貴女が母親ですか?
双子が放った浄化の力が収まり、ノスが仰向けに倒れるのに合わせて、オーディアは素早く身を引いた。
破邪銀の杭に、完全に心臓を撃ち抜かれたノスは、動きを止めている。
その唇が震えて、口にした末期の言葉は。
「……プリ、セイ……ア……」
ノスの弱点であるらしき、女性の名だった。
抉られた右半身や残った手足の先から徐々にその体が黒ずんでいき、炎の舌に焼かれて灰と化していくが、オーディアは警戒を解かない。
三年前、魔神は魂の台座を貫かれても尾を振るい、フリギィオを殺したのである。
どうしようもない状況でなければ、動けるように警戒し続けなければならない。
相手が完全に活動を停止するまで、一切油断してはならない。
敵の死を見届けて、初めて勝利なのだ。
フリギィオの墓の前で、夜に戦うことを旅人に警告された時。
オーディア達は本当のことを口にはしなかったが、それ自体も狙いの内だった。
一つはあまり重要ではないが、追い詰められて手負いになった相手は、戦意を喪失する場合もあればより力を発揮することもあるという部分。
吸血鬼は、陽光の下には出られないのだ。
分かりやすく『逃げられない』状況は、決死の覚悟を誘発しやすい。
三体の吸血鬼を相手にした時に、館の内部に突入せずに火を放ったのは、それを嫌ってのことだった。
また、ノスは乗って来なかったが、誘き出す為にしばらく待ったのも同様の理由である。
そしてもう一つ、現実的に問題となるのは、昼間であれば確実に『閉所での戦闘』になることだ。
どうやっても、こちらから相手のいる場所に向かわざるを得ず、内部構造を把握していない狭い場所での戦闘となれば、それ自体が相手の有利になる。
戦う場所が狭く目が届き、相手の方が速いとなれば、流石に不利なことの方が多い。
塔の存在を知っており、かつノスがそこに居ることが確定していれば別のやり方もあったが……ミルが狙われている以上は、最速最短で始末する必要があった。
実際はイロカの聖結界でホロビタの街を覆っているが、『魔性』の力であれば突破出来ると考えさせれば、ある程度の油断を誘える。
自分は油断せず、相手の気が緩んだり散っているいる状態なら、生き残る可能性は高まるのだ。
今、こうしてオーディアらがこの場で立ち、ノスが倒れ伏しているように。
そこで、ブワッと風が巻き起こった。
オーディアは、それを見てさらに後退する。
灰を吸い込むと、聖気によって体に悪影響は出ずとも、一時的に呼吸が整わなくなるからだ。
風によってノスの周りを覆っていた炎が吹き払われ、さらに灰が舞い上がる中。
胴体と頭以外がほとんど消滅して黒焦げになっている彼の後ろに、ふわりと一人の女性が舞い降りた。
ーーー残りの一体。
オーディアは戦鎚を構え、武装の残量を頭の中で確認する。
自分の兵装は、銀杭が後一本と腰の魔剣銃。
シロンはガトリングの残弾がなく、クーロの槍以外の兵装は槍と双子の持つ魔剣銃が四つ。
他は、多分双子が持つ【聖光榴弾】と聖水瓶がそれぞれ一つずつだけである。
「もう、争うつもりはありませんわ、フーインの町の聖女様がた」
金髪に瞳孔のない赤い瞳の女性は、ふわりと着地してそう口にした。
儚げな美貌に、上質そうなワンピースを身につけた彼女は、背に生えたコウモリの翼を広げたまま、そっと膝をついて、小さくなったノスを抱き上げる。
「わたくしは、プリセイア。赤子を保護していただいたこと、そして夫を止めていただいたことに、感謝致します」
そう言葉を重ねて、ふんわりと微笑む彼女に、オーディアは構えを解かないまま、気になっていることを口にする。
「何故、ノスの崩壊が止まっているのですか?」
争う気がない、という言葉を、そのまま鵜呑みには出来なかった。
心臓を貫かれてなお、蘇生する方法があるかもしれないからだ。
しかしオーディアの質問に、プリセイアはあっさりと答えを口にする。
「眷属である私の瘴気を、与えております。枯渇すればまた崩壊を始めるでしょう。……私は、夫と共に塔の上で夜明けを待とうと思っておりますの」
オーディアは、彼女の言葉に目を細めた。
彼女からは、然程、強烈な邪悪の気配を感じない。
下手をすれば三体の吸血鬼よりも弱そうだが、もしかしたら血をほとんど吸っていないのではないだろうか。
「……何故、ミルを教会に?」
「噂を伺いました。魔神を討伐した聖女らが住まう場所であると」
「何故、抵抗もせずに夜明けを?」
プリセイアはその問いかけに、笑みを深くした。
「私、お日様の光が大好きですの」
「……吸血鬼が?」
「元々、人間ですもの。お日様に干した洗濯物の香りや、明るい中で揺れる麦の穂……そうした景色が、大好きでしたわ。今となっては、見ることも叶いませんけれど」
少し残念そうに眉をハの字に曲げた彼女は、それでも笑みを消さなかった。
嘘はなさそう、ではある。
が、今のところ彼女の境遇に興味はなかった。
オーディアは、必要なことだけを淡々と尋ねていったが、その中でも最も重要なことを口にする。
「あの子は、誰の子なのです?」
どこかから攫ってきたのか、あるいは二人が吸血鬼になる前に生まれた子なのか。
それによって、ミルの境遇はさらに変わるのである。
が。
「ーーー分かりません」
オーディアの問いかけに対するプリセイアの返答は、あまり予想していなかったものだった。
「分からない……?」
「はい、私がノスの手によって蘇った時、あの子を渡されたのです。『自らの子として育てよ』と」
「誰に渡されたと?」
「死徒、と名乗る人物です。フード付きの外套を着ていて、男性か女性かも分かりませんでした。ただ、その人物がノスに、吸血鬼に成る禁忌の呪法を教えたことを、会話から察しております」
それ以来、死徒を名乗る人物の姿は見ていないらしい。
プリセイアは塔の中で蘇り、一週間、赤子を代替乳で育てながら、ノスに殺されて吸血鬼と化した者らが生前に口にした言葉を聞いたのだという。
「女性の一人に、『逃げてフーインの町教会に向かえ、そこに魔神を始末した聖女らが住んでいる』と。結局逃げた女性も捕まって、眷属とされてしまいましたが……私は、それを聞いて、あの子を預けようと思ったのです」
プリセイアは、乳母もないまま、人間の子が育つとは思えなかったらしい。
そしてノスが道を踏み外したことを憂いていたのだと。
「今から殺されようという人が、頼る方々です。この街の状況が分かれば、子を育て、ノスを排除しに来るだろうと思いました」
プリセイアは眷属だが、ノスに支配されている訳ではなかったという。
正気を失うことなく、夜間だけは自由に行動でき……しかし流石に、街から出た時は追われたのだと。
「どうにか教会に辿り着き、結界の中に籠と手紙を押し込んで、その後ノスの元に戻りました。あの子を育てるのが、吸血鬼の禁呪を教える対価だったようで……死徒との取引を守るために、彼は赤子を取り戻そうとしていたのです」
それが、事の真相であり、旅人がノスの依頼を受けて教会に侵入してきた理由だったのだ。
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