時間を稼ぎます。
「赤子……?」
問い返しながら、オーディアは真祖に向き直りつつ、横に跳んだ。
噛み千切られて落ちた腕を戦鎚で掬い上げ、血が噴き出す傷口に当てて治癒の力を行使すると、再生してくっついた。
何事もなかったかのように感覚が戻り、軽く握ったり開いたりして確かめる。
問題はなさそうだった。
もっとも治癒の力は、肩口から破れた聖女服や流れた血まで修復出来る力ではない為、左肩から布が垂れて素肌は覗いたままだ。
さらに聖女服の半身は、血まみれかつ大量にそれが染み、少し重くなってベタついている。
邪魔だけれど、パイルバンカーを腕に装着してる為、千切れた袖すら取ることは出来なかった。
「……血は美味いが、どちらが化け物か分からんな。腕を千切られても平然としているとは」
「慌てて泣き喚いていれば死なないのなら、そうしますが」
オーディアは会話に応じながら、館を燃やす炎に照らされた真祖を観察する。
「そういう世界に、生きていなかったもので」
姿を見せて塔とオーディア達の間に立っているソレは、中肉中背の、ごく普通の男性の姿をしていた。
真祖の特徴である青白い肌。
吸血鬼の特徴である瞳孔のない赤い瞳。
敵意を示す鋭い牙。
しかしそれ以外は、普通という言葉が似合う、そんな男だった。
少なくとも、生前勇猛な戦士だったようには見えない。
彼と対峙するオーディアの破れた聖女服が、館を燃やす炎の勢いに微かに煽られている。
その熱風に乗って漂うのは、自分の血の鉄臭さと、燃え落ちたものの焦げた臭い。
火の粉や黒い炭が視界に舞い散る中、オーディアは問いかけた。
「貴方が先ほど口にした赤子とは、〝神の隠し子〟ミルのことでしょうか?」
「教会の前に捨て置かれた子だ」
「なるほど、であれば、確かにわたくしが保護させていただいておりますわね」
ーーー油断ですね。
腰に手を当てたオーディアは、どうやら対話を望んでいるらしい真祖に対して、そんな感想を抱いた。
舐めているのかそうでないのかは不明だが、話が聞きたいなら二人を始末できる間に始末しておいて、残った一人にでも聞けばいいのである。
それを、オーディアが腕をくっつけるまで待ち、双子に意識も向けていないようだった。
力は強大だが、どうやら外見通り、闘い慣れているようには見えない。
いつでも殺せる自信があるのかもしれないが、どちらにしても油断は油断である。
「貴方は吸血鬼です。置いた方も女性の吸血鬼であったという情報があります。あなた方が親である証拠は?」
「……そんな問いかけに答える必要があるのか? 僕が聞きたいのは、赤子を返すのか返さないのか、ということだけだ。死にたくはないのだろう?」
少し苛立った様子で早口に言い返してくる真祖に、オーディアは薄く笑みを浮かべた。
「あの子は、この場にはおりません。そして我々は聖女です。エイン教会の教義に従い、貴方がミルを『人の子』であると証明出来ないのであれば、お返しする理由はありません」
「勝手に子に名付けた上に、愚弄するか……! あれは、私とプリセイアの子だ……!!」
「名に拘りがありますか? であれば、貴方も正々堂々名乗られては?」
プリセイア、というのが、ミルを教会の前に置いた女吸血鬼の名前なのだろう。
髪色などからクーロが推測した通り、始末した三体の眷属とは別に、もう一体いるようだ。
相手から情報は取れたが、こんなやり取りに実は意味などない。
少しでも会話を長引かせる為に、口を開き続けているだけである。
「……我が名は、ノス。返すつもりはない、ということだな?」
「ええ」
オーディアはパイルバンカーを構えながら、にこやかに頷いた。
時間稼ぎは、終わりだ。
「ーーーだって貴方は、今から滅ぶので」
オーディアの言葉と同時に、双子が声を揃えた。
「「〝清めよ〟!!」
その瞬間、ノスと名乗った真祖の足元と頭上に魔導陣が浮かび上がり、太い円柱を形成するように、聖光がその間を貫く。
「ガァ……ッッ!!!」
完全な不意打ち。
流石に最上級に近い聖光の攻撃は効いたのだろう、ノスが苦悶の声を上げながら体を折る。
「この……卑怯者がァ……!!」
だが、どうやらノスは思った以上に力を持っていたらしい。
瘴気を発して聖光を押し戻すと、こちらに飛び掛かってきた。
しかしオーディアも、今度は黙ってやられるつもりはない。
「卑怯? これは戦術です」
双子の仕掛けと同時に口でピンを引き抜いたのは、腰に手をやった時に握った【聖光榴弾】。
それを、飛び掛かってきたノスの鼻先に放り出す。
そして、短く持った戦鎚の先端でノスの鼻先に叩きつけると同時に、全力で治癒の力を行使した。
カッ! と輝きながら榴弾が炸裂し、今度は聖光と炸裂の爆圧がノスを襲う。
強烈な聖光によって弱体化している真祖の頭が吹き飛んで飛び散り、戦鎚の勢いである程度は防いだものの、オーディア自身も破片によって傷つく。
が、治癒に集中さえしていればオーディアの再生力の方が高い。
サイエンの作った【聖光榴弾】に聖気を込めて完成させているのは、他ならぬオーディア自身である。
「わたくしはオーディア。正々堂々、生存競争に挑む者です。フリギィオや仲間達の死の上に立つ以上、『生き残ること』に優先する何かは存在しません」
ブワッと霧化して爆風に乗って距離を取るノスに、今度こそ聖水の瓶を引き抜いて応じる。
「大体貴方も、彷徨う魂を捕らえて傀儡人形を作り出し、旅人を襲って眷属と化し、ミルを拐うのにも利用するという手法を選んでおります。卑怯な上に、邪悪でしょう」
度重なる聖気の連撃に、これ以上の消耗を厭うたのか、ノスは矛先を双子に向けたようだった。
背後に向かう瘴気の霧を追いながら、オーディアは告げる。
「貴方は、断罪に値します。ーーー戦女神の御名の下、サーチ&デストロイですわ」




