真祖を確認しました。
「……用途の見えない塔ですね」
オーディアは眉根を寄せた。
位置関係と構造からして、見張り台のようにも見えるが、塔の上には鐘を吊り下げるための屋根がない。
また、おそらく中は螺旋階段になっているのだろう、という円柱型ではあるものの、塔自体がかなり巨大だった。
「ボクはこれ、同じようなの見たことあるかな」
「ウチもこれ、同じようなの見たことあるかも」
「そうなのですか?」
オーディアが問いかけると、双子が頷く。
「昔住んでた、森の家の本で見たのと似てる」
「この塔、領主の館より先に作られたのかも」
「なるほど……領主が塔を建てたのではなく、塔がある場所に館を作ったと?」
「多分そうかな」
「多分そうかも」
オーディアは、二人の言葉に納得した。
この塔は『古代の遺物』と呼ばれるものなのだろう。
オーディアは然程詳しくないけれど、フリギィオの持っていた聖剣が作られた頃は、今より魔導文明が発達していたらしい。
故に、強固な建物や今では作れない強力な魔導具などが各地に残っていたり、発掘されたりすることがあるのだ。
教会の教書に記されている魔導文明が滅んだ理由は『神の怒りに触れる行いをしたから』だとされていて、全ての中心だった首都が神の雷によって滅んだことで、徐々に衰退したそうだ。
「では、より一層気を引き締めていかねばなりませんね」
オーディアは、双子に警戒を促した。
二人も理解はしているだろうけれど、意思疎通の為にはきちんと口にする必要があるのだ。
古代の遺物である建物の中には、稀に危険な品や罠が残されている。
代表的なのは魔鉄人形と呼ばれるもので、魔導の力によって動く強力な人形だ。
傀儡人形など比べ物にならない程の力があり、吸血鬼の真祖がここを棲家にした理由は、もしかしたらそうした部分にあるのかもしれなかった。
「では……」
と、オーディアが足を踏み出すと、塔の上から突如無数のコウモリが湧き出して来た。
今までとは比べ物にならない速度で飛来するそれらに、シロンが咄嗟にガトリングを構えて応じる。
ガガガガガッ! と放たれた弾丸が正面からコウモリらを貫く、が……群れは勢いを全く緩めることなく向かってきた。
「散開!!」
オーディアは声を掛けながら、深く上体を屈めて前に跳んだ。
地面スレスレまで身を縮めた背中の上を、今までとは比べ物にならない濃度の瘴気を纏ったコウモリの群れが通り過ぎていく。
「ヤバ……!」
「これ……!」
左右に跳んだクーロとシロンも気づいたのだろう。
「ーーーそれは真祖です!!」
オーディアは、身を起こしてその場でターンしながら、脇を締めてパイルバンカーを構えた。
吸血鬼には、先ほどヴァンパイアが使った霧化以外にも幾つかの形態変化能力がある。
個体によっては使えないものもあり、技量や吸血鬼自身の強さによってまちまちだと言われているが、真祖は全て使える筈だ。
攻撃能力はないが、完全に物理攻撃を無効化するのが霧化。
物理攻撃を受けるが、高速移動する群体に変化する蝙蝠化。
そしてもう一つ。
不意打ちを避けられて、一度上空に急上昇しながら、コウモリの群れは急角度で旋回した。
そして、落下するような角度でオーディアに狙いを定めたソレらが、一瞬で巨大な狼の姿に変わると、その勢いのまま顎を大きく開いて突っ込んで来る。
物理攻撃に特化し、強力な魔術の一撃すら弾く毛皮を備えた形態変化……狼化だ。
「Fire!」
眉間の一点を狙って銀杭を射出するが、僅かに逸れて狼化した真祖の頬の横を掠める。
ジュッと焼けた音がしたが、かすり傷だろう。
攻撃が外れたと同時に、オーディアは体を左に捻った。
そのまま、今度は右手に握った戦鎚を横っ面に叩きつける、が。
その瞬間、真祖がブワッと霧になって空振りした。
ーーーフェイント……!
読まれていたのだ。
相手の技量が見えない中での読み合いは、おそらくこちらの動きを見ていたのであろう真祖に軍配が上がった。
「オーディア姉ぇ!」
「ワントップ陣形!! 対個体対非物理戦闘!!」
鋭く声を上げるクーロに、オーディアはそう怒鳴り返して、パイルバンカーのグリップから手を離した。
今までの陣形は、ツーアップ対集団戦闘……防御担当のクーロ、射撃担当のシロン、遊撃担当のオーディアという形で、相手によって対応を変えるもの。
対してワントップは、オーディア一人が直接対決する囮兼前衛、双子が後衛になる陣形指示である。
対個体戦闘は、強力な魔物に対して複数人で仕掛けるという意味。
対非物理戦闘は、物理攻撃が有効ではない相手へ対処するという意味である。
ーーーこれ自体は、予定通り……。
双子が突入部隊に選ばれたのは、真祖相手でも有効な、強力な浄化の術を持っているからだ。
だが、その浄化の術を使う為には、彼女らは一度動きを止めて、力を合わせる必要があった。
そしてオーディアが残りの一人に選ばれたのは、真祖相手でもタイマンを張れるから……というよりも、フーインの町教会の聖女の中で、自分しかそれが出来ないからである。
オーディアの治癒の力は、聖女の中でも破格なのだ。
たとえ『称号持ち』であっても、本来、戦闘を継続しながら治癒の力を行使することは出来ない。
けれど、非物理状態の相手に、オーディアが取れる対策は限られていた。
基本は、聖水による範囲攻撃。
他には、戦鎚に聖気を纏わせて聖水を振りかけて振り回すことによる牽制や、【聖光榴弾】の爆発等だ。
今回、サイエンがパイルバンカーを改良してくれたことで鎖を振り回すことも追加されたが、素早い真祖相手には向かない。
後は、『肉の盾』として立ち塞がり、真祖の意識をこちらに向けさせ続けること、だ。
どういう方法であっても、浄化の術を発動する時間を稼がなければならない。
逆にそれさえ出来れば、真祖であっても滅することが出来る。
オーディアは、霧化した真祖に向かって、聖水の雨を降らせようと残りの瓶に手を伸ばしたがーーー。
ーーー背後に顎だけ出現した狼の頭に、肩口から左腕を噛み千切られた。
「ッ!!」
許容を超えた衝撃による生理反応で、一瞬勝手に、体の動きが止まる。
ーーー動け……。
感じる時間の流れが、緩やかになる。
危機に際して起こる思考の加速現象だ。
ーーー動け……!!
死が迫る。
一瞬が命取りになる。
そんな緊張感の中、痺れたような僅かな痛みが走り始め、戦鎚を握った腕が僅かに反応した、ところで。
『死にたくなければ、赤子を返せ……』
真祖が、そんな言葉を発するのが聞こえた。




