あの日起こったこと。
ーーー数時間後、フーインの町教会、憩いの部屋。
「何故、このようなことになっているのです?」
教会に帰ってサイエンと共に赤子らの湯浴みを終えると、食堂にもなっている部屋に皆が集まっていた。
グラン・マとマム、イロカと双子、そしてヤフレーとヴェルザである。
そこに加わったオーディアは椅子に腰掛けると、テーブルに置かれたネックレスに問いかけた。
そんな中、グラン・マとイロカはいつもと変わらない。
双子はそれがフリギィオであると知ってもどこか懐疑的で、マムとヤフレーは目が冷たかった。
そしてヴェルザは、居心地が悪いのか、どこか落ち着かない様子を見せている。
しかし、様々な感情が渦巻く空気の中、フリギィオは話し始めようとしない。
その様子に、都合が悪くなると目を逸らす彼の姿を思い出しながら、ネックレスを睨みつける。
「フリギィオ? 砕きますよ?」
『……分かったよ』
渋々、といった調子で彼が話し始めた。
『事の始まりは、俺が死んだあの時だ』
※※※
フリギィオが、魔神の心臓を聖剣で刺し貫いた時。
刀身を通じて、耳をつんざくような無数の泣き声が響き渡った。
おんぎゃあ、おんぎゃあ、と幾重にも連なるような、赤子の声が。
それは、魔神の魂が上げる、不快と苦しみの叫び。
ーーーそういうことか……!
何故そんな現象が起こったのかを、フリギィオが理解すると同時に、全身に力を込めて赤子が背中を逸らすように、魔神が暴れる。
その尾が、まるで助けを求めるように、オーディアに向けて差し向けられた。
赤子は力の加減などしない。
助けを求めるその『腕』は、疲労で動けないオーディアを刺し貫く一撃に変わっていた。
ーーーッ!
体が、咄嗟に動いた。
聖剣から手を離し、オーディアを庇って胸元を刺し貫いた尾の一撃に、しくじった、と思った。
「フリギィオ!!」
オーディアの絶叫が聞こえる。
「無事、かい? オーディア……」
振り向くと、婚約者の顔が『失う恐怖』に歪んでいた。
あの無表情だった、貧民街の不可侵暴力が、人の死にそんな顔が出来るようになったんだなぁ、と感慨深さを覚え。
同時にそんな顔をさせてしまったことを申し訳なく思う。
不思議と痛みはなかった。
「あ……」
「もうちょっと、当たりどころが良かったらな、ぁ……」
尾が消滅して倒れ込み、オーディアの腕に抱かれる。
自分が察したことの全てを伝えるには、時間が足りなかった。
「わたくし、を庇って……ごめんなさい、フリギィオ……」
「謝るのは、ヘマした俺の方だ。でも……最後に君を守れて、良かった」
ーーーやらなければいけない。
〝破邪の勇者〟としての役割を察したフリギィオは、微笑む。
ーーーまだ、何も終わっていない。
自分も、オーディアも、ここで『終わり』ではない。
むしろ彼女にとっては、これからが始まりとすら言えるだろう。
オーディアの流す涙が頬に落ちるのを感じながら、軽く首を傾げ、まだどうにか動かせる腕を上げて彼女の頬に触れる。
「笑って、くれないか、オーディア。最後は……君の、笑顔が……いい……」
ーーー魂の活力が欲しい。
全てを終わらせない為の、力が。
オーディアの笑顔を見れば、まだ頑張れる。
オーディアは健気に、笑みを浮かべてくれた。
フリギィオの血と彼女自身の涙が頬を濡らしている、無理やりな笑顔だったけど。
出会いも血と泥に塗れていた自分達には、こんな別れがお似合いな気もした。
「再会が叶うなら……次は、神の庭で。戦死は……誉れですものね……」
「ああ……」
ーーーそうだな。
フリギィオは、その言葉に頷こうとして、出来なかった。
もう体が動かない。
が、確かに、そうなるまで会わないほうがいい。
再会したとしても、オーディアを抱き締めることは叶わないだろうから。
「愛して、いる……後を、たの、む……」
ーーー俺ももうちょっと頑張ろう。
面倒だが、オーディアや仲間達の為なら。
そして、知ってしまった真実の為なら。
※※※
『……あの時、オーディアの目の前から消えた俺の体は、瘴気で消滅した訳じゃない。奪われたんだ』
フリギィオの言葉に、オーディアは眉根を寄せる。
「誰に奪われたというのです?」
「死徒……魔神を復活させた『魔性』どもが支配する、ガカプ協会だ。連中の目的は、世界を深淵の混沌に戻すことらしい」
転移させられたのは、フリギィオの肉体と魂、そして魔神の魂だったそうだ。
『魔神の肉体が死んだとしても、魂さえあれば幾らでも復活できる、と連中は話していた。そもそも魔神の魂は、聖剣では消滅させることが出来ないものだったんだ』
ーーー魔神が、まだ生きている……。
フリギィオと刺し違えた筈なのに。
「それでは、無駄死にではありませんか……!」
『無駄ではなかった。君達を悲しませてしまったが、お陰で大事な話を聞けたからね。そして本当に大事なのは、ここからだ』
彼は自分の死そのものに関しては、何も思っていないらしかった。
『連中は、俺の肉体から聖気を吸い出して、新たな魔神の力にしようとしていた。膨大な聖気を身に秘めた人間を喰えば、連中は力を増すからな。魔神も同じなんだろう』
けれど、〝破邪の勇者〟であるフリギィオの魂には手を出せなかったようで、聖気を吸い出した後に、肉体ごと封印しようとしていたのだと。
聖気を吸い出されている間に抜け出した彼は、彷徨う魂となったにも拘らず、意識がはっきりしていたらしい。
それでもずっとその状態なら未練に囚われてしまうだろう、と思うような状態だったそうだ。
『新たな魔神の肉体が作り出される間、幹部である『魔性』どもは相談していた。魔神の完全な覚醒の為に、どんな手を打つか。その標的に選ばれたのが【不死兵団】の『称号持ち』……君達、フーインの町教会の聖女だった』
言われて、オーディアは周りに目を走らせた。
全員が真剣な顔で、フリギィオの話を聞いている。
そこで、双子が口を挟んだ。
「事実なら一大事だね。お前が本当にフリギィオなら、な」
「事実なら緊急事態よ。貴方が本当にフリギィオなら、ね」
『おや、疑うのかい? クーロ、シロン』
最初から懐疑的だった彼女らは、同時に頷いた。
「三年だよ。そんな長い間、何で黙ってたのかな」
「三年よね。もっと早くに、知らせないのかしら」
問われて、フリギィオは黙り込んだ後、ポツリと呟いた。
『……喋れなかったんだよ』
するとそこで、彼の弟であるヤフレー……【絆のネックレス】をこの地に持ってきた青年が声を上げる。
「それは本当だ。兄貴が俺に声を掛けてきたのは、ホロビタの街に着いてからなんだよ」
「何故、話せなかったのです?」
オーディアは、静かに問いかけた。
フリギィオが生きていた……生きていると言える状態ではないかもしれないが、話ができている、という状況に、まだ実感が湧かないけれど。
『思った以上に消耗が激しかった。君たちが狙われていることを知った後、俺はヤフレーのところに飛んでこのネックレスに宿ったが、聖気が足りなかった』
ネックレスの取り込む聖気で正気は保てていたものの、結局、ホロビタの街にある自分の墓……安置された聖剣の聖気に触れるまで、外に干渉出来なかったのだという。
その後、ヴェルザが仮眠を取ったところでこっそりヤフレーに話しかけて、協力して貰ったのだと。
『新たな魔神の肉体を作り上げるには、相応の時間が掛かったみたいだな。聖剣で魔神の魂と繋がった俺は、その動向が察せてはいた。俺が話せるようになるタイミングとしては、ほぼ完璧だったかもしれないな』
フリギィオの声音が、そこで苦虫を噛み潰したような苦味を含んだものに変わった。
『もう少し早く……ヤフレーの仲間達が別れる前に話すことが出来ていれば、彼らは死なずに済んだだろう。そこだけが悔やまれる。過ぎたことを言っても仕方がないけどね』
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