勇者なき凱旋
初投稿です。
皆様の暇つぶしの一つになればと願っております。
王都の大通りは歓声に包まれていた。
道の両脇を埋め尽くす人々。
色鮮やかな旗が風に揺れ、花びらが宙を舞う。
楽団の演奏が響き渡り、子供たちは肩車をされながら声を張り上げていた。
「勇者様だ!」
「魔王を倒したんだ!」
「世界を救った英雄だ!」
歓声の中、一台の馬車がゆっくりと王城へ向かって進んでいく。
馬車の上にいるのは四人。
戦士グレン。
賢者エルド。
魔法使いシリア。
そして獣人族のレンジャー、ティナ=ベル。
だが。
本来いるはずの五人目の姿はなかった。
「グレン様ー!」
「こっち向いてー!」
群衆から声が飛ぶ。
グレンは一瞬だけ表情を曇らせた後、無理やり笑顔を作って手を振った。
歓声がさらに大きくなる。
その横でティナは耳を伏せたまま黙り込んでいた。
いつもなら誰よりも騒がしい彼女が、一言も発していない。
シリアは静かに前を見つめている。
エルドは目を閉じたまま何も語らない。
誰も笑っていなかった。
馬車が王城前の広場へ到着する。
広場には国王をはじめ、大臣や騎士団長たちが並んでいた。
国王が一歩前に出る。
「勇者一行よ!」
広場に響く力強い声。
「よくぞ魔王を討ち果たした!」
大歓声が沸き起こる。
拍手。
喝采。
人々は英雄たちの帰還を心から喜んでいた。
国王は満足そうに頷いた。
そして、ふと辺りを見回す。
「……勇者エリオスはどこだ?」
歓声が止まった。
人々もようやく気付く。
勇者がいない。
世界を救ったはずの英雄の姿がどこにもない。
グレンは拳を握り締めた。
決めていた言葉を口にする。
「エリオスは……」
喉が渇く。
それでも続けた。
「魔王との戦いで命を落としました」
広場がざわつく。
誰もが耳を疑っていた。
「最後の一撃でした」
グレンは前を向いたまま続ける。
「エリオスは自らの命と引き換えに魔王を討ちました」
静寂。
そして誰かのすすり泣く声。
一人。
また一人。
勇者の死を知った人々は悲しみに暮れた。
魔王を倒した英雄。
世界を救った英雄。
その英雄は帰らなかった。
その日の夜。
王都は祭りに包まれていた。
酒場からは陽気な歌声が聞こえる。
広場では楽師たちが演奏し、人々は酒を酌み交わしていた。
魔王は倒された。
長く続いた戦争は終わった。
人々にとって今日は祝福の日だった。
もちろん、勇者エリオスの死を悼む者も多い。
王都中央広場には献花台が設けられ、人々は花を供え、祈りを捧げていた。
英雄の死を悲しむ声。
魔王討伐を喜ぶ声。
それらが混ざり合い、王都はかつてないほどの熱気に包まれていた。
だが。
王城の一室だけは違った。
遠くから祭りの喧騒が聞こえてくる。
グレンは窓辺に腰掛け、その音を聞いていた。
「いい気なもんだな」
ぽつりと漏らす。
ティナの耳がぴくりと動いた。
エルドは酒杯を傾けながら答える。
「魔王が倒されたのです。人々にとってはめでたいことでしょう」
「そりゃそうだけどよ……」
グレンは窓の外を見る。
夜空に打ち上がる花火。
響く歓声。
平和を喜ぶ人々。
自分たちが命を懸けて守ろうとした光景だった。
だからこそ胸が痛む。
シリアが静かに口を開く。
「私たちも、それを望んで戦った」
「分かってる」
グレンは短く答えた。
「分かってるんだけどな……」
部屋に沈黙が落ちる。
ティナは膝を抱えたまま俯いていた。
やがてグレンが呟く。
「これで良かったんだよな」
誰も答えない。
「俺たちがあいつを置いてきたのは」
ティナがぎゅっと拳を握る。
シリアは目を伏せた。
エルドは静かに酒杯を置く。
「……分かりませんな」
賢者の答えは、それだけだった。
誰も答えを持っていなかった。
グレンは再び窓の外へ視線を向ける。
王都の人々は祝杯を上げている。
英雄を讃えながら。
平和の訪れを喜びながら。
だが。
この部屋にいる者たちだけは知っていた。
エリオスは魔王と相打ちになどなっていない。
あの日。
魔王城で起きた本当の出来事を。
グレンは誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「生きてるんだよな……エリオス」
その言葉に。
誰も否定しなかった。
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