第七章:17歳のアンコール
Girls Just Want to Have Fun/Cyndi Lauperを聴きながら読んでもらえると嬉しいかな
文化祭当日。ざわめきと熱気が渦巻く体育館の照明が、ふっと落ちた。これから始まるステージに、観客の期待のこもった視線が集中する。
舞台袖に並ぶ2年B組の生徒たちの顔には、どうしようもないほどの緊張が浮かんでいた。
舞台袖の隙間から客席を見やると、最前列には生活指導の鬼瓦、そしてその隣には担任の斉藤先生が座っているのが見えた。斉藤先生は腕を組み、生徒たちにしか見えないように、かすかに笑みを浮かべた。
学校側との約束通り、ステージの上には音響機材が一切ない。ピアノが一台、ぽつんと置かれているだけだ。
人垣のずっと後ろで、村上豊の父が、発売されたばかりだという大きな家庭用ビデオカメラを肩に担いでいた。息子たちの、たった一度のステージを記録するために。そのレンズが舞台袖に向けられた瞬間、本番前だというのに恵がひょっこりとファインダーに飛び込んできた。
「おじさん、もっと前、もっと前!」 レンズに向かって無邪気に手を振る恵の姿に、豊の父は思わず笑みをこぼす。使い慣れないビデオカメラに撮り逃すまいと録画ボタンは、もう押されていた。
カメラは一度、ピアノの前に座る順子の後ろに回り込み、これから始まるステージを見つめる生徒たちの背中を映し出す。その映像の隅で、恵が慌てて自分の立ち位置へ戻っていくのが見えた。
やがて、順子が鍵盤に置いた指が、静かに動き出す。『翼をください』の、あまりにも有名なイントロが体育館に響き渡った。
「♪いまーわたしのー、ねがいごとがー」 最初は緊張で硬かったクラスメイトたちの歌声が、順子のピアノに導かれるように、次第に一つのハーモニーとなっていく。
恵は、隣に立つ静香の横顔を盗み見た。彼女は、まっすぐに前を見据えている。その瞳の奥に、揺るぎない決意の光が宿っていた。
そして、運命の瞬間が訪れる。合唱が終わり、ピアノが間奏を刻み始める直前。その瞬間、順子は約束通り、ぴたりと演奏を止めた。
伴奏も、そして歌声もない、完全な静寂。体育館にいる誰もが息をのむ。何が起きたのかと、困惑のざわめきが広がりかけた、その時だった。
静寂を切り裂いて、静香のアカペラが響き渡った。それは、順子と二人で練り上げた、原曲よりもずっとスローテンポな、祈るようなバラードアレンジだった。
♪ I come ・・・・・
スローな分、一音一音を長く伸ばす圧倒的な声量が必要となる。だが静香は、マイクがないことなど微塵も感じさせない魂の歌声で、体育館の隅々にまでその想いを届けていく。
♪Oh, mama dear,・・・・
夢への決意、仲間への感謝、そして愛する人との別れの痛みを全て乗せた歌声。
静香の視線の先には、クラスの列の中で、唇を固く結び、込み上げる涙を必死にこらえている浩一の姿があった。
彼の瞳は、ただまっすぐに、生涯忘れることのないであろう光を放つ静香の姿を焼き付けていた。 最後のフレーズを、静香は全身全霊をかけて歌い切った。
歌声の最後の響きが体育館の空気に溶けていき、再び訪れる完全な静寂。
一秒、二秒。
その静寂を破ったのは、一人の生徒が弾かれたように叩いた手のひらの音だった。
それを合図に、一人、また一人と拍手が続き、それはやがて体育館全体を揺るがすような、割れんばかりの拍手の嵐となった。
教師も生徒も関係なく、ただ魂を揺さぶられた感動のままに、賞賛の音を送り続けていた。 それは、二度と戻らない青春の、眩いほどの輝きそのものだった。




