闇より深き混沌より呼ばれしモノ
実際にありそうな生々しい描写があります。主に想像しやすいので逆に現実味がないかもしれませんがご容赦ください。
何が起こったか、さっぱり分からなかった。
俺はただ普通の高校生をしてて、そこそこの山の上にある学校に通って、無線部なんてマイナーな部活をしてたりしてなかったりする不真面目な一般生徒のはず。もちろん喧嘩とかいじめはあるが、流血沙汰にならない程度だ。普通の高校生と豪語してもおかしくはないだろう。
なのに何なんだ?
高速道路の上にかかった橋を自転車で走ってたら、エンジン音が聞こえてた。
歩道なんてない橋なので左端に寄って轢かれないように走っていたのでが、未だに前に出てこない。
おかしいな、っと感じた時には既に俺は橋の上に存在していなかった。
車に弾き飛ばされ、橋から落ちていた。
俺、自転車、自動車が落ちる位置はバラバラになる。正確に言えば自転車が自動車に弾き飛ばされ、俺が手を離しているので一番遠くへ。俺はすぐ手を離した分だけ手前へ。自動車は自重が一番重く自分の力だけで飛び出したのですぐ下へ。
俺にできることは頭を守り、体を丸めることだけ。と言うより本能か何かで既に体が動いていた。
突然起きたことに空回りしっぱなしの頭が次に気がついたのは全身が痛い、という至極当然のことだった。10mとは言わないがそれくらいの高さから落ちているし、一応自動車にはねられているのでやはり当然と言えるだろう。
そして見ている空が『白』く、他の物が『黒』かった。
ここで冒頭の一言を使おう。「何が起こったか、さっぱり分からなかった。」
思い出して漸く車にはねられたことに気がつく辺りのんびりしすぎている気がするが、今はそれを気に止めている場合じゃないと思う。痛みで呻いたりもがいたりして体の反応を伺っていたりするのだが、どうも左手以外の反応が芳しくない。具体的に言うと、正座で痺れた膝から下の両足をより酷く痺れさせた感覚というか……嫌な予感しかしない。右手も昔手術した時の局部麻酔とほぼ同じような感覚なので、足と状況は似ているだろうとあたりは付けている。不安ではあるが、あえてそこから目を背ける。予想通りならまず間違いなく今以上の痛みと喪失感を味わうのは予想できる。一身上の都合というか、命は粗末にできないので左のポケットに入れていた携帯で救急車。始めは見えていたボタンの輪郭も黒一色に染められていくのも気にせず119を押して、押しなれた決定ボタンを押す。
できたのはそこまで
携帯を落とすようなことはしなかったが
持ったまま胸にトンッと落ちて……それから動かなくなった。
ここでようやく俺は、自分の『死』が近いことを『認めた』。
走馬灯が見られると思って期待した割にはそんなものは見れず、自分がどうすれば生き残れるか情報を絞り出すようなことしか考えていない。だからこそ気がつくのが遅れたとも言えるが、走馬灯を流さずに生きながらえようとする自分の脳に若干の嫌悪感を抱くのは罪深いことだろうか。そういえば携帯が胸辺りにあるにも関わらず何も聞こえない。イタズラ電話と言われるのも少々癪なので助けを呼んでおこうと口を開けて
っ っ っ ……!?
音が出ない……否、音が聞こえない状況であることに気がつく。体の反応は痛みだけでもう動く気配はないし、今ので聴力が当てにならないのは確認した。声がなければ助けを呼べないし、動いて逃げることもできない。……そういえば高速度道路の上にかかった橋から落とされたんだよね。ヤバイじゃん!!時速60km以上の鉄の塊がじゃんじゃん通っている生物引き放題区間だよ!ってちょっと待て。よく考えろ。冷静になれ。高速道路はまだ登らないとないはずだ。その手前には片側一車線のバイパス道路が通っていたはずだ。そうだ。高速道路は基本二車線の筈だから寝そべって空を見ている状態で両側の防音壁が見えるわけがない。感覚的に車二台分+α位だから間違っていないはず。いやぁよかったよ……い訳がない!最低速度が決められていないとは言え、それでも時速40kmオーバーの車が突っ込んでくる区間だぞ!空いている時なんか調子に乗った奴が時速100kmとかでこの先の二車線のところ走ってるの見たのに……。
さて
そろそろ腹をくくろうか
無駄な考え、と一言でバッサリと切り捨てた思考を破棄して、文字通り目の前の光景に意識を割く。動けないので変わりようがない空と灰色の防音壁、あとは雑草とかコンクリートしか見えないはずの視界は二色しかなかった。
空は真っ白
他は真っ黒
雲も影も筋も他の物は全くない、二色だけの世界。
絵としてこれを完璧に再現できる人がいるのならば、ある人はこれを神秘的だと褒め称えるだろうし、ある人は落書きだと蔑むだろう。そう言えるだけの異世界がそこにあり、混乱した頭ならばなおさらその光景に目を奪われるだろう。そしてそのまま真っ白な空へ魂はいざなわれる、だろうなと思った。
だが俺の頭は冷めている。呆れるほど冷めている。その光景の第一印象が「とうとう目が光にしか反応しなくなったか」という客観的な現状把握であるからだ。そろそろ混乱に思考を奪われて楽になりたい気持ちが大多数を占めるのだが、未だにこうして余計なことを考えられる余裕がある。
だがそれもここまで
視界の端は相変わらず黒いのだが、ふと意識するとそこが認識できない。そこが元々見えているはずなのに視界の外、見えるハズがない場所を見ようとしている感覚になっていると言えば分かるだろうか。思い出せば元の視界を思い出せるが、今見えているものとは広さが違う。違和感はあるがパニックになるほどではないと半ば傍観者のように眺めていた。そして黒がなくなり、見えているものがわずかの白に埋め尽くされ、望遠鏡を覗き込んで必死に一点を見つめているような点だけが残った今でもまだ傍観者気分だ。何も考えず、ただ目の前の光景の変化を眺めていた。
それもこれで御終いとなる。
わずかに見えていた白い点が消えた
それが閉幕の合図だった
ここで一人の人間が現世という舞台から降りる
それが台本通りであれアドリブであれハプニングであれ
その結果は変わらない
だが舞台から降りるということは
降りたその後があるということ
消えたわけではないし
再び舞台に躍り出るのもいいかもしれない
だがそれは劇やお芝居での話
現世という舞台から降りるためには死ぬしかない
そして死んでしまうと現世という舞台には登れない
再び登りたいのならば別の人間としてやり直さなければならない
それは転生と呼ばれている
魂という入れ物だけを再利用して現世へ戻す
これは生物の成長が停滞しないための処置
ただ
魂は少しの間、舞台から降りる
現世という舞台から降りているのだ
他のどこかへ行かない保証はない
そして俺は
どうやら別の舞台に立つことになったようだ
現世とルールの違う、俺ならば異世界と呼ぶその舞台に
「ようこそ、異界の漂流者よ」
ではもう一度冒頭に戻るとしよう
何が起こったか、さっぱり分からなかった
とりあえず異界の漂流者って誰だよ?
俺しかいないんだろうけど……
小説らしく台本ではないけど、会話文の間をこの量の文字で状況などを補うのは個人的に辛い……それが書き終わった感想ですな。