「このドロボウネコ!」
学校の部活で書いた作品です。
「このドロボウネコ!」で始まり、「理不尽だ!」で終わるというお題の元書きました。
「このドロボウネコ!」
俺は目の前を走る黒猫に向かってそう叫んだ。
すると、その猫が俺の方を振り向く。その口には光輝くダイヤの指輪が咥えられている。
それを見た俺は、再度その猫に向かって叫ぶ。
「待て、このバカネコ! その指輪を返せ!」
その声を聞いた猫は、一瞬キョトンとする。が、すぐにその黄金色に光る瞳を細めると、口元をニヤッと歪める。
こいつ俺をバカにしてやがる。
カッと頭に血が上った俺は、全力疾走してその猫に飛び掛る。
猫はそんな俺を少しの間眺めていたが、俺がその体に触れる直前に、サッと身を翻した。
「いっ!?」
俺は驚いて、その猫を目で追ってしまう。すると黒猫は、
「……ニャア」
俺を嘲笑うかのように見てくる。正確には、俺の少し前方を。
それに気付いた俺は前を向く。するとそこには──、
「でっ、電柱──────っ!?」
──灰色のコンクリートで作られた、太い柱が立っており。
全力疾走をしていた俺は、慣性の法則のせいで止まることが出来ずに。
「うわぁぁぁああっ!!」
──ゴスッ。
俺はその電柱に、顔面から思いっきり突っ込んだ。
元はと言えば、この片野市全体で行われる大運動会から始まった。
俺、山野井 正は白組の一員として、この運動会に参加ていた。
比較的に運動神経の良い俺は、午前の部を着々とこなしていた。しかし、問題はここからだった。
俺は昼食の後、午後の部唯一の競技にして、この運動会の目玉である〝片野市内大借り物競争〟に参加していた。
この競技のルールは簡単。市の中心にある創歌学園からスタートし、三百メートル程離れた地点にある駄菓子屋〝大月〟でお題を貰う。その後に、片野市内のどこかから借りてくるというものだ。
何十人も参加者がいる中、俺はスタートまでの少しの間にストレッチをして体を温めていた。そんな時だった。
「………………おい、山野井」
「うわっ」
いきなり誰かに後ろから声を掛けられたため、驚いた俺は悲鳴を上げてしまう。急いで後ろを向く。するとそこには、眼鏡を掛けた小柄な少年がいた。
「……何だ、アホ月か」
「アホ月じゃない! 青月だ!」
小柄な少年の名はアホ月、もとい青月 登。(一応)俺のクラスメイトだ。このアホ月、何故か知らないが、何かある度に俺に突っ掛かってくるのだ。
アホ月は今日も何かあるらしく、ビッと俺を指差して言う。
「この借り物競争で、お前が俺に負けることを許してやる」
「何、その腹の立つ上から目線!?」
「俺が勝ったら、半裸で市内を七分の十二周してもらう」
「何、そのメッチャ中途半端な罰ゲーム!?」
「じゃあ、それだけだ」
「それだけかよっ!?」
アホ月は言いたいことだけ言うと、俺から離れていった。
本当にワケが分からん。
と、そんなことをしていると競技開始の時間が来た。俺は急いで意識を切り替える。
数秒後。真夏の空の下に、ピストルの音が響いた。
ピストルの音が鳴ってから約四〇秒後。俺は自慢の速さを活かして、一番乗りで〝大月〟に着いたのだが、
「……くじを、引きたくねぇ……」
俺はくじを引くのを躊躇していた。何故かと言うと、くじがお菓子のカスに塗れて汚いのだ。
犯人は多分、〝大月〟の主人の日ノ介さんだろう。今だって、カレー煎餅を食ってるし。しかし、後続の選手も次々と来ているので、くじを引かないワケにはいかない。
再びくじを見る。右の方は海老煎餅、真ん中は胡麻煎餅、左の方はカレー煎餅に塗れている。
俺は再び、くじを引く気を失いかける。が、もう何人かが〝大月〟に来ている。俺は意を決すると、周りの人と同じタイミングで、真ん中辺りのくじを引いた。それを見た俺は、
「〝ダイヤ〟か……」
と、一言呟いた。〝ダイヤ〟とは、あのダイヤモンドのことだろう。 しかし、宝石みたいに高価な物を、貸してくれる人なんているのか?
なんてことを思っていると、
「〝エメラルド〟か」「〝アクアマリン〟ってあの?」「〝サードオニキス〟って?」「〝アレキサンドライト〟ってなんだよ!?」等の声が、後方から聞こえてきた。
凄い! 今聞いたのは全部、宝石の名前だった! 〝アレキサンドライト〟なんて、知ってるヤツ皆無の筈なのにっ!!
「〝マラカイト〟って、モ●ハンの?」なんて声も聞こえてきた。凄く似ているが、モンハ●のは〝マカラ(・・)イト〟である。
とまぁ、後ろの声を聞いている限り、ダイヤのくじを引いたのは幸運だったらしい。
事件が起きたのは、その時だった。
お菓子のカス塗れのくじをジャージに突っ込んだ俺は、急いで〝大月
〟を出た。そして、近くにいたご婦人に声を掛けて、指輪を貸して貰えないかと頼み込む。やはり、何人かの人に高価な物だから、と断られた。が、五人目に声を掛けたマダムが、快くダイヤの指輪を貸してくれた。
後はゴールをするだけだ。
心の中でそう呟くと、ダイヤの指輪を握り締める。そして、ゴール地点の創歌学園に向かって、走り出そうとする。
その時だった。
「そうはさせるかっ!」
「ふべらっ!?」
誰かに左足を掴まれたため、俺は思いっきり顔面をアスファルトにぶつける。反動で、握っていた指輪を落としてしまった。
「いってぇぇぇええっ!!」
「ハハッ、いい気味だ!」
俺がそう叫ぶと、足元からそんな声が聞こえてきた。
俺は鼻を押さえながら、声のした方を見る。そこには、俺の足にしがみつくアホ月がいた。
それを見た俺は叫ぶ。
「何しやがる、このアホ月!」
「君の妨害に決まっているだろ」
「堂々と言うなっ! そんなことしてる暇があったら、自分の引いた物探しやがれ!」
「うるさいっ! 片野市内のどこに〝ホープダイヤ〟があるって言うんだ!?」
「………………………………は?」
確か悪名高きそのダイヤは、ワシントンのスミソニアン博物館に所蔵されている筈だ。片野市内にあるワケがない。
……少しアホ月のことを同情してしまう。が──、
「山野井! 同情するなら、くじをくれ! それか、お前も失格になれ!」
──それと、これとは話が別。俺はアホ月に掴まれていない右足を、無言で振り上げる。そして、
「………………黙れ」
「ふべらっ!?」
脳天に向かって、力一杯振り下ろした。
奇声を上げて、アホ月が動かなくなった。俺は未だに、左足を掴んでいるアホ月の手を外す。
これで邪魔者もいなくなったし、指輪を拾ってゴールを目指そう。そう思って、俺は指輪の方に振り向く。そんな俺の目に映ったのは、
「ニャア!」
指輪を咥えて逃げていく黒猫の姿。
俺は一瞬、何が起こったのか分からず、固まってしまう。
「………………って!?」
数秒後、ようやく指輪を盗まれたことに気付いた俺は、全力で黒猫を追いかけ始める。
そして冒頭に戻る。
「くそっ、あのバカネコ……」
俺は逃げ去った黒猫を追いながら、そう呟いた。
電柱にぶつけられた後も、ドブにハメられ、電柱にぶつけられ、トラックに轢かれかけ、挙げ句の果てに電柱にぶつけられた。
もう心身共にボロボロだった。
「あぁ、神様仏様作者様! 誰か俺を助けて下さい!」
俺は、天に向かってそう叫ぶ。が、残念ながら、神様も仏様も俺を助けてくれない。
「疲れた……」
俺は心の底からそう思った。
しかし、そんな俺を、作者様だけは見捨てていなかったらしい。
「もう駄目……って、うぉっ!?」
諦めて、そう呟きかけた時だった。目の前の空間に突如、キラキラと光る何かが、作者権限によって創られる。
それは、一面のお花畑──ではなく。
見渡すかぎりに広がる一面の──猫じゃらし畑。
それを見た俺は、心の中で呟く。
作者様……、あんたバカだろ?
今は、太陽が燦々(さんさん)と煌く七月。運動会だけでも、季節外れなのに、一面の猫じゃらしって……。
しかも、この程度で黒猫がおびき出せると思っているのだろうか?
俺はそう思いながらも、猫じゃらしを一本引き抜いて振ってみる。
「この程度で出てくるワケが……って、出てきた!?」
そう呟いていると猫じゃらしの間から、黒猫が出てきた。
本当に出てくるとは思わなかった俺は、口から心臓が出るかと思う程驚いてしまった。
ごめんなさい、作者様。あんたの力は、本物だよ。
心の中でそう謝罪した俺は、近寄ってきた黒猫を抱く。
その口に咥えられた指輪を取ると、俺はゴールに向かって走り出した。
五分程走ったところで、学園の校門が見えてきた。
見たところ、まだ誰も学園に帰って来ていない。どうやら、俺が一番乗りのようだ。
俺が校庭に現れると、歓声が上がった。作者様が、時間とページ数を節約してくれたおかげで、俺のゴールシーンが超大作の感動シーン並に!
そう思いながら、ゴールテープを思いっきり駆け抜ける!! ──前に、ちゃんとお題の物を借りてきたか、係員のチェックを受ける。
すでに優勝の二文字が、頭の中で踊っている俺は、堂々(どうどう)とダイヤの指輪と引いたくじを出す。
それを見た係員のお姉さんが、ニッコリと笑って言った。
「失格です」
「…………………………………………は?」
俺は一瞬、何を言われたのか分からず、ポカンとする。しかし、すぐにお姉さんに抗議をする。
「失格って、お題の通りダイヤを持ってきたでしょう!?」
そう言って、お姉さんの手からくじを奪い取る。そこには〝ダイヤ〟と大きく書かれている。それを、お姉さんに突きつけて言う。
「ほら、間違ってないでしょ!?」
しかし、それを見たお姉さんが、悲しそうな笑みを浮かべた。そして、くじに手を伸ばし、その表面をそっと撫で始めた。
「……?」
俺は、その様子を怪訝そうに見守る。そうしていると、地面の上に何かが落ちた。
それは、二つの黒い胡麻。
「………………………………」
それを見た瞬間、俺は硬直してしまう。
これはあれか? 怪傑ゾ●リ的なあれか? 濁点だと思っていたのが、実は胡麻だったってオチか?
そうこうしている内に、エメラルドを握った選手がゴールしてしまった。しかし、俺はそれにも気付かずに、思考を続ける。
あれだけの宝石ラッシュだったんだ。まさか俺だけが、車の足的な黒いヤツなワケがない! そう心の中で叫ぶものの、くじに書かれているのは、無情にも〝タイヤ〟の三文字だった。
どこからか、突然現れたアホ月が、俺に向かって言う。
「勝手にお題が全部、宝石だと思っていたお前が悪い」
それを聞いた俺は、校庭の中心で不満を叫ぶ。
「理不尽だぁぁぁああっ!!」
……めでたしめでたし?