赤子を守る為に動きます。
昼近い時間に、宿屋の食堂で、ご老人達がちょっとした噂話をしていた。
「町外れの教会に強盗? 命知らずな野郎だな」
「どっちかって〜と、世間知らずだべ」
「そいつ、生きちょるかのぅ……」
もう朝食には遅い時間なので、ほぼ人はいない。
そんな中、食事を摂り終えて立ち上がった旅人が、話が気になったのか彼らに声を掛ける。
「何だ? その教会に何かあるのか?」
すると老人達は、ははは、と笑った。
「何だ、お前さんも知らんのか? あそこには、【不死兵団】の退役聖女達が住んでるんだ」
「気はいいが、おっかねぇ姉ちゃんと嬢ちゃんらだべな。男どもの瀕死の重症も、顔色一つ変えずに癒してたって女傑らだべ」
「そんで男衆が元気になったら、尻を蹴り飛ばして戦場に叩き返した挙句に、自分も一緒に突っ込んじょったのぅ……」
旅人は、老人達の話に顔を引き攣らせて、小さく呟く。
「……そんな恐ろしい場所に潜り込んだのか、アイツ……」
「「「アイツ?」」」
「いや、何でもない。失礼するよ」
そうしてそそくさと去っていく旅人を、それぞれに片腕や片足が欠けている老人達は、冷たい目で見送った。
「ちょっと脅し過ぎたか?」
「事実しか言ってねぇべ」
「嬢ちゃん達が来たら、あの旅人のことを教えてやろうかのぅ……」
老人達……【勇者小隊】が魔神の居場所に突っ込むまでの道を切り拓いて負傷した【不死兵団】の退役軍人達が、そう言い合ってニヤリと笑みを浮かべると。
「もう来ていますよ」
その様子を覗き見ていたオーディアは、老兵達に声を掛けた。
サイエンが戻り、必要なものを受け取った後。
泣き出した二人の赤子に彼女がお乳をあげ終えた時に、彼らがいると聞いて、降りてきたのである。
宿屋のカウンターや、宿屋を営む夫妻が住む居住区に続くドアを開いて、ミルを抱いたまま表に出た。
すると老兵らはこちらに顔を向けて、おぉ、と笑みを浮かべる。
「何だ、オーディアの姉ちゃん。盗み聞きか?」
「ありゃ、だいぶ怪しいべ」
「追っかけんでええのかのぅ……?」
そう口にする彼らに、オーディアは微笑み返す。
「もう追っておりますので、ご心配なく」
旅人が不審なことを口にした時点で、イロカが裏口に向かったのである。
既に尾行に入っているだろう。
彼女は目立つけれど、身体能力が高く視野が広い。
野生の魔獣が持つ優れた感覚すら欺いて、逆に追跡出来る能力を備えているのだ。
「それに、万一見失ったとしても、行き先の見当はついていますから」
あの旅人が昨夜の不審者の味方なら、行き先はおそらくホロビタの街だろう。
オーディアがそう告げると、老兵達は再び、ははは、と笑った。
「流石だな!」
「鈍ってないようで何よりだべ」
「連中、喧嘩を売った相手が悪かったのぅ……」
そうして、ミルを囲んでことの経緯を話をしていると、待ち人が現れた。
「来ましたか」
外からやって来たのは、町の駐在兵に不審者を引き渡した双子だった。
「ご苦労様でした」
「ボクは、ついていっただけ」
「ウチが、手続き全部やった」
クーロの言葉に、シロンがそう続ける。
この双子は、あまり表情を変えることがなく二人で一つのような行動を取ることが多いものの、性格は全然違う。
黒髪のクーロは面倒くさがりで、髪型も耳が見えるくらいのウルフカットのベリーショート。
白髪のシロンは働き者で、髪型は正面から見るとクーロと変わらないが、後ろ髪だけを長く伸ばして括っている。
クーロは不測の事態に強く、シロンは物覚えが良かった。
コンビとしては、非常にバランスが良い二人である。
「だけど、ボクの本当の仕事はここから。そうでしょ?」
「それに、ウチの仕事もまだ残っている。そうでしょ?」
「ええ。この布を『視』て欲しいのです」
そう言って、オーディアはクーロに、ミルの頭を支えている腕に掛けている布を示した。
赤子は体温が高い。
その為、長く抱く時に腕の上に布を敷くのである。
赤子の体温で大人は汗を掻くが、その汗は赤子の肌には刺激が強過ぎて肌荒れの原因になるからだ。
そしてこの布は、籐籠の中に置かれていたミルの、おくるみだったもの。
サイエンに持ってきて貰った『必要なもの』は、洗濯していたこれのことだった。
「じゃ、視るね」
クーロは老兵達に向かって、ちょっと眠そうな半眼のまま手を上げた後、ミルのおくるみだった布に触れた。
すると、彼女の漆黒の瞳の中で紫の光が揺らめき始める。
双子は〝神託の聖女〟である。
本来は一人の人間が女神より授けられる『神託』の力だが、双子である彼女たちはその力を分け合って生まれ落ちた。
クーロが持つのは『様々な物から、過去を読み取る』力であり。
シロンが持つのは『様々な人から、未来を読み取る』力である。
その力を恐れた両親に森に捨てられた彼女らは、それぞれの力を使ってその森に住む隠者……後に【勇者小隊】の一人として共に戦ってくれた老魔導士の家に必死に辿り着き、命を繋いだのだ。
「視えたよ」
「何が見えていますか?」
オーディアがクーロに問いかけると、彼女は滔々と言葉を紡ぐ。
「女の人だ。金の巻き毛、服装は真っ白なドレス。顔は見えないけど、この布で包まれた赤ん坊を籐籠ごと抱いて走ってるんじゃないかな。真夜中で、明かりもない」
走り続けているのに、女性の息は乱れておらず、やがて籐籠が置かれたという。
「顔が見えた。儚そうな美人だね。赤子に何か話しかけてる。そして、多分紙か何かを赤子の上に置いて……周りを気にしてる。そのまま走り出した。これで終わりだね」
クーロの瞳に浮かんだ光の揺らめきが消えて、布から手を離した。
彼女の力は『視覚』に依存している為、音や匂い、感触といった他の五感まで読み取れる訳ではない。
ーーー追われている……。
それ自体は、取り戻しに来た不審者の存在から、想定していたことでもあった。
オーディアは、脳裏に状況を思い浮かべる。
おそらくは、ミルの産みの親であろう女性。
置かれたという紙は『この子を育てて下さい』と書かれたものだろう。
「……その場で紙に何かを書いていた様子は、ありましたか?」
「ないね。おそらく予め準備していたように見えたから、偶然教会を見つけた訳じゃない、と思う」
「計画的な行動、ということですね」
「うん。最後に、空気がざわめくような様子と無数の飛影がチラッと見えた。多分だけど、あれはコウモリだと思う。それと合わせて、面白い情報がもう一つあるよ」
「どのようなものでしょう?」
あくまでも眠たげな目で、淡々と言葉を重ねていたクーロは、そこで初めてうっすらと笑みを浮かべた。
「女の人の目は、瞳孔のない血の色をしてた。ーーーあれは、女吸血鬼だね」
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