第1話 ハズレの新兵
砲声が遠く鳴っている。
レネ・フォンテーヌ――もといこの世界に来る前は蓮見礼二という名の、工業高専二年生だった男は、泥のぬかるみに片膝をついたまま、その音を数えていた。一発、二発、三発。数える意味などない。ただ、そうしていないと震えが止まらなかった。
「フォンテーヌ、お前また突っ立ってるのか」
声をかけてきたのは同じ徴募兵のガストン・フォルセーヌだった。体格が良く、剣の扱いも様になっている。義勇兵として志願してきた仲間の中でも、際立って「使える」男だ。
「すみません、ちょっと銃を見ていました」
レネの手の中には、支給されたばかりの前装式のマスケット銃があった。木製の銃床にひびが入り、火門の金具は錆びついている。装填した弾がまともに飛ぶかどうかも怪しい代物だ。
「見てどうする。撃つんだよ、撃つ以外に能がないんだから」
ガストンは笑ってそう言ったが、悪意はない。ただの事実だった。レネは剣も撃てず、馬にも乗れず、行軍すら人より遅れがちな、正真正銘の「使えない新兵」だった。
けれど――レネには、誰にも言っていない力があった。
目を閉じ、指先を銃身に這わせる。頭の中に、この銃の構造が、金属の疲労具合が、火薬の燃焼効率が、まるで設計図のように浮かび上がってくる。
(……理解できる。だったら、いける)
意識を集中すると、視界の端に小さな光の粒子が走った。
《道具超強化》
錆びた金具が、内側から静かに輝きを帯びる。
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### 第2話 役立たずの烙印
「フォンテーヌ隊列外れろ。お前は後方だ」
小隊を率いる下士官――ロズと呼ばれる、伝法な口調の男がそう言い放った。
「あの、少しは……」
「少しも何もねえよ。お前が構えると隣の奴まで危ねえ。下がってろ」
失望と嘲笑の入り混じった空気の中、レネは黙って部隊の最後尾に下がった。誰もレネの手の中で何が起きていたかなど気づいていない。銃身の内側で、火薬の燃焼効率が三割向上し、命中精度が跳ね上がっていたことなど。
(言ってもどうせ、信じてもらえない)
自己評価の低さは、この世界に来る前からの癖だった。何かを成し遂げても、それは道具のおかげ、状況のおかげ。自分の手柄だとは、どうしても思えない。
その夜、野営地の片隅で、レネは鹵獲品置き場に転がっていた曲がったサーベルを拾い上げた。刃こぼれだらけの、誰も使わない代物。
(せめて、これくらいは……)
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### 第3話 鹵獲サーベルの目覚め
夜通しかけて、レネはサーベルの刃を撫で続けた。鋼の結晶構造、刃角、焼き入れの甘さ――工業高専で叩き込まれた金属工学の知識が、頭の中でこの時代の技術と噛み合っていく。
《道具超強化》は、対象への理解に比例する。だから、なぜこの刃がこんなに脆いのか、なぜこの角度では斬れ味が落ちるのか、レネにはよくわかった。
夜明け前、サーベルは静かに強化を終えていた。
見た目は変わらない。ただの、みすぼらしい曲がった剣。だが、その刃は今、鋼の千倍近い硬度と、決して欠けることのない靭性を持っていた。
「レネ、何やってんだ、こんな朝早くに」
ガストンが欠伸をしながら現れた。
「あの、すみません。ちょっと剣を直してみただけで……」
「直した? これ、鹵獲品置き場の一番ボロい奴じゃねえか」
ガストンは半信半疑でサーベルを手に取り、そばの倒木に軽く打ち込んだ。
刃は、まるで紙を切るように倒木を両断した。
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### 第4話 胸当ての奇跡
騒ぎが広まる前に、レネは慌てて口止めをした。
「あの、これは、たまたま――」
「たまたまでこんなことになるかよ!」
ガストンの声に、周囲の兵士たちが集まってくる。レネは冷や汗をかきながら、視線を集めることの恐ろしさに震えていた。目立つことは、いつだって不安だった。
騒ぎを収めるように、ロズが割って入る。
「何の騒ぎだ。……ああ? このサーベルがどうしたって?」
疑わしげにサーベルを一瞥したロズは、フン、と鼻を鳴らした。
「まぐれだろ。フォンテーヌ、余計なことしてねえで、お前は胸当てでも継いでろ」
支給された継ぎ接ぎの胸当ては、革がひび割れ、金属板は薄く頼りない。誰の目にも、実戦には使えない代物だった。
レネは黙ってその胸当てを受け取ると、また夜を徹して観察を始めた。革の繊維の重なり方、金属板の配置、衝撃の分散構造。
三日後、対岸の帝国連合軍の先遣隊による威力偵察――小規模な散発的な銃撃戦が起きた。至近距離から放たれた一発の弾丸が、レネの胸を直撃した。
兵士たちが息を呑む中、レネはよろめきながらも、無傷で立っていた。
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### 第5話 英雄視の始まり
「……嘘だろ」
ガストンが呆然と呟いた。至近距離からの銃弾を受けて無傷。それがどれほど異常なことか、戦場に立つ者なら誰でもわかる。
「フォンテーヌ、お前、一体何を――」
「あの、すみません。ちょっと胸当てを、直しただけで……」
いつもの控えめな返答。だが、もはや誰もそれを謙遜だとは思わなかった。
噂は瞬く間に部隊を駆け巡った。「使えない新兵」だったはずのレネの周りに、次第に人が集まり始める。誰もが彼の手にした道具の秘密を知りたがった。
だがレネ自身は、その視線が怖かった。
(俺は何も変わっていない。剣も撃てないし、馬にも乗れない。強いのは、道具の方だ)
その夜、指揮官のひとり――若き参謀官マドレーヌ・ロークールがレネの元を訪れた。元王党派軍に籍を置いていたという、噂の多い女性だった。
「フォンテーヌ二等兵。あなたの"仕事"を、詳しく聞かせてもらえるかしら」
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### 第6話 参謀マドレーヌ
マドレーヌは冷静な瞳でレネを見つめた。合理主義者として知られる彼女は、噂や熱狂の類を信じない。だが、あの胸当ての結果は、彼女の理性を試すには十分すぎるものだった。
「理解……ですって? 力の強さが、対象への理解に比例する?」
「はい。分解して、仕組みを知らないと、うまくいかないんです。逆に言えば、仕組みさえわかれば……」
「わかれば、どこまでも強化できる、と」
レネは頷く代わりに、目を伏せた。
「俺は、大したことはしていません。ただ、仕組みを直すのが、少し得意なだけで……」
マドレーヌはしばらく黙考し、やがて小さく笑った。
「謙遜が過ぎるわね。いいわ、フォンテーヌ二等兵。今日から、あなたを技術班に配属する。私が上に掛け合いましょう」
こうして、レネは初めて「役立たず」の烙印から一歩踏み出すことになる。だがそれは同時に、彼がこれから背負うことになる、大きな責任の始まりでもあった。
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### 第7話 クレールとの再会
技術班への配属が決まった数日後、レネは思わぬ人物と再会する。
「……レネ? まさか、あなたがフォンテーヌ二等兵だったなんて」
亡命貴族の家系に生まれ、正統派の剣術を修めた女剣士――クレール・ド・ヴァランクール。かつて故郷の村でともに育った幼馴染だった。革命の混乱の中で離れ離れになっていた二人が、まさかこの前線で再会するとは、レネも予想していなかった。
「クレール……! どうしてここに」
「私は……今は、事情があって傭兵として雇われている身よ。共和国側の、あなたたちと、ね」
複雑な立場を匂わせながらも、クレールの瞳にはかつての親しみが残っていた。
「レネ、あなた、剣も撃てなかったはずでしょう。それなのに、こんな評判が立つなんて――」
「あの、それは、道具が良かっただけで……」
「またそれ? 昔からそうだったわね、あなた」
クレールは呆れたように、けれどどこか優しく笑った。
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### 第8話 小規模戦闘、最初の勝利
数日後、帝国連合軍の偵察部隊が、レネたちの拠る前哨陣地に本格的な攻撃を仕掛けてきた。
数で劣る共和国側の部隊は、通常であれば撤退を選ぶ状況だった。だが、マドレーヌはレネの手による強化サーベルと胸当てを装備した数名の兵士を前線に配置し、迎撃の陣を敷いた。
「フォンテーヌ、あなたは後方で構わない。ただ――」
「いえ。あの、俺も、前に出ます」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
「俺は剣も撃てません。でも、道具の傍にいれば、その場で仕組みを直せます。……役に立ちたいんです」
マドレーヌは一瞬目を見開き、やがて頷いた。
「いいでしょう。ただし、無茶はしないで」
戦闘が始まると、強化されたサーベルと胸当てを持つ兵士たちは、まるで別人のように奮戦した。帝国連合軍の偵察部隊は、予想外の抵抗に遭い、撤退を余儀なくされる。
戦闘後、ガストンがレネの肩を叩いた。
「お前、大したもんだよ、レネ」
「……いえ、俺は、何も。強かったのは――」
「こいつら、だろ? わかってるよ」
ガストンは笑いながら、鹵獲サーベルを軽く掲げて見せた。
こうして、最弱の新兵の物語は、静かに、しかし確実に動き始めていた。彼がまだ知らない、遥かな未来――大陸を、大洋を、そして時代そのものを揺るがすことになる物語の、これはほんの第一歩に過ぎない。
(第2話:兵器転用編へ続く)




