赤子と再会します。
ーーーフーインの町の宿屋。
「ただいま戻りました。……いい子にしていましたか? ミル」
戻って装備を外したオーディアは、まず最初に授かった〝神の隠し子〟の元へと向かった。
丁度、サイエンが我が子とミルにお乳をあげ終えたところだったようで、彼女に礼を述べながら受け取る。
乳の香りがするミルを縦抱きしにして、首を胸元で支えながら背中をトントンと叩くと、ケプッとげっぷをしてから、すやぁと眠りに落ちた。
よく寝る子ですね、と思いながら、オーディアは微笑む。
「ミルちゃんの素性は、分かったのかしら〜?」
「いいえ。完全には分かりませんでした。親が誰かも未だ不明です。ただ、あの館に住んでいた吸血鬼は、『死徒と呼ばれる人物から預かった』と言っていました」
「死徒……」
その言葉に、サイエンがスゥ、と目を細める。
反応からして、何かを知っている様子だったので、オーディアは彼女に目を向けた。
「ご存知なのですか?」
「貴族暮らしをしていた頃に、聞いたことがあるわね〜。社交界でちょっとだけ噂を聞いたことがあるわ〜。魔神信仰の教団に属する者が名乗るのがその名前だった筈よ〜」
サイエンは元々魔導具士の家系であるけれど、実家の功績から貴族令嬢でもあったのだ。
実家と特に仲が悪いわけではないそうなのだが、令嬢時代に魔導具にのめり込みすぎるせいで一度婚約を破棄され、聖女の力にも目覚めたことで【不死兵団】に参加した経歴がある。
「魔神信仰……そのような組織があるのですね」
「オーディアちゃんは、そういうことに興味ないものね〜」
ふんわりと笑ったサイエンは、自分の子であるスルスをげっぷさせてから、立ち上がる。
「力を求める上で、自分が頑張るんじゃなくて、分かりやすく強い相手に頼る人はいっぱいいるでしょ〜? それが屈強な騎士か、戦女神か、魔物なのか魔神なのかは人それぞれよね〜」
「なるほど」
あまりにも違い過ぎる存在に頼ると、得より損の方が多いと思うのだけれど。
そんな風に思いつつ、オーディアは質問を重ねる。
「ですが、何故吸血鬼にこの子を与えたのかは謎ですね。ミルは魔物でもなさそうですし」
オーディアはミルの柔らかい頬を撫でるが、どう見ても明らかに人間の赤子であり、もし魔物ならそもそも聖結界が張られた教会の中には入れないだろう。
「生贄とか餌とかではなかったのよね〜?」
「ええ。育てろ、と預けられたようなので」
ーーーその魔神を信仰する教団、というのを、探ってみましょうか。
どこにあるどんな組織なのかも分からないが、改めてクーロをホロビタの塔に連れて行って過去視をして貰えば、分かることもあるかもしれない。
「あ、そういえばね〜」
「はい」
「私の体調も安定してるし、教会も準備が出来たってグラン・マが言っていたから〜、今から教会に移るわね〜」
「大丈夫なのですか?」
サイエンの体調が良さそうなのは見れば分かるが……と思っていると。
「普通は、産んだ後は胎盤が剥がれた傷があるけれど〜、治しておいたじゃない〜? それが一番大きいわね〜」
「なるほど」
子を産んだことがないので分からないが、産後で一番大変なのは体内のその傷であり、サイエンが自分で治したという話は聞いていた。
治癒の力は、出産で体力を極端に消耗した女性に使うには、逆に体に負担を掛ける可能性がある。
それ自体が害になり得るので、試せるものではなかった。
戦場で使いやすいのは、相手が屈強な兵士であり、軽症なら体力が保ち、逆に死んで元々の重症であったりするからだ。
サイエンは実験に対して全く抵抗がないので、自分の体を十分検証した上でそれをやったそうだ。
「助かりますが、アクスが悲しみそうですね」
「あの人寂しがりだものね〜。でも多分、毎日お料理持って来るわよ〜」
「それは嬉しいですね」
彼の手料理の美味しさは格別なのである。
ぐぅ、と自分のお腹が鳴ったので、オーディアは提案した。
「昨日から何も食べていません。昼食を用意していただいて、食べてから教会に行きましょう。私は少し寄り道しますが」
マムは教会に帰ったが、双子とイロカは、旅人のヴェルザと共に食堂で待っているだろう。
オーディアも本当ならすぐに食事にしたかったが、先にミルの顔を見に来たのだ。
「寄り道って、どこに行くの〜?」
「教会に侵入した不審者のところです。ヤフレーという名の青年らしいのですが、どうやら吸血鬼から依頼を受けたのは、仲間のことがあったかららしく、釈放して貰いに行きます」
結局その仲間たちは眷属化して、オーディア達が殺してしまったが、事情が事情なので釈放は要請するのだ。
その後は、彼ら次第である。
「食事を終えたら、双子に荷物運びを手伝って貰って下さい。わたくしはイロカと共にそちらに寄ってから、教会に戻ります」
「ミルちゃんはどうするのかしら〜?」
「どちらにしても帰り道ですし、長くは掛かりません。わたくしが抱いて行きます」
オーディアは、ミルの顔を見下ろした。
灰色の産毛を撫でながら、自然に頬が緩む。
「まだ、この子はわたくしの授かった子ですから。なるべく長く、抱いていたいのです」




