不審者を釈放しますわ。
「ヤフレー!」
手枷を嵌められた仲間の顔を見て、ヴェルザが声を上げる。
彼女を見て一つ頷いてから、囚人服のヤフレーはオーディアとイロカに目線を移動して、ミルに目を止めた。
「……本当に、灰色なんだな……」
どこか複雑そうにそう呟いた彼は、ヴェルザに問いかける。
「吸血鬼は?」
「この人達が始末したよ」
「だろうな。ルズ達は?」
「……この人達が、始末したよ」
ヴェルザは同じ言葉を繰り返したが、その意味合いは全く違った。
ヤフレーは目を閉じて眉根を寄せる。
「だよな……俺が、里帰りなんて言い出さなけりゃ……すまない」
「あんたのせいじゃないよ。皆、警戒しなかったんだから」
「話に割り込んで申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」
姉妹や仲間を失ったことには同情するが、油断していたのなら自分たちの責任である。
その辺りの話し合いは後でして貰いたかった。
まだ生まれたばかりのミルをあまり長時間外に居させたくもない。
二人が頷いたのを見て、オーディアは話を続ける。
「貴方が口にした情報の裏が取れましたので、釈放になります。情状酌量の余地あり、ですが不法侵入については言い訳出来ないので、罰金刑です」
「それは構わない」
「では、後二つ、疑問に答えていただいて宜しいでしょうか?」
「ああ」
ヤフレーの様子から、オーディアは少しだけ違和感を覚えていた。
彼は最初捕らえた時には慌てていたように見えたが、今、吸血鬼が退治されたことに大して驚いてもいないのである。
「一つ目。貴方の故郷は、ホロビタの街なのですか?」
「そうだ。大量の魔物に街が襲われた時に、兄貴に連れ出されて生き延びた」
ヤフレーはその兄としばらく二人で彷徨った後、教会に保護されたのだそうだ。
彼の兄は、生活基盤をある程度整えて落ち着いた後に、食い扶持を稼ぐ為に魔物狩りになったという。
「たまに帰ってきてカネを渡してくれてたんだが、その時にコイツも預かったんだよ」
「今は?」
「死んだ。俺は成人した時に、教会を出て、ヴェルザ達と仲良くなって5人で魔物狩りをしてたんだ」
オーディアは、彼の生い立ちそのものに興味はなかったが、幸運な話だと思った。
どんな形であれ、五体満足に生きていることは良いことだと考えているからだ。
不幸中の幸い、と言うほうが適切かもしれない。
「2つ目の質問です。貴方は、ヴェルザに我々を誘導する示唆を与え、ホロビタの街に向かわせたように思えます。……我々が【不死兵団】の聖女であり、『称号持ち』であることを知っておられたのですか?」
「……え?」
声を上げたのは、ヤフレーではなく、ヴェルザ。
問われた本人は軽く頷き、あっさり肯定する。
「知ってたよ」
「その上で、わざと捕まった?」
「ああ。俺が敵う相手だとは元々思ってなかった。当時、聖女どもの噂は散々聞いてたからな」
「ヴェルザにも、貴方の知っている情報を黙っていた理由は?」
「口止めされたからだよ」
「誰に」
オーディアの言葉に、スラスラと返答するヤフレーは落ち着いていた。
最後の問いかけの後に横の衛兵に目を向け、軽く首を傾げる。
「俺の荷物を返してくれないか。まさか没収じゃないだろ?」
衛兵は無言のまま顎をしゃくった先に、ツギハギの荷袋が置かれている。
どうやらそこに荷物は纏められているらしく、ヤフレーは許可を得てから荷物の中をゴソゴソと探り、捕らえた時に身につけていたネックレスを手にして戻ってくる。
チェーンの感じから高価なものだろうと思っていたけれど、ペンダントヘッドには予想よりも大きな青い宝玉が嵌っている。
それに、イロカが目を輝かせた。
「とんでもないサイズの呪玉だゅ☆ 売ったらめちゃくちゃ高いゅ♡」
「呪玉。ということは、魔導の品ですか?」
宝石や服の目利きが、元踊り子のイロカは大得意である。
裁縫も、手先が器用な上に所属していた一座で衣装作りの際に叩き込まれたそうで、凄まじく上手だ。
「くれるゅ?☆」
「そんな訳ねーだろ。……俺に口止めしたのは、コイツだよ。なるべくバレたくない、って言ってな」
オーディアは、その言葉の意味がよく分からなかった。
「そのネックレスが? 喋るのですか?」
「こいつは、【絆のネックレス】ってアイテムらしい。持ち主と関わりの深い人間が死に際に何かの未練を抱いていた時に、魂が中に封じられて対話が出来るようになる……そういうモンだって聞いた」
「誰の魂が封じられているのです?」
「俺の兄貴だ。このアイテム自体も、兄貴から預かったモンだからな」
オーディアは納得した。
魔物狩りとして若くして死んだのなら、基本的には死んだかどうかなど分からない。
誰かが『死んだ』と伝えられる状況なら、まだマシである。
大抵はパーティーごと全滅して帰ってこないので、行方不明扱いになるからだ。
改めて、オーディアは魔導具であるというネックレスに目を向ける。
集中すると、確かに聖結界の気配が感じられた。
彷徨う魂と違い、中に封じられた魂の人間としての意識を保ったまま、この世に留めるような類いのものなのだろう。
邪悪なもののようには見えなかった。
そもそも呪いの品なら、先日、ヤフレーがそれを身につけて教会の中に入った時点で結界が反応する筈である。
「貴方の兄の名は?」
「……自分で伝えたらどうだ?」
ヤフレーは、ネックレスに話しかけるが、沈黙したまま。
彼は溜め息を吐いて語気を強める。
「兄貴。あの赤子だけ渡して後は知らんぷり、は通らないだろ」
ーーー渡した?
ということは、彼の兄は死徒と何か関わりがあるのだろうか。
なのに、そのような言い方に責任を感じるような人物らしい……とオーディアが考えていると。
薄く青い燐光を放って、ペンダントヘッドの呪玉が反応した。
『……ヤフレー。この裏切り者め……』
呻くようなその声に、オーディアは頭が真っ白になった。
『会うつもりはないと、散々伝えただろうが』
「許すわけねーだろ。話聞いた時からこのつもりだったんだよ!」
2人の言い合いに、食い入るようにペンダントを見つめながら、オーディアは集中して耳を澄ます。
その声を、聞き間違える筈がなかった。
長い間、側で聞いていたその声の主は。
「フリギィ……オ……?」
響いてきた声は……魔神と共に死んだ筈の、婚約者のものだったのだ。
「……どういうこと?」
「どういうことだゅ?」
ヴェルザとイロカも、混乱したようにヤフレーに問いかける。
「フーくんの弟? だゅ? そんな話、聞いたことないゅ?」
それは、オーディアも同じだった。
すると彼は渋面を浮かべて、イロカの質問に答えた。
「俺の兄貴は、間違いなく勇者フリギィオだ。今はこんなんだけどな」
『こんなんって言うな』
「ウルセェ黙れ。……あの当時は、魔神に仕える『魔性』どもが勇者の命を狙ってただろ。身内がいると分かると、拐われて盾にされるかもしれない、って、兄貴とドンドーラ婆さんが隠すように決めたんだよ」
つまり、グラン・マは彼のことを知っていたらしい。
「俺の髪も、元々灰色だ。特殊な薬液で染めてるけどな」
ヤフレーの話によると、フリギィオはたまに会いに来る時も、教会の子供たちへの慰問、という形で住んでいたところへ赴き、こっそりと話をしていたのだと。
「こんな風になった理由は、後で自分で説明しろよ」
『気が乗らないな……』
「乗ろうが乗るまいが、自分のことだろ!」
ヤフレーが吼えて、深くため息を吐く。
「正直、内容はこんなところで話せるようなことじゃない。さっさとドンドーラ婆さんのところに行こう。……そこの衛兵に、口止めしといた方が良いんじゃないか?」
と、彼が『ヤベェこと聞いた気がする』という顔で汗を流している衛兵に目を向ける。
ーーー多分この町の人たちは、教会を敵に回すような真似をしないとしないと思いますが。
予想外過ぎる衝撃を受け止め切れていないオーディアは、ちょっと現実気味に、そんな事を考えた。




