ただ、愛していただけ。
「……煩わしい……」
領主の館の中で、外の騒がしさを鬱陶しく思った男は眉根を寄せた。
こちらはただ静かに暮らしたいだけだというのに、一体何を考えて邪魔をしに来るのか、全く理解できない。
そう思いながら、男は目の前に座る女性に向き直った。
金の髪に儚げな美貌を持つ彼女は、男の妻である。
瞳孔のない赤い目は生前とは違うものの、それは男も同じだった。
「プリセイア……何故、我々の子をあのような連中に渡したのだ……」
男の問いかけに、妻……プリセイアは小さく首を横に振る。
「私達の子ではありませんわ、あなた。ずっと、そう言っているではありませんか」
男の言葉に、彼女は悲しげに顔を歪めた。
「産んだ記憶もございません。目覚めた時にそこに居て『育てよ』と言われただけの子を、どうやって我が子だと思えるのです」
「……そんな顔を、しないでくれ」
男は、別にプリセイアを悲しませたい訳ではなかった。
ただ、このような姿になった以上、吸血鬼同士で子は望めず、それならばあの灰色の髪の赤子を共に育てても良いだろうと、そう思っただけだったのだ。
男は、かつて魔導陣学者だった。
プリセイアが側にいて、魔導陣の研究をして彼女と共に暮らす生活は、幸せなものだった。
他人から学者と呼ばれるにはあまりにも無名で、パトロンなど望むべくもない身分ではあった。
細々とした生活魔導具を売って日銭を稼ぐ生活は貧しいものではあったが、男にとっては幸せな生活だったのだ。
プリセイアが、死ぬまでは。
彼女だけだった。
魔導具作りを共に喜び、面白さを理解して分かち合ってくれたのは。
だが、男の稼ぎでは病に冒された彼女を癒すだけの薬代を捻出することも出来なかった。
近くにある教会の神父は強欲で、治癒には多額の寄付が必要だった。
それでも必死に手は尽くしたが、ダメだった。
男は絶望した。
だから今度は、必死に彼女を生き返らせる方法を探したのだ。
神の奇跡でも、死霊術士の技でも、何でも良かった。
だが、方法は見つからず……ついに、禁呪に手を出した。
魔導陣の研究ばかりをしていた男は、人を『魔性』に成り代わらせる方法を記した書物を、読解出来たからだ。
研究の為とその本を借り受けて、どうにか条件を満たした。
男は喜びを感じた。
嬉々として自らが『魔性』と化し、死骸に血を与えると、妻は蘇った。
『プリセイアの魂が常に自分に寄り添っている』と教えてくれた人物の言葉通り、彼女の魂が戻ったのだ。
吸血鬼の真祖として力を得た男は、今後二度とプリセイアに苦労はさせまい、と、魔導具の材料である、彷徨う魂を求めてこの街に辿り着いた。
幻影を投じて街並みを整え、人形らを住まわせることで小領主に収まったのだ。
食事は、街を訪れた旅人だった。
だが、プリセイアはその血を決して口にしなかった。
飢え渇きながら弱っていく彼女に、どれほど血を飲んで欲しいと懇願しても聞き入れてはくれない状況に男は焦った。
ーーーこのままでは、またプリセイアが死んでしまう……!
説得しても無駄だったので、男は必死で方法を考えた。
彼女がようやく血を口にしてくれたのは、旅人を殺さずに催眠を掛け、血だけを軽く抜き取ってそれを提供した時。
なのに、その血を口にして力を取り戻したプリセイアは、逃げてしまった。
『育てよ』と預けられた子を連れて。
ーーー何故だ、プリセイア……!
彼女は男の眷属であり、その居場所はすぐに分かる。
見つけ出して捕まえたが、あの赤子は連れ帰ることは叶わなかった。
片田舎にあるのに、奇妙な程に強力な聖結界が張られており、男の力を持ってしても中に置かれた赤子の籐籠には手が出せなかったのだ。
そして彼女は、また血を口にしてくれなくなった。
大切なのはプリセイアのみだが、赤子を放置するわけにもいかず、男は策を講じた。
ちょうどよく街を訪れた人間の旅人に依頼して、赤子を連れ戻すように伝えたが……その旅人も失敗した。
『相方が捕まったので策を練り直す』と報告を受けてから、連絡はない。
ーーー何故こんなにも上手くいかん……!!
せっかくプリセイアを蘇らせ、また二人の生活が始まると思ったのに、次から次へと厄介事ばかりが舞い込んでくる状況に、男は苛立ちを募らせていた。
プリセイアが血を飲んでくれないことは心配だが、彼女に不満はない。
だが、周りの連中は最悪だった。
街に配置した傀儡人形も、全く役に立たない。
ことが終わったら全て壊して作り直そう、と思っていると。
「あなた、もうやめましょう。……私は死んだのです」
また、プリセイアはそんなことを言う。
「あなたももう、生きているとは言えません。人の為に魔導具を作っていたのに、今は人を襲っています。そんな犠牲の上に永劫を生きて、一体何の意味があるのです……」
彼女は、いつもの悲しそうな顔のまま、そう口にする。
そんな顔をさせたくて、生き返らせた訳ではないのに。
プリセイアは再会してから一度も、笑顔を見せてはくれなかった。
「それでも僕は、君を失うことに耐えられないのだ……!!」
男は、プリセイアに背を向ける。
どうしても無理そうなら、無理やりにでも血を飲ませなければならないだろう。
彼女にそんな振る舞いをすることに抵抗はあったが、また死なれてしまうことに比べれば遥かにマシだ。
「少々、外が騒がしい。様子を見てくる」
男は、赤子のいる教会に住んでいるのだろう連中がこの館に入ってきたのを感じていた。
プリセイアに背を向けて、さらに言葉を重ねる。
「君はここで待っていてくれ。すぐに済むと思うから」
「あなた、もう、これ以上は……」
男は、まだ何かを言い募るプリセイアの言葉を最後まで聞かず、そのまま部屋を出た。
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