求めた情報は、未だ闇の中でした。
「何故、『赤子を育てよ』という言いつけに背いたのです?」
オーディアは、フリギィオのことを思い出していた。
同時に、プリセイアの言葉に戸惑いも覚える。
「自らの生を手放すことになっても、ミルを預け、ノスをわたくし達に始末させることが大切だったのですか?」
「はい」
「守りたいものの為に自らの命を賭すことそのものは、まだ理解出来ます。が、貴女はノスを大切に思っているのでは?」
彼女は、この場に姿を見せている。
歪な形だが、大切そうに、まるで赤子を抱くように、瀕死のノスを腕に抱えているのだ。
オーディアは、彼女の感情が、あの時のフリギィオと違うような気がした。
どちらかというと彼の感情は、ミルに対して、あるいは【不死兵団】に所属していた仲間達に対して自分が抱くような感情に似ている、と思う。
しかしプリセイアは、ノスを殺させたのだ。
その行動に、どのような意味があるのか。
オーディアの疑問に、今度はプリセイアの方が不思議そうな顔をした。
「『魔性』と化して、他人を犠牲にし続けてまで、生に執着する理由がありますか?」
問い返されて、オーディアは眉根を寄せた。
「ーーーそれで自分がいいなら、いいのでは?」
生きようとする感情そのものは、人間であろうと『魔性』であろうと、持ち合わせている類いのものである。
オーディアは自分や仲間を害する相手に対しては容赦しないが、感情そのものを否定する訳ではない。
「害を退けること、食事を摂ることは、自分が生きるのに必要な行為です。その為にわたくしは、獣も人も魔物も殺しますが……それだけであれば、それだけのことでしょう?」
勿論、身内が喰われればその限りではないけれど。
不可侵暴力の生き方自体は、そちらが触れなければこちらも触れない、という、群れや個体が存続する為のルールに過ぎない。
傀儡人形になった聖女にしても、あの眷属と化していた3人の旅人が殺されたことについても、赤の他人であるオーディアは特に憤りを覚えない。
無辜の民は庇護の対象である、という認識はある。
が、戦う力を持つ者は自分と並び立つ相手。
既に死んでいる者は庇護の対象ではない。
そうなれば、たまたまそこを彷徨っていた、旅人らが警戒をしなかった、害を跳ね除けられないくらい脆かった、ただそれだけである。
今回オーディアが動いたのは、吸血鬼は人に害を及ぼすこと、フリギィオの墓がこの街にあること、ミルを取り返すように動いたこと……そうした様々な要因がある。
もし、ノスとプリセイアが吸血鬼である、という事実『だけ』がそこにあったとして。
もしホロビタの街が遠く離れていて、ここにフリギィオの墓もなく、ミルをノスが諦めていたら、オーディアは動かなかっただろう。
教会の聖女としては、もしかしたら指令を受けて遅かれ早かれ動いたかもしれないが、そうした全てを引っくるめて『ただ運が悪かった』とも言えてしまう状態である。
「貴女は、そのような方なのですね」
「はい」
「私は違う、というだけです。ノスは優しい人でした。……でも、吸血鬼となり、変わってしまった部分があります」
プリセイアは、そこで初めて、どことなく悲しげなものに笑みの種類を変えた。
「吸血鬼となった後も私への態度は変わりませんでしたが、人ではなくなり、人を襲うようになったこの人を、襲わなければ生きられない私自身を憂いたのです。……きっと貴女は、大切な人が『魔性』と化したら、その手で殺すのでは?」
「どうでしょう。そうなった仲間が害をなすのなら、そうするとは思いますが」
「私にとって、人を襲うノスは明確な『害』でした。そんな彼を見たくはなかった。でも、私に彼を殺すだけの力はなかったのです」
そこで、会話は終わりのようだった。
「なので私は、貴女がたに感謝しています。朝日が昇れば、全て終わり。……我が子ではありませんが、あの赤子を、宜しくお願い致しますね」
プリセイアは会釈をして、塔の入り口に向かっていく。
「さ、行きましょう……あなた」
「ァ……ァ……」
最早言葉を発することすら出来ず、おそらくは目も見えていないのだろうノスの焦げた髪を、プリセイアは慈しむように撫でる。
「一つだけよろしいでしょうか?」
塔に半分入り込んだ彼女に対して、戦鎚を下ろしたオーディアは声を掛ける。
「何でしょう?」
「これが最後の質問です。ーーー何故、そんな愚かな方をまだ愛しているのです?」
最後まで名前を呼ぶほど大切に思っていたプリセイアの望みが、ノスには分からなかったのだろう。
フリギィオと違い、彼には選択肢があったのだ。
吸血鬼とならず、プリセイアを想いながら生きる選択肢も、自らの命を断つ選択肢も、あった。
それをせず、愛した妻が一番望ましくないと思う選択肢を取った。
明らかに愚かな行いであり、それでもプリセイアが愛するような態度を取っている理由が分からなかったのだ。
失望したなら、ノスを放っておいて、他人の血を吸っていなさそうな自分だけ餓死するのでも良かっただろう。
「失望は、なかったのですか?」
「それはありませんわ。ノスは、選択を間違っただけです。……私の死を嘆き、側に居てほしいと我が身すら捧げる、そんな愚かしさこそが、愛するということでは?」
プリセイアは、ふふ、とおかしそうに笑った。
「それだけの愛を向けられて、私が夫を、愛してはいけませんか?」
プリセイアが姿を消し、会話は、それで本当に終わった。
聞きたいことも聞けた。
ミルの素性は、結局分からないままだったけれど、手がかりも得た。
ーーー相手の意に背いてでも、生き返らせて側にいてくれることを願う……。
それも確かに、愛ではあるのだろう、とオーディアは思った。
多分、『生きている今を楽しむ』というフリギィオと、『義をかけての戦死は誉れ、戦女神の御元に旅立つ』という教会の教え、そしてオーディア自身の生き方が、その選択肢を取らせなかっただけで。
もしかしたらフリギィオを蘇らせたいと思うオーディアも、生き方が違えば、どこかにいたのかもしれなかった。
そんな事を考えてから首を横に振り、黙ってやり取りを聞いていた双子に声を掛ける。
「シロン、クーロ。残った装備を回収して、帰りましょう。ーーー作戦完了です」
※※※
オーディア達が去った後。
日の出の気配を感じたプリセイアは、塔の上で腕の中の夫に呼びかける。
「あなた。あなたは忘れてしまったのかもしれないけれど、私は、陽の光が好きなの。一日の働きで一息をつく時に見上げる眩しさが……あなたとの、静かで、幸せな日々が」
もう、聞こえているかいないかも分からないけれど、ノスはまだ、灰になることもなく、形は保っている。
「人を犠牲にして、踏みつけて、夜の闇の中で……そんな風に、あなたと二人で生きていたかったわけでは、ないのよ」
自分だけでは、出来なかった。
彼と自分自身を『終わらせる』ことは、出来なかったのだ。
「これで本当に、もうおしまいにしましょう」
だからプリセイアは、オーディアに本当に感謝していた。
灰色の髪の赤子を引き受けてくれた、ただの町娘だったプリセイアには理解出来ない精神性を持った女性。
彼女は、自分の望みを叶えてくれたのだから。
最後の日の光を目に焼き付けようと、まっすぐに前を見つめたまま。
プリセイアが病気で死ぬ時に、ボロボロと泣いていたノスの顔を思い出す。
差した朝日は、業火で身を焼く程に熱かったが、プリセイアは再び日の光を見れて、幸せだった。
「綺麗ね……おやすみなさい、あなた」
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