プロローグ
ここは……シラクルという世界。1×××年、この世界では人間と魔物、魔族といった魔の者が対立し、それぞれが殺し合うような乱れた世の中であった。
ある時期に人間は魔の者を打ち破る勇者、と呼ばれる者が現れる。勇者は町を滅ぼさんとする魔の者をことごとく殲滅し、落ち込んでいた人間に希望という光を与えた。
対する魔族側も負けてはいない。魔王、と呼ばれる者が数多くの魔の軍を指揮、統率し、魔族達に人間達を打ち破る勇気を与えた。
……そんな中、だ。勇者や一般の兵士達のような、真っ向から魔族達に立ち向かう人間だけが存在するわけではない。実験に実験を重ね、魔族を打ち破るための兵器を開発するような科学者もいるのだ。
「ふ、ふふ……ふははははっ!て、適合者だ……適合者だぁぁぁ!ついに……これで」
一人の科学者が狂ったように笑い声をあげていく。シラクルの東の地方に存在する、とある研究所である実験が行われていた。
「お、おめでとうございます!私達の苦労がこれで……報われますね!」
「ああ……これで魔族なんぞ軽く殲滅できる……これで九十九人目だぞ?本当に、本当に苦労した……」
「思えば、これだけの実験体を集めるだけでも苦労しましたよね……百人集めた中で、九十九人目に適合者が出たというのも奇跡のような確率です」
この科学者達が行っていた事……それは、世界のあらゆるところからまだ力のついていないような魔族の三歳から五歳くらいの子供を誘拐し、実験体にしていたのだ。
そしてその魔族の子供の脳を無理やりいじり、強力な力を解放させるといった実験だ。勿論、科学者がその力をコントロールできるといった条件の下でだ。言わば、最強の操り人形のようなものを作る実験である。
そして九十九人目……ある魔族の子供の脳が、ついに適合したのだ。
「まぁ、それまでの九十八人も……我々がゴミ掃除をしたと考えれば、いいボランティアをしたということにもなるだろう」
「それもそうですね!」
それまでの九十八人の実験を受けた魔族の子供は、全て死亡した。実験の際に脳が爆発した者、足が粉砕した者、全身が溶けていった者。実験室には、その光景を現すかのように足、脳みそ、傷だらけの身体、そして大量の血が飛び散っていた。
「では、この百人目の実験体はどうします?」
「そんなもの決まっているだろう。当然処分だよ、処分。……っと、いい事を考えたぞ」
一人の先輩科学者が悪い笑みを浮かべる。
「せっかくだ、この適合者で試してみないか?しっかり操れるかどうかをさ」
「それはナイスアイディアですね!確かに適合こそしたものの、まだしっかり動くかどうかは実験できていませんもんね」
だろ?と先輩科学者は応える。手にはリモコンのような物を持ち、それを適合者と呼ばれる魔族の子供に向ける。
「さーて、見物だぜぇ。こいつで適合者を操って、百人目の実験体を殺す。それが出来たならば、完全にこの実験は成功だ」
そして先輩科学者はリモコンのボタンを押そうとし――――ガタッ、ガタガタガタガタッ!!研究所内が突然人が立てないくらいに揺れ動く。
「ぬあぁぁっ!?」
突如起きた、大きな地震だ。先輩科学者はその地震の勢いでリモコンを落としてしまう。
「クソ……動けねぇ!」
ガタガタガタガタッ!!ガタッ……と、強い地震は過ぎ去った。リモコンだけではなく、研究所内のあらゆるものが落ちてしまい、辺りは悲惨なことになっている。
「揺れ、収まったか……?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな……リモコンはどこいった?」
……その時だ。ガシャンッ!!と、何かが割れる音がした。研究所内はビー、ビーといった警報音が鳴り響く。
「今度は何だってんだぁ!?」
「あ……あそこ……」
後輩科学者は絶望の表情を浮かべながら指を刺す。そしてその指の指す方向には……適合者と呼ばれる魔族の子供が大きな赤い翼を広げ、鋭い赤い目をこちらに向けてきていた。
「嘘……だろ?」
「早く逃げ……」
1枚の羽が後輩科学者目掛けて飛んできた。そしてその羽に触れた後輩科学者は……悲鳴をあげる暇もなく一気に燃え広がり、灰へと姿を変えた。
そして先輩科学者は手元を見る。そこには落としたリモコンの上に、地震の際に振ってきた重たい物が落ちていたのだ。リモコンは、故障していた。
「は、はは……俺も運がねぇな、無さすぎるだろ……本来ならこれだけの強大な力を操れたって事か、魔族殲滅間違いなしだったろうにな……」
先輩科学者の方にも一枚の羽が飛んできた。それを諦めたような表情を浮かべながら受け入れる。そしてそこには、灰しか残らなかった。
赤い翼を広げた適合者と呼ばれた子供……少年の翼が黒くなっていく。赤く染まっていた目も、黒へと戻った。
少年は一つの人一人が入れるようなカプセルを見つける。自分が入っていたのと同じタイプのカプセルだ。そしてそこには、まだ無事であった百人目の実験体の魔族の子供……少女が入っていた。
少年はそのカプセルをあけて、少女を出す。寝たままではあるが、しっかりと呼吸をしている。生きている。
少年は少女を抱え、研究所を飛び出し、飛ぶ。目的地なんて無い、とにかく必死にだ。だが魔族とはいえ少年である、すぐに限界が訪れ近くの森へと墜落するかのように落ちていった。
少年が落ちた森の中には、一つだけとても神秘的な大きな木があった。そしてちょうど、少年と少女はそこに落ちていった。少年も、疲れからか気を失ってしまう。
「今大きな音がしたが……お、おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」
たまたま、1人の男性がそれを見つける。気を失った少年は眠っている少女をとても大事そうに、抱えていた。