戦闘開始、ですわ。
「とりあえず、一回ぶち込むゅ☆」
イロカは、両手に扇を手にして舞いながら、唄を口ずさみ始める。
『称号持ち』の聖女は、必ず一つ飛び抜けた力を持っていた。
治癒、浄化、預言など聖女の力の種類は様々だが、多くの聖女は強弱はあれどそれらを合わせ持っている。
中でも特定の力がより強い聖女……『称号持ち』は、『祈り』の性質が一つの方向に強く向いていることが多かった。
祈りとは、言い換えれば『力を使う為に想いや対価を捧げる』こと。
イロカであれば奉納の儀式であり、双子であれば聖気そのものである。
『何にどれだけのものを捧げるか』が聖女の力の源なのである。
例えばクーロとシロンの力が最も強まるのは、『力を行使する際に、お互いが側にいる時』。
親に疎まれ、捨てられ、お互いしか頼るもののなかった2人が祈ったのは、死の瞬間まで共に在れることだったからだ。
元々備えていた双子の力がさらに強まったのは、その祈りの強さ故であり、祝福であると同時に制約でもあった。
イロカは力を行使する際に、舞い踊り、唄う。
彼女は元々踊り子であり、イロカを身請けした武闘家はそれを何よりも好んだ。
『いつまでも楽しく舞い踊り、歌いたい』というのが、彼女の祈りである。
その為、イロカが踊りを奉納すると聖結界が辺りを包み、唄う内容に合わせて、精霊がそれに応えるのだ。
「〝燃え盛る一夏の情熱は、幸福の訪いか、反して破滅の足音か〟……♪」
楽しそうに、嬉しそうに、唄う彼女が一度その場で回転して、優雅に空に腕を伸ばす。
「〝其は焼き尽くさん、炎の精霊の如く、我が身すらもその激しさに〟……♪」
妖艶に笑むイロカの扇と視線の先には、空を埋め尽くさんとするコウモリの群れ。
「〝ただ浮かされ、委ねよ、全てを!〟 ーーーイーたん、お願いするゅ⭐︎」
その瞬間、彼女が人差し指に嵌めた指輪から炎が吹き上がった。
迫り来るコウモリを焼きながら火柱となって中天を貫いたそれが、空中で球体となって、赤子のように身を縮めた何かがその中にポツンと生まれる。
ーーー炎の精霊。
イロカの招来に応じたのは、外に向かって捻れた赤い牙とツノを持ち、炭のように真っ黒な肌の精霊だった。
人に似た四肢を備え、煙の立たない炎に包まれた、厳つい顔の異形である。
『我は一の指輪の精、イーたん。……主の願いに応えよう』
オォオオォ……と空気を震わせる音を立てて、イーたんを包む炎が四方八方へ向けて燃え広がる。
炎の舌に捉えられたコウモリの大多数が焼き尽くされて視界が開けたところで、オーディアは声を上げた。
「突入します」
そのまま、地面を蹴って柵を飛び越え、高台の斜面を滑り下りるようにこちらに向かってくる傀儡人形達に、パイルバンカーを向けた。
「Fire!」
引き金を絞りながら聖気を注ぎ込むと、破邪銀で出来た極太の杭がドン! と射出される。
そして、パイルバンカー内部に仕込まれた魔導陣が反応し、半透明の鎖が突き進む杭と本体の間に形成された。
傀儡人形をその先端が貫くと、後ろの別の個体にまで突き刺さる。
ーーー相変わらず、良い威力です。
サイエンの兵器作りの腕前が鈍っていないことに満足しつつ、オーディアはグイッと腕を引いた。
鎖がしなり、突き刺さった傀儡人形ごと横薙ぎに払うと、駆けていた数体に衝突し、グシャッとひしゃげて体が砕ける。
思った以上に軽く、脆い相手だ。
「その程度の強度では、わたくしのような強いイキモノには遠く及びませんよ」
オーディア自身の祈りは、単純でかつ明瞭だった。
『ただ、生きる為の力を』である。
しかしそこには、誰よりも生き汚い自分の全てが込められていた。
死は死。
ソレになったら全てが消える。
飢餓、病、暴力……この世には様々に、魂と肉体を損耗させ奪い去る死の化身が存在していた。
打ち捨てられ、頼るものすらない中、ソレらに晒されたオーディアは。
飢えに苦しみ、腐ったものを喰って体に回る毒素に苦しみ、最後に新鮮な肉を喰おうと幼い自分の首を絞める浮浪者に与えられる苦しみの中で、ただこう思ったのだ。
ーーー生キタイ。
ーーー死ニタクナイ。
何よりも、ただ強く。
気がつけば、浮浪者が何故か吹き飛び、体が楽になっていた。
飢えだけは残っていたが、空腹を満たそうと何を食べても、それ以上は何の苦しみも生まれなかった。
〝破邪の聖女〟の覚醒は、地獄の底のような掃き溜めで行われたのだ。
脆くないイキモノになれば、強靭なイキモノになれば、生きられる。
それを知ったオーディアは、そうなるように願い続けたのだ。
だから〝破邪の聖女〟の聖気は、どれだけ飢えても体を動かし続けられるように作用する。
だから〝破邪の聖女〟の聖気は、毒を受け付けず健やかさを保ち続けるように癒しを齎す。
だから〝破邪の聖女〟の聖気は、魔獣すら持ち上げて縊り殺せる程の膂力を施してくれる。
「この程度なら、寝ていても対処出来そうですね」
「そんなの、オーディア姉ぇだけ」
「そうだね、オーディア姉ぇだけ」
共に高台から滑り降りていた双子が、それぞれに武器を構える。
クーロは手にした槍で、右から的確に迫り来る傀儡人形の頭を刺し貫いて行った。
シロンは手にしたガトリングを取り回し、左から迫り来る傀儡人形達を打ち貫く。
「油断はダメだゅ☆ いつでもガチらないとマムに怒られるゅ☆」
「油断はしていません。ただの感想です」
後から来たイロカが口にするのに、オーディアはそう応じた。
彼女は聖結界を保つ為に踊り続けなければならないが、実はその場から動けないというわけではない。
剣舞、と呼ばれる舞踏術は、本来武術であり、イロカはステップを踏みながら舞うように動くことが出来るのだ。
そして彼女が両手に握っている扇は、一本一本が鋭い刃になっていた。
傀儡人形が伸ばす腕を掻い潜って聖気を込めた扇が閃く度に、人形の首が切り裂かれて、そこから瘴気の煙が上がる。
オーディアに砕かれたモノらも、双子に破壊されたモノらも同様に煙を上げていた。
このように『瘴気で動く』類いの魔物、特にアンデッドと呼ばれる魔物の対処は、オーディア達が最も得意とするところなのである。
オーディアは、射出用とは別に、パイルバンカーに新しく追加されているもう一つの引き金を中指で絞ると、魔導陣が反応して鎖を巻き取り始めた。
先端に繋がっている射出された杭も巻き取られて、再びガシャン! と本体の射出口に収まる。
「損耗と装備の重量を抑える、良い改良です。応用幅が広いのもありがたいですね」
「持ってないといけない杭の量が少なくなってても、元が重た過ぎて、最初からオーちんしか使えないゅ☆」
イロカがまぜっ返したところで、双子がそれぞれに声を上げる。
「あのコウモリって、攻撃するだけじゃないみたいだな」
「あのコウモリって、傀儡人形の回復手段でもあるのね」
オーディアは、その言葉に頷いた。
一度動きを止めた傀儡人形にコウモリがゾゾゾッと近寄ると中に吸収され、壊れたままではあるものの、再度動き始めたのだ。
大半の個体は足や体が破壊されていると動きがおかしく、頭を破壊された個体は目が見えていないような動きをしているものもいる。
コウモリも、イロカに付き従うイーたんが順次払っているが、未だに湧き出し続けているのでイタチごっこになっていた。
「動きは鈍っているようなので、脅威ではありませんが……動きの個体差は何なのでしょう?」
オーディアは疑問を抱いた。
中には、頭が無事な傀儡人形も目が見えないような動きをしていたり、体が無事な個体も動きがおかしかったり、あるいは破壊していないのに動きを止めている個体もいるようだ。
オーディアは、試しに戦鎚を振るって頭から一体叩き潰してみた。
中年男性のような姿をしたそれを、紙を引き裂くように頂点から股下までグシャッと押し潰して真っ二つにしてみる。
すると、瘴気が立ち上り、一度動きを止める。
その後、コウモリが入ると再び動き出し、左右に分かれたまま腕と足を動かしている。
こちらに這い寄るでもなく、腕と足を使って立ちあがろうとしては転ける動作を繰り返し始めた。
「……もしかして」
オーディアがあることに気づくと、傀儡人形の一体がいきなりパァン! と頭を貫かれて弾け飛んだ。




