃんの足だったのか。そんなことを、シャルは考えた。
魔族は人間に比べてこういった残酷なものに対しての耐性というものは強い……が、シャルとイリスはまだ子供。それに自分が知っている人が何人も死んでいる。その事実を受け止めるには、荷が重過ぎる。
「はっ、はは……」
シャルは自分の頬を軽くつねる。
「痛えよチクショウ……なんでだよ……夢じゃねえのかよ……!」
この現実を受け止めたくないシャルだが、その頬の痛みは現実だった。
「イリス……」
「ひぐっ……ぐすっ、おかしいよ、こんなの」
先程まで涙をこらえていたイリスだが、限界を突破してしまった。涙が止まらない。
「イリス……探そう、シシノを」
「いやだよぉ!だって……えぐっ、だって……」
シャルもイリスの言いたいことがわかる。だって、もしシシノも他の村の皆みたく死んでいたら、ということだ。ここまで村の人の生存者はゼロ。シシノも、駄目である可能性が極めて高い。それでもだ。
「探そう……探さなきゃ、駄目だ」
二人は足取りこそ重いものの、一歩一歩進んでいく。自分の住んでいた家が、あった場所へ。
自分の家があった所にたどり着いた二人。そこには、瓦礫の山しかなかった。家は、もう無い。
「シシノー!いるかぁー!返事しろぉー!!はぁ……はぁ……」
「シャル……やっぱり、もう」
「……くそっ!」
大声で呼びかけても、返事が来ない。シャルとイリス、二人の頭の中にやっぱりもう死んでしまったのか、ということがよぎった。
「……って、シャル!?」
シャルが突然、そこらへんに積もっている瓦礫を拾い投げ始めたのだ。
「せめて……身体、いや顔だけでも……!」
「シャル……」
仮に死んでいたとしても顔だけでも見たい、その思いがシャルの手を動かす。
……その時だ。
「……ぃ、ぉ……」
かすかに、本当にかすかにだが瓦礫の中から声が聞こえてきたのだ。
「シシノ!?シシノ!!」
その声を、シャルは聞き逃さなかった。瓦礫を拾う手が、さっきよりも速くなる。
そして……
「シシノ!!」
わずかにだが、顔が見えてきた。さっき声が聞こえてきたということはまだ生きているということだ。
「ははっ、俺ってば運が良すぎるな……ぐうっ!」
今度ははっきりと声が聞こえてきた。シャルもイリスもこの奇跡にはびっくりした。そして、まだ助けられるかもしれないとシャルは思った。
「シシノ!無理すんな!今、助ける……」
「いーや、無理させて……もら、うぜ」
「……は?」
「どういう……」
シシノの言う意味を、二人は理解できなかった。
「もう……無理、なんだよ。だから、無理させろ……」
「……!」
「運が良すぎるってのは、死ぬ前に二人に会えたって事だ……俺は、もうじき死ぬだ……ろ。げほっ、足はイカれちまって、身体には無数の穴……未だ生きているのが、不思議なくらい、だぜ……」
二人ともここで言葉の意味を理解してしまった。理解したくも無いことを、だ。どうせ死ぬのなら無理してでも喋らせろ、ということだ。
「二人とも、そんな顔すんな……よ。俺は、お前らが無事で、本当によかった……ぐっ!」
「シシノ!」
悲痛な顔を浮かべるシシノ。呼びかけたイリスの声をさえぎったのは、シャルだった。
「ちゃんと聞こう……シシノの、最後の言葉を」
「さい……ごだなんて、いわないでよぉ……!」
イリスもわかってはいるが、最後という言葉を聞きたくは無かった。涙の勢いは、増すばかり。
「イリス……泣くな。お前は俺にとって可愛くて周りに気を使える優しい娘だったよ。家でやっていた魔法の研究とかは……俺にはわかんねぇが、賢くて、頑張り屋なお前ならこれからもしっかりやれる」
泣くなと言われつつも、涙が止まる気配はない。だが、シシノの一言一言にしっかりとイリスは頷いた。
「シャル……お前は元気と負けん気なら誰にも負けないと思ってる。そしてその恵まれた身体能力……お前なら、正しいことにしっかりと使えると信じている。……なんたって、俺の自慢の息子だからな」
シャルはシシノの目をしっかりと見つめ、力強く頷く。
「シャル……イリス……これからはお互いに助け合いながらしっかりと強く生きていけ。……生きてさえいれば、絶対にいい事があるはずだ。お前らなら……出来る。」
「ああ……勿論だ。俺はイリスと、しっかりと生きていく」
「……私も!しっかりいきて、いぐ……!」
シャルとイリス、二人ともシシノの言った事を守るよう、はっきりと宣言した。
「なあ……最後に一つ、いいか……?」
「……ああ」
「俺は……お前らの、いい父親でいられたか……?」
その質問をシシノから聞いたシャルとイリスは、お互いに目を一度合わせてから
「「もちろん」」
と、一言だけ力強く言った。
「そう……か。そいつはよか……ったぜ」
シシノはそれだけ言って目を閉じる。その顔は、安らかに眠っているようだった。
「シシノ……シシノ!!シシノ!!!」
「うっ……ぐすっ、ひぐっ」
魔族の子供達の親代わりだったシシノ、ここに死す。
光の槍が降り注ぎ、村が死亡してからしばらく時間がたち夜となった。
シャルとイリスは、近辺で唯一無事だったマウシの森の中の広く空けている、柔らかい草原の上で野宿をしている。
「シャル……」
イリスがシャルを呼びかける。
「ねえ、シャル。……私達、これからどうすればいいのかな」
「……どうすりゃいいんだろうな。いきなりすぎて、ショックも大きくて混乱しているってレベルじゃねえよ。だけど、一つだけはっきりしていることがある」
「……何?」
「シシノも言ってたけど、生きるんだよ。強く、生きていくんだ。」
「……凄いね、シャルは」
「何がだよ」
「……だって、あれだけの事があってしっかり強い意志を持ってる。私は……だめだよ。今隣にシャルがいなかったら、もう心が折れてるよ」
「言ってただろ」
「え?」
「お互いに助け合いながらって、シシノが。俺だって、イリスがいなかったらきっとだめになってる」
それだけ言って、シャルは立ち上がる。
「シャル、どこいくの?」
「……便所だよ、ここでしたら……まずいだろ」
それを聞いてイリスは少し顔を赤らめる。
「大丈夫、すぐ、戻ってくっから」
シャルは草しかない空地から木々が生えている場所へと、移動する。
ガンッ!!
シャルは、一本の木を殴った。シャルの目からは、涙。
「くそっ……なんで……なんで……!」
今までずっと、涙を我慢してきたのだ。男の意地、みたいなものがあったのだろうか。だが、シャルは周りに誰もいないところで一人で、涙を流す。
「なんで、皆死んじまったんだよ……!」
突然の事とはいえ、村の人を誰一人として助けることが出来なかったのだ。無念でしょうがない。
もし、イリスまで死んでいたら。もし、力強く生きていくという約束を交わさなかったら。シャルは、下手したら……
「ちくしょう……!」
だが、イリスは生きている。生きる約束も交わした。この二つが、折れそうなシャルの心を何とか支えている。
「はぁ……はぁ……」
溜めていたものを、全て吐き出したシャル。この惨劇の後だ、気持ちよくという言葉は間違いなく使えないが、それでもほんの少し、心のつっかえが取れた部分もある。
「早く戻ろう……イリスが心配している」
そして一人涙を流し終えた後、シャルはイリスのいる場所へと戻った。
シャルがイリスの場所へと戻った後、二人は少し喋った後にすぐに眠りについた。あれだけの事の後で疲れが溜まっていたのだろう。
そして、朝となり――――
「おはよう、シャル」
「……ああ、おはよ」
二人は目覚める。
「なあ、イリス。俺、考えたんだけどさ」
「何?」
「……旅に、出ないか?しっかり、力強く生きながらこの世界を知るんだ。……そして、いつかはあの光の槍の真相を」
「旅かぁ……うん、そうだね。いいと思うな、私。ずっとここにいても……力強く生きていく事なんて、出来ないだろうし」
シャルの提案、それは旅に出ること。
そして、その中で突然降って来た槍の真相を調べる事。イリスも、その提案に賛成した。
「だけどさ、その前に……」
「どうしたの?」
「村のみんなの、墓を作ろう」
再びガージの村へと戻ってきた二人。
「吹き抜けたる風よ、荒れ狂え――――ブラスト!」
イリスは魔法の詠唱をし、呪文を唱えた。風属性の中級魔法だ。散らばっていた瓦礫の山を、吹き飛ばす。荒れていた村は、少しだけすっきりとした。
「……人とか、吹き飛ばしてないだろうな」
「そこは、ちゃんと調整してるから大丈夫だよ」
「まぁ……これで墓を作るスペースは出来たな」
それから、二人は村の人の分全員の墓を立てた。ざっと、三十人程度。死体が既に消滅して見つからなかった人もいたが、見つけた人はイリスの炎属性の魔法で丁寧に骨へと戻し、骨片を土へと埋めた。
そして今……シャルとイリスは、シシノの墓の前。
「そういやさ、俺ってシシノのこと父さんって言ったこと、なかったよな」
「私も、ないかも……」
「……いつになるかはわからないけど、必ず、ここに戻ってくる。ただいまって言いにな」
ふぅっ、と一息つくシャル。
「だからさ、ここで見守っててくれ。――――いってきます、父さん」
「同じく……私達はしっかりと生きてみせます。いってきます、父さん」
シャルとイリス、二人の旅はここから始まる。




