トドメですよ。
ノスが全力で追撃してくる気配を背中で感じながら、オーディアは冷静に考えた。
ーーーあんなやり取りを目の前ですること自体が『罠』だと、気付けませんか。
『魔性』と化している、ということを差し引いても、力の強大さと精神性のバランスが非常に悪い。
これまでに何度か目にした『魔性』の者は、非常に傲慢で己以外に興味のない人格、あるいは高度な術式を扱う魔導士などが不死を求めた成れの果てだった。
狂気に陥っている者はいても、ノスのように『行動が拙い』者はいなかったのだ。
そもそも怒りや焦りを見せた時点で、それが演技でもない限り『今狙われているものは、本当に自分の弱点です』と肯定しているのと同義である。
オーディアは走りながら、背負った荷物の肩紐を外した。
そのまま脇に放り出すと、身軽になった状態で振り向きざまに最後の聖水瓶を放り、戦鎚で叩き割る。
狼化して追って来ていたノスの進路上へ、大きく宙に聖水が広がる……が、相手は即座に狼化を解いて、風の魔術で聖水を吹き散らした。
「そんな下らない手に、何度も引っ掛かるかァ!!」
ノスが吼えながら翼を広げて跳び、頭上から腕を叩きつけてくる。
戦鎚でその一撃を受けたオーディアも、当然、同じ手が何度も通用するとは思っていない。
しかし。
ーーー手の内が少なくとも、手数が少ないとは限らないのですよ。それを教えて差し上げましょう。
オーディアは、確かにほぼ全ての手の内を既に見せている。
ノスから見れば、こちらの行動は『知って』いれば対処が容易なものしか存在しないだろう。
けれど、手数というのは組み合わせだ。
人は元々、そう幾つも多彩な行動を覚えていられるものではない。
そして『使える行動』というのは、咄嗟の場合でも、意識しなくても、自然に出て来る動作のこと。
決まった動きが出来るように、反復して体に覚え込ませるのだ。
だからこそ、オーディアの主兵装は戦鎚で、クーロは槍、シロンはガトリングに定まっていた。
共用の武装も、人によって基本的な使い方が変わるわけではない。
しかしノスには、その少ない手の内にここまで翻弄されているのは自分自身である、という意識が欠けている。
だから、思い至らない。
同じ手段であっても、それは使い方次第で布石にも決定打にもなり得るように応用出来る、ということに。
おそらく生前、戦場に身を置いたことがないのだろう彼には、理解が及ばないのだ。
自分の攻め手が三種の形態変化と、ただ振り回す強大な力以外にないからこそ、こちらも同じだと考えているのが、オーディア達が付け入れる『隙』だった。
本当に通用するかどうかはともかく、一番強力な魅了すら、肉弾戦であるということに目が行き過ぎて使ってこない。
ここまでで、こちらが丁寧に重ねた一番重要な要素は、揺さぶり。
どれ程ノスの戦術が稚拙であろうと、真正面から正攻法で戦ってどうにかするには、真祖と人間にはあらゆる面で差があり過ぎる。
だからオーディア達はずっと、ノスが平常心を保てなくすることで、優位に立ち回ろうとしていた。
ーーーそろそろ、仕上げですよ。
オーディアは戦鎚で受けたのと逆の腕が振るわれるのを掻い潜り、ノスの胸元に0距離でパイルバンカーを押し付けて、引き金を絞る。
銀杭が打ち出されて相手の体を後退させたものの、心臓を貫くには至らない。
しかし、それで良かった。
重要なのは、今、ノスが立っている位置である。
先ほどの彼自身の攻撃によって致命的な損傷を受けた館の、2階部分がついに崩れ落ちてきた。
当然、怪我も負っていない真祖相手に、炎や瓦礫など何の意味もない。
しかし、ノスの足元近くに転がるオーディア自身の荷物には、十分過ぎる程に意味があった。
荷物の中に入っていた【聖光榴弾】が瓦礫の衝撃と炎によって炸裂し、無差別にその場を吹き飛ばす。
「ゴォァアアアア……ッッ!!」
吸血鬼の脅威的な点は、強靭さや耐性ではなく、その再生力である。
眷属吸血鬼より遥かに強靭な真祖であろうと、吸血鬼自体は、聖気の籠った攻撃への抵抗力が高いわけではない。
不意打ち、かつ、先ほどに数倍する強烈な聖光と連鎖爆発。
ついでに、中に入っていた予備の破邪銀の杭が砕けることによる散弾。
ノスの体は流石に耐え切れず、聖光によって脆くなった全身を破邪銀の破片に切り刻まれて、爆圧によって半身が抉り取られる。
そこに、さらに。
「「〝清めよ〟!!」」
館が崩れ落ちる前に、オーディアが退避を指示したシロンは、あの後クーロと合流していたようだった。
塔の外周を回り込んだのだろう、声が聞こえたのは背後から。
双子が浄化の力を行使して、さらにダメ押しで、ノスが体に溜め込んだ瘴気を消滅させていく。
「〜〜〜〜ッッ!!」
炎と聖光の中にいるノスが、ついに声なき声で絶叫した。
吸血鬼の傷は、炎によって炙られたら再生が鈍る。
ノスよりはマシだが、少し離れた位置で同じように爆圧と破片に対して踏ん張っていたオーディアは、息を止めて治癒に注力しつつも敵のシルエットから目を逸さなかった。
視界の中、もうもうと舞い上がるのは、館の灰と爆発による粉塵。
そして目印は、粉塵の中に聳え立つ浄化の聖光。
ノスが口から瘴気を、体から青い血を吹き出しながら、抉られた体の右側を押さえるような仕草を見せた、ところで。
「戦女神の、御名の下……」
オーディアは腰に差していた予備の銀杭を左手で掴み、全力で、燃え盛る瓦礫の中に踏み込んでいく。
標的は、吸血鬼の真祖。
不可侵暴力に生存闘争を仕掛けてきた、張本人。
「敵は見つけ次第ーーー」
館の瓦礫と炎を踏み抜きながら、オーディアは右半身をほぼ失っているノスに肉薄し、逆手に握った銀杭をその胸元に突き込む。
度重なる仕掛けで、ようやく脆いイキモノと化した真祖の胸元に、銀杭の先端が突き刺さった。
〝破邪の聖女〟オーディアは、銀杭から手を離して、さらに体を捻り。
「ーーー喰い殺すのですわ」
右手に短く握った戦鎚を、銀杭の頭に、思い切り叩きつけた。




