帰って食事にしましょう。
「あら……何故、あなたがここに?」
館の敷地から出ると、ホロビタの街は廃墟と化していた。
どうやら建物自体は幻影で元に戻ったように見せかけていたらしく、そこかしこに動きを止めて転がる傀儡人形達がいて、どことなく死屍累々と言った雰囲気が漂っている。
見慣れた崩壊の景色を眺めながら、街の外で待っていたマムとイロカに合流すると……そこにもう一人、別の人物がいた。
フーインの町の宿屋にいて、フリギィオの墓の前で話しかけてきた旅人だ。
牢屋の中にいる不審者の仲間らしき相手である。
オーディアの問いかけに、【清めのお香】の煙を吐きながら、マムが答えてくれた。
「イロカと一緒に街から出たら、そこに居た」
「あーし達の邪魔する気はなかったみたいだから、放っておいたゅ☆」
一晩中踊り続けていたイロカが、布で汗を拭きながら言葉を重ねる。
「逃げたのではなかったのですか?」
オーディアが旅人に向かって首を傾げると、相手はフードを脱いだ。
男性にしては小柄だと思っていたが、見えたのは女性の顔。
砂色の髪をポニーテールの形に結い、薄い金の瞳を備えた少女だった。
10代後半、といったところだろう。
どちらかと言えば気の強そうな顔立ちであり、生真面目そうな表情をしている。
「……あの燃えた領主の館に、人はいなかったか?」
「眷属と化した吸血鬼が3体居ましたが、人の姿は見ていませんね」
「男が1人と、女が2人?」
「ええ。何故分かったのです?」
オーディアが答えると、彼女は目を閉じて大きく息を吸い込み、心臓の上に拳を当てる。
「……戦女神の御元に旅立てますように」
小さく呟いたところを見ると、どうやらあの3体の知り合いなのだろうか。
彼らも旅人だった筈である。
「何か事情があるのなら、説明していただけますか?」
「ええ。私の名は、ヴェルザ。眷属にされてしまった3人は、私の仲間の1人と……姉と妹よ」
旅人……ヴェルザの言葉に、双子が顔を見合わせる。
「姉?」
「妹?」
「そう」
ヴェルザは小さく目を伏せ、そのまま言葉を重ねる。
「私たちは、5人で旅をしてたの。魔物狩りよ。メンバーの1人が里帰りをすると言うから、ついて来たの」
男性2名、女性3名のパーティーを組んでいたが、来てみると仲間が『もうない』と言っていた故郷の街が復興していたのだという。
それが、ホロビタの街だった。
「あいつは驚いていたけど、まずは墓参りがしたいということで、私と2人で墓地に向かった。残りの3人は街を観光すると言って、二手に別れたのよ」
墓参りが終わって待ち合わせ場所に行ったが、いつまで経っても仲間達が来なかったのだという。
『やはり街が復興しているのは何かおかしいのでは』という結論に至り、街では泊まらずにしばらく周りで野営しつつ、昼に聞き込みをしていたそうだ。
「すると数日前の夜、領主の館から強烈な瘴気が発生して消えた。そして夜明け前に、同じような気配と共に吸血鬼が二匹、領主の館に向かっていくのが見えたんだ」
あの館を調査しよう、と決めた翌日、街に入ると鎧を着た男が待っていて、当の領主から『依頼がある』という伝言を伝えられ、周りを囲まれたのだと。
「警戒しながら館に赴くと、『子どもが誘拐されたので、フーインの町教会にいるらしいから連れて来て欲しい』と。私達は、何も知らないふりをして、それを承諾した」
「何の為にです?」
「無事に街の外に出る為。赤子の誘拐に関しては、貴女たちに捕まった仲間は『多分失敗するだろう』と言ってた」
ーーー失敗すると分かっていた?
オーディアはあの時の不審者の様子を思い出しながら、ヴェルザの言葉に眉根を寄せた。
「何故失敗すると分かっていて潜入を? そのまま逃げても良かったのでは」
「私は、赤子を無事に手に入れたらそれを材料に領主と交渉するつもりだった。『赤子を返して欲しければ仲間を返せ』と。……3人が生きている可能性が低いのは、分かってたけど」
オーディアは納得した。
ノスがわざわざヴェルザ達に名指しで依頼をしたのなら、街を出入りする行動も把握されていたのだろうし、逃げられなかったのなら自分の命を守る行動を取るのは当然の話だ。
「その子どもが吸血鬼の大事なものなら、取引の材料になると考えてた。何も材料がないまま、皆のことを聞いてもはぐらかされるのがオチだろうし」
が、教会に潜入した不審者は意見が違ったらしい。
「それは連れ出すのが成功した時の計画で、私の意見。失敗した時の計画は、あいつが考えたんだよ」
彼女の仲間である不審者は、『自分が捕まったらホロビタの街に向かって、教会の目を向けさせろ』と言ったそうだ。
ヴェルザは、その言い置き通りに動いた。
ーーーあの不審者、わたくし達のことを知っていたのでしょうか。
全て終わったと思っていたが、その点について新たな疑問が湧く。
しかしそれを口にする前に、ヴェルザが言葉を重ねた。
「私の目的は、仲間と家族の居所を知ることだった。……あいつも、死刑になるの?」
その問いかけに、マムが首を横に振る。
「あの男は、『依頼された』と言ってたから、その言葉が事実かを確かめる為に身柄を押さえているだけだ。事情が分かりゃ、罰金か体罰刑で終わる」
「そう……良かった」
そう言いながら、ヴェルザは唇を噛む。
身内や仲間を失った悲しみを堪えているのだろう。
だから、オーディアは告げた。
「悲しい時には、泣くことも大切ですよ」
オーディアには家族を失う痛みは分からないが、仲間や大切な人を失う悲しみは分かる。
プリセイアを蘇らせたノスの気持ちも、別に感情として分からなかった訳ではなく、あれが彼女の望んでいなかった行為だったことを指して『愚か』だと言っただけだ。
「っ……泣いたって、3人は戻ってこないでしょ」
ヴェルザはそう言い、首を横に振って涙を堪え切った。
それが彼女の選択なのであれば、オーディアから言うことは特に何もない。
「では、参りましょう」
「え?」
「一人だけ残った仲間を迎えに行くのでしょう? フーインの町まで、道のりは一緒です」
わざわざ別々に行く必要はないのである。
「あそこの宿には、ミルや、彼女を預けたサイエン達も待っています。あそこの食事は美味しかったでしょう?」
「は?」
ヴェルザは、オーディアの言葉に何か引っかかったようだが、それには特に応えない。
ーーー今からフーインの町に帰ったら、おそらく昼過ぎでしょうか。
オーディアは、食事が大好きである。
また今は、戦闘を終えた後でもあり、最後の食事からかなり時間が経っていることもあって、非常にお腹が空いていた。
ーーー美味しい食事は、最高ですからね。
オーディアが貧民街を出るきっかけになったのは、フリギィオに出会って、美味しい果実を貰ったことである。
彼にくっついて行ったのも、色んな場所で色んなものが食べられると知ったからだ。
「生きて美味しいものを食べられるのは、大変幸せなことです。アクスに昼食を作って貰って、食べましょう」
生きている人間にしか出来ないことで、生きると言うのは食べることである。
オーディアは、そう思っていた。




