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神の隠し子〜教会の前で赤子を拾った退役聖女ですが、どうやらこの子狙われているようです。〜  作者: メアリー=ドゥ


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勇者のルール【前編】


 ーーー10年前。


 初めて入った街中に『小綺麗な人が多い』と感じていたオーディアは、今にして思えば奇異な目を向けられていた。


 どう見ても貧民街の出身で、つくろってすらいないボロ切れを着ていたのだから、当然ではある。

 普段なら門兵らに止められたり、見つかったら叩き出されたりするものらしいが、フリギィオと一緒だとそんなこともなく、ただついて行ったら良かった。


 出会った当時のフリギィオに連れられて行った先は大聖堂の横の建物で、まず最初にしたことは大聖堂での湯浴みである。


 当時は知らなかったが、エイン教会総本山(・・・・・・・・)の聖女長だったグラン・マ・ドンドーラの示唆によって、フリギィオは貧民街に訪れたのだ。


 オーディアを綺麗にするように頼まれた教会の下仕えは、嫌そうな顔をした。

 が、少し年上の、当時聖女として認められたばかりだったサイエンが代わりにそれを引き受け、ニコニコと身支度を手伝ってくれた。


 彼女はそもそもグラン・マ直轄でそんなことをする立場ではなかったと知ったのも、色々学んでからのことである。


「あら〜、身綺麗にしたら思った以上に美人さんねぇ〜」


 サイエンはそう言ったが、オーディアはちょっと腹が立つくらい不愉快だった。


 オーディアにとって始めての湯浴みは落ち着かず、垢を完全に擦り落として土や泥で固まっていた髪を解くと、最初は『寒い』と思った。


 そして『グラン・マに御目通りするのよね〜?』と言って着せられた教会支給だという服の感触。

 麻で出来たものではあるが、毛羽立ち穴の空いたボロしか着たことがないオーディアには、感じたことのない細やかさでこそばゆい。


 でもフリギィオに、『湯浴みが終われば飯にしよう』と言って送り出されていたので、我慢した。


 当時のオーディアに、食事に勝る楽しみはなかったからである。

 その後、フリギィオの他の仲間であるアクスや、黒髪の短髪に鋭い目をした武闘家トウと顔を合わせ……皿の上に乗った食事、というものを初めて口にした。


 今思えば、アクスが用意したというその食事は、パンとスープ、サラダといった簡単なものだったが、衝撃を受けるほどの美味しさだった。


 武闘家のトウは、『美人なのに、とんでもねぇ勢いだな』と感心したように顎を撫でていた。

 戦士のアクスは、『美味そうに食ってくれるのは嬉しいが、食い方が動物だ……』と複雑そうな顔をしていた。


 そしてフリギィオは、そんなオーディアに何故か自慢げな顔でこう言った。


「どうだ? アクスの飯は美味いだろう?」


 作法も何もなく、パンを口に全て押し込んで頬張り、サラダを手掴みで、スープ一滴たりとも逃さないよう皿まで舐めたオーディアは、ケプッとげっぷをしながら答えた。


「うまい。肉や魚も欲しい。新鮮な魔獣の生肉より食えるはず」


 野菜もパンも、腐ってカビが生えているわけでもなく、泥や苦味以外の味がついた水以外の液体を飲んだことがなかったオーディアは、率直に要求した。


 ーーー腐ってない野菜やパンでもこれだけ美味いなら、魚や肉はどれだけ美味いのか。


 そう考えたのだが。


「じゃ、晩にでも食べよう。今すぐには用意出来ないしね」

「分かった」


 服に加えてそれもちょっと不愉快だったが、我慢するのはそれなりに慣れている。


 街中では貧民街よりも襲ってくる相手も多分少ないし、人間は魔物より脆いので、襲われたとしてもすぐに殺せる。

 貧民街での、漁っても食えるものがない、という状況より、晩に物が食えることが分かっている分、楽な我慢だった。


「オーディアは、とりあえず顔と手を拭こうか」

「何で?」

「君に汚れとか掃除っていう意識はないんだと思うけど、部屋が汚れると面倒だからだよ」


 言われて、オーディアは自分の右手を見下ろした。

 野菜に掛かっていた何かがついている程度で、糞尿もゴミもついていないし、土もついていない。


「この程度で拭く方が面倒」


 と、オーディアは指を舐めたが、その手をそっとフリギィオに取られた。



 ーーー不可侵暴力(アンタッチャブル)のルールを破った。



 一気に戦闘態勢に入ったオーディアは、ゴッ! と全身から聖気の光を放つ。

 バッ! と窓を開け放ったカーテンの裾がはためき、身を乗り出したフリギィオの腹の下でテーブルがガタガタと揺れた。


 椅子で足を組んで寛いでいたトウが驚いたように腰を浮かし、アクスが腰のオノに手を伸ばす。


「触るな。殺」

「すのは、なしだよ。オーディアは面倒だろうけど、体を拭くのは、王都に住む者のルールだ」


 言われて、オーディアはピタッと、フリギィオを殺す為に放った聖気を治癒の力に変化させるのを止めた。


「……ルール?」

「そう。貧民街で、君に対する不可侵暴力(アンタッチャブル)のルールがあったように、王都には王都のルールがある」


 フリギィオは布で勝手にオーディアの手を拭きながら、片目を閉じて言葉を重ねた。


「ルールを破ったら、殺されても文句は言えない。そしてここは貧民街じゃないし、俺は君を襲ってはいない。そうだろう?」


 言われて、オーディアは考えた。


 確かに、フリギィオはオーディアに触ったが、襲う為に触ったわけではない。

 今までそういう触り方をされたことはなかった。


 なら、殺さなくてもいい。

 そして今、手を拭かれている。

 

「手を拭くのは、ここのルール」

「うん。例えば魔獣の住処になっている森でも、食う相手と縄張りを犯すモノ以外は襲わない。そして襲われない限り、反撃はしない。違うかな?」

「そう」

「手を拭くことは、別に誰も損はしない。面倒であってもルールはルールだから、守ったほうが平和だ。と、俺は思うけど、どうかな」

「……分かった」


 犯す必要のないルールは、犯す必要がない。

 知らないからオーディアを襲ったモノは死ぬが、知っているモノは襲ってこない。


 知らない、は、死なない、ではない。

 知らなくても死ぬ。


 オーディアもは今ルールを知ったから、死なない為に守る必要がある、と納得した。

 

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