勇者のルール【後編】
「オーディアちゃん、凄い量の聖気ねぇ〜。教会の人たちもビックリしたんじゃないかしら〜」
「俺らもビックリしたわ!!」
「マジで聖女だったのか……あの小汚かった貧民街の女が?」
ニコニコとサイエンが口にするのに、アクスとトウがそれぞれに答える。
「だから、聖女だって言っただろ」
オーディアの手と顔を拭き終えたフリギィオが、ははは、と笑い、畳んだ布をテーブルに置いた。
「じゃ、ドンドーラ婆さんに報告に行こう。無事に聖剣を手に入れて、とんでもない聖女も連れてきたってね」
するとトウが、驚いたように片眉を跳ね上げる。
「お前『コレ』をグラン・マの前に連れて行くのか……?」
「オーディアは、ドンドーラの娘であるサンチさんよりは大人しいと思うけど」
「ばっ、お前そんなの聞かれたら殺されるぞ……!?」
「大袈裟だな」
フリギィオが肩を竦めると、アクスも渋面を浮かべた。
「それもだが、フリギィオ。いい加減グラン・マって呼べよ……」
「俺が知り合った時はそんな身分だって知らなかったしな。別に怒られないからいいだろ」
ーーーこの二人、文句多い。
いちいち言われて、フリギィオは腹が立たないのだろうか、と顔を見上げる。
「どうした?」
「こいつらウルサイ」
「あぁ!?」
「嬢ちゃん、流石にもうちょっと柔らかく言ってくれ……」
オーディアの率直な感想に、トウが青筋を立ててアクスがへにょ、と眉をハの字に曲げる。
「殺したくならない?」
「ならないね。トウやアクスの方が普通だから。この場合、多分俺の方が悪いんじゃないかな」
「守らなくてもいいルールがある?」
「守らなくていいルールはないね。でも、勝手に皆がルールだと思っていることはある。俺はそういうのは守らない」
オーディアには、よく分からなかった。
「例えば?」
「魔物を殺せる人間は、魔物を見ても殺せばいい。でも、殺せない奴は逃げないといけない。逆に魔物側から見ても、殺せる人間は殺すし、殺せなけりゃ逃げる。この場合、立場次第で守らなければならないルールは変わるよね」
「変わる」
「でも、殺せるからって殺さないといけない理由はない。必要なければ。弱いからって逃げなきゃいけない理由もない。殺されてもよければ。そういうのまで、ルールとは呼ばない」
「うん」
「ドンドーラ婆さんは俺がそう呼んでも怒らないし、多分『称号持ち』だろう聖女は婆さんが欲しがってる。会う時に、可能であれば身を清めるのは、教義で定められたルール。でも礼儀を知らないから会わせたらダメ、ってルールはない。そういう話」
フリギィオの話は、分かりやすかった。
「勿論、よく思わない人はいる。トウもアクスもそれを考えているだけだ。でも俺は、気にしない」
「分かった。手を拭くのは?」
「『体が汚れたら拭きましょう』っていう教会規則があるよ。ここは教会だね」
「そのルール、どうやったら知れる?」
これだけフリギィオがきちんと知っているなら、ルールを知る方法がある筈だと思い、そう尋ねると。
「字が読めれば、書になってるね。興味があれば、今後教えよう。まず読めるようになることからね」
ーーーそうして、オーディアは様々なことを経験しながら、最終的に〝破邪の聖女〟になった。
楽しいこともあった。
グラン・マやマム、マムの夫である義賊バンダと会ったり、トウがイロカを連れてきたり、森に住んでいた魔導士のソーサと双子に会ったり。
悲しいこともあった。
フリギィオもバンダもソーサも死んで、トウも消えてしまった。
でも、『今を楽しんで生きること』と『世の中を生きる為に必要なルール』をたくさん、その出会いで教えて貰った。
グラン・マは、ある日オーディアにこう言った。
『人の本質は変わらないもの。オーディアの己が生への渇望も、不可侵暴力の本性も、変わりはしないね。だが、それは『人として生きる幸せ』を邪魔しないものだ。うまく付き合っておいき」
彼女の言葉通り、オーディアの本質は変わらなかった。
でも、変わったこともあった。
他人の死には相変わらず何も思わないが。
様々なことを知り、大切な人が出来て、その死を悲しみ悼むことが出来るようになった。
他人を悼むことは出来ずとも、せめて冥福を祈ることは出来るようになった。
話し方を知って、礼儀作法を知って、害を与えてこない脆いイキモノを慈しむことが出来るように、なった。
ーーーミルも。
今腕の中でぐずるこの子を、昔のオーディアならば可愛いと思うこともなかっただろう。
フリギィオは、そんなオーディアを喜んでくれる、筈だ。
牢屋の待合室で。
ミルをあやしながらおしめを変えるオーディアは、そんなことを考えながら、ヴェルザやイロカと共に連れて来られる相手を待つ。
やがて、オーディアやフーインの町教会が動くきっかけになった不審者……ヤフレーが、衛兵に連れられて部屋の中に入ってきた。
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