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二人の少年少女

とある男性が、倒れている少年と少女を見つけてから十年後の世界――――


「ハァ……ハァ……!」


とある村のとある家で、少年は何かから逃げるように必死に走り回る。その少年には、黒い翼が生えていた。


「よし玄関のドアッ……!ここから脱出できれば空中は俺の領域ッ……!」


先程まで険しい表情をしていた少年の表情に余裕が生まれる。玄関のドアを目前に逃げ切れる、と確信したのだ。

ガシッ。

だが、ある人物によってその願いは叶わなかった。翼を、手でわしづかみにされ身動きを封じられる。


「いででででっ!?」

「よーうシャル、やけに焦って玄関に向かってたじゃないか……何か、あったのか?」


シャルと呼ばれた翼の生えた少年――――彼は烏天狗と呼ばれる魔族であり、十年前の研究所での実験体の一人であった。


「お、おう……シシノ、こんにちは?」


シャルにシシノと呼ばれた男性は、人間である。この人物こそ、森でシャル達を見つけた張本人。


「おう、こんにちは。ちょっとよお、俺はシャルとお話したいことがあるんだが……心当たりはねーか?」

「さ、さあ……何のことやらさっぱり」

「あそこによ、俺が大切にしてた高級の酒のビン、割れてるんだが……おい、シャル」


チラッ、とシシノ目を向けた先にはいかにも高級そうな酒のビンがリビングで割れていて、中身が既に床に全てこぼれていた。ばれたっ!と思ってしまったシャルは、思わず肩をビクッ、と震わせてしまう。


「無言は肯定って事で、じゃあお話の前にだ……」


シシノは腕を思い切り振りかぶる。


「歯ァ、食いしばれ!」


ガンッ!!と、気持ちのよい快音が家中に響き渡った。




ここはシラクルの東の地方に存在する村、名前をガージという。そしてガージの村から少し離れた場所に、マウシの森という所がある。

十年前、シシノはマウシの森の中の聖なる木の近くに倒れていたシャル達をたまたま見つけた。彼はシャルに生えていた翼から魔族であることを判断したが、それでも見捨てなかった。

シシノは二人を抱え、村へと戻った。当初、村の住民からは当然のように批判を受けた。何故、わざわざ危険な魔族を拾ってきたのかと。人間と魔族が争っている世の中だ、もっともな意見である。

だが、シシノはこう言った。


「人間だろうが魔族だろうがそんなことは関係ねぇだろ!ガキが倒れてたのに放っておけるかよ。俺が……俺が、面倒見る。何かあったら、俺が責任を取る」


普段、シシノという人物は割と適当な性格をしている人物だが、それだけに今回のシシノの決意には村の皆も感じるものがあったのだ。不安こそあれど、とりあえずは二人を村に受け入れることを決めた。シシノの養子、という形でだ。

魔族の二人も少しして元気を取り戻し、ガージの村で生活をするようになった。そして……村の皆が心配していた、危険なことというのは起きなかった。それどころか、この魔族の二人は徐々にではあるが村になじんでいき同年代の子供と仲良くなり、全員ではないが他の村の人とも良き交流を持つようになった。




シャル達がガージの村に来てから五年後、世界が大きく揺れ動く。

何と、勇者と魔王の決着がついたのだ。結果は……相撃ち。勇者と魔王は、お互いに死んだ。これを語ったのは、勇者と共に冒険に出ていた、三人の同行者によるものである。

その後、表向きには人間と魔の者が争うといったことは無くなった。一部では、人間と魔族が交流をするようになった場所も出てきた。人間からすると、魔族を恐れる必要性はなくなったのだ。

これにより、まだ一部の人とはまだ交流関係がよくなかったのも解消され、完全にシャル達は村に受け入れられるようになった。




話は戻って、シシノ家――――


「う、うぐおぉ……」

「……凄い音が鳴ったけど、何があったの?シャル、大丈夫?」

「おう、イリス聞けよ。シャルの野郎……俺の大事にしていた酒のビンを……ビンを!」


イリスと呼ばれた少女は、魔法使い――――ウィッチと呼ばれる、魔族である。シャルが助けた百人目の実験体となるはずだった少女だ。


「元はといえば、あんな足に引っかかりやすい場所に置いていたシシノが悪いだろうが!」

「はぁ!?おいシャルお前、悪いことをしていて逆切れかぁ!?」


ギャーギャー言い争うシャルとシシノの二人。それを見たイリスは、呆れた顔をしながら深いため息をついた。


「とりあえずシャル、罰ゲームだ。マウシの森で、大量の薪になる木を持って来い。じゃねーとお前の飯ねーからな!」

「おい、何で俺がそんな面倒臭いことやらなきゃなんねーんだよ!」

「まぁまぁ、シャル落ち着いて……私も一緒に薪拾い手伝うから、ね?」

「おー、イリスはいい子だなぁ……ほらシャル、見習えよ」

「うるせぇ!薪でも何でも拾ってやらあ!……行くぞ、イリス!」


既に外に出る準備を完了させながらイリスに出るように促すシャル。


「はぁ……じゃ、私も行ってきますね」

「おう、気をつけろよ。……ま、お前達なら大丈夫か」


未だ興奮が収まらないシャルとやれやれ、といった感じの表情を浮かべるイリス。それを手を振りながら見送るシシノ。

シャルとイリスは、二人で薪を拾いにマウシの森へと向かった。




ザッ、ザッと草を踏む音が鳴るマウシの森の中。パッと見だけなら人間と変わらない二人の子供魔族は、せっせと薪を拾っていた。もっとも、その内の一人は大きな翼がついているのだが。

シャルは黒の甚平に下駄を履いている、という格好をしている。特に村の中でこういった格好が流行っているというわけではないのだが、シャル本人はこの格好が好きなのだ。

イリスは緑色を基調とした、動きやすさにプラスして可愛らしさも兼ね備えた服を着ている。桃色の髪と緑色が、上手くマッチしているといった感じだ。ウィッチだからといって、大きい帽子を被っているわけではない。


「……あー!やっぱ、面倒くせぇ……」

「何言ってるの、シャル!ちゃんと拾わないと、ご飯食べれないよ?」

「空中にある何か取ってこいってなら楽なんだが……こう、地に足つけて、ちまちまとした作業っていうの?……辛い」

「そんな事言っても結局シャルが酒のビン割ったのが悪いんだから自業自得だよ。ほら、頑張って薪拾おう?」


烏天狗という種族……言ってしまえば、鳥。空を自由に動き回るほうが得意であり、楽なのだ。シャルには、歩きながらの地味な作業がどうも苦手らしい。


「それに、たまには歩くのもいい運動になるでしょ?」

「おい……一応俺、魔族だぞ。人と同じ基準で考えなくてもいいんじゃ……」


魔族というのは、人間に比べて身体能力がとても優れている。勿論、魔族の中の種族によって差というものはかなりあるが。

烏天狗は魔族の中でもかなり身体能力に長けていて、特にスピード面は相当なものだ。空を飛んでいる時には、その身体能力の高さを遺憾なく発揮する。

ウィッチは、魔族の中でも魔法を扱うことに特に優れている。魔族はどの種族でも魔法というものは扱えるのだが、ウィッチはその能力が高いのだ。逆に、身体能力は魔族の中では低いのだが。……とは言っても、人間よりは多少は優れている。


「いーからいーから。運動運動!」

「……あー、はいはいわかったよ。頑張る、頑張るから」


シャルとイリスは、こうして薪拾いを必死に頑張るのであった。




数時間後。


「……俺、頑張りすぎじゃね?」


そこには、薪を大量に集めたシャルとイリスがいた。俺はやりきった、というような満足気の表情をシャルは浮かべている。


「……いやシャル、薪を集めることくらい普通だからね?そんな、誇らしげに言われても」


対するは呆れた表情を浮かべるイリス。ちなみに、薪の量は若干だがイリスのほうが多く集めていたりする。


「さーて、これで飯が食えるな!いやー、働いたあとの飯は最高そうだぜ!」

「普段しっかり働いていないから想像のコメントしか出来ないんだね、シャルは」

「う、うるせえよ」


若干、毒を吐くイリス。その時、少し遠くのほうで草がガサッ、と揺れ動いた。その小さな反応に、シャルは気づく。


「ん、どうしたの?」

「……いや、本当に最高の飯が食えるんじゃないかなと思ってさ!」


バサァッ!!と、翼を羽ばたかせるシャル。その姿、そして目は獲物を見つけた時のものだ。


「ちょいと、狩りに行ってくるぜ!」

「え?ちょ、ちょっと!」


獲物目掛けて超スピードで木々の間を抜けて飛んでいくシャル。その場に残されたのは、イリス。……そして、二人分の大量の薪。


「……これ、私が持たなきゃいけないの?」


はぁ、と大きなため息をついて二人分の薪を持ちながらイリスはシャルの後を追っていった。




小さい、猪型の魔物は森の中を必死に走り抜ける。そうしなければ、狩られるからだ。

シャルはそれを追いかけていく。猪の魔物も動くスピードは中々速い。だが、烏天狗のスピードからはかなり劣ってしまう。


「もう少し……おらぁっ!!」


シャルはスピードに乗ったまま蹴りを入れる。メキャッ、と鈍い音を立てながら猪の魔物は吹き飛んでいく。ゴォォォンッ!!と、その勢いのまま木に当たった音が響いた。そして猪の魔物は、動かなくなる。


「……ふぅっ、仕留めれたか。って、ここは……」


倒れた猪の魔物を手につかみながら、木々の間を抜けていくシャル。その時、後ろからガサガサッ、という音が聞こえてくる。


「ん?って、イリスか……」

「はぁ……はぁ……何で私がこんなに薪持たなきゃいけないの……」


重いものを持ち、遠くに飛んでいったシャルを走って追いかけたため息が切れているイリス。


「悪い悪い。でもほら、見ろよこれ!」


シャルは不満そうな顔を見せるイリスに自分のしとめた獲物を見せる。


「……だからあんな勢い良く飛んでいったの?って、ここは……」

「ああ、マウシの御神木だ」

「知らないうちに、こんなところまで歩いてたんだね」


薪を拾いに行き、そしてシャルが猪の魔物を追いに行っているうちに、随分と森の奥に入っていた。ここはシャルとイリスの二人が、シシノに拾われた場所でもある。


「んー、せっかくだし何かしていかないか?」

「何かって?」


そうだなー、と一言シャルが言った後、何故か手を合わせ祈るような格好を取る。


「御神木さまー!獲物という森の恵みをありがとーございます!」

「……何かって、そういうこと?」

「いいじゃんいいじゃん、こういうのはノリだよ。イリスも何か感謝の言葉でも述べていったら?」

「えっ?」


うーん、と考えるイリス。


「……そうだなぁ、これからも幸せに暮らせますように。……こんな感じかな?」

「なーんか、普通すぎるなぁ……」


でも、とシャルは一言加える。


「その普通を手に入れれたのは、シシノのおかげだよな。じゃないと、俺達は普通を知らずに……」

「シャルと私は運がよかったんだよね。……友達ってわけでもないけど、あの時犠牲になった九十八人の分もしっかり私達は生きなきゃならない」

「ああ、そうだな……」


気持ちのいい風が流れ、そして日が落ちようとしている。時刻は、夕方だ。


「もう、こんな時間になったか……あー、帰ってシシノにビン割ったこと謝らなきゃな……」


シャルがそう一言呟く。そして、許してもらっていつも通りの日常がまた始まるんだって。獲物を仕留めて豪勢な料理を食えることをシシノに褒めてもらって。そんな、日常。始まるはずだった。




ギャア、ギャアと森の鳥達がいつもより騒いでいる。まるで、これから何かが起こるんじゃないかのように。


「……ん?」

「空が、白い……?」


シャルとイリスが異変に気づく。……そして、空が光で満たされた。

烏天狗といえば日本に伝えられている妖怪ですが、今回の話では魔族として取り扱っていきます。


今後も妖怪=魔族として取り扱うことがあるかもしれません。

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