第六章:プレッシャーという名のスポットライト
歌詞の一部和訳にしました
文化祭を数日後に控えた放課後。2年B組の教室は、これまでになく熱気に満ちていた。豊が持ち込んだカセットデッキから流れる洋楽。ステージの背景を描く女子たち。それを手伝う男子たち。クラスは、一つの目標に向かって確実に回り始めていた。
その教室の喧騒に、ふらりと入ってきた人影があった。担任の斉藤だった。生徒たちは一瞬、動きを止め、緊張した空気があたりを支配する。作戦が、ついにバレたのか。
「おー、やってるな」 斉藤は、腕を組み、面白そうに教室を見回すとニヤリと笑った。
彼は恵と浩一を手招きし、廊下へ連れ出す。
「お前らが楽しそうにしてるって、職員室でもっぱらの噂だぞ。『今年の2年B組は、本気で文化祭に取り組んでる』ってな」
その言葉に、二人は顔を見合わせる。教師たちに怪しまれているのは間違いなかった。
「あの、先生……」恵が何か言い訳をしようとしたのを、斉藤は片手で制した。
「別に、説教しに来たんじゃねえよ」彼は悪戯っ子のような目で二人を見た。
「俺にも一枚噛ませろ、とは言わねえ。見てるだけだ。だけどな」 斉藤は、そこで一度言葉を切り、真剣な眼差しになった。
「もし、当日何か問題になっても、全ての責任はこの俺にある。いいな? お前らは何も気にするな。ただし、宮前の歌がただの道楽だったら、容赦なく説教する。いいか、あいつの歌が、全ての言い訳になるほどの『本物』であるか、お前らは証明してみろ」 そう言って、斉藤は豪快に笑った。
規則と建前の世界にいる大人が見せた、予想外の「共犯宣言」。それは、恵たちの胸にあった最後の不安を、綺麗に吹き飛ばしてくれた。最大の味方を得たB組の熱狂は高まるばかりだった。しかし、その裏で、ある噂が静香を新たな重圧のもとへと押し上げていく。
「B組の宮前静香が、学校を辞めて歌手になるらしい」その噂は、あっという間に校内を駆け巡った。最初はただの事実だった噂は、人の口から口へと渡るうちに、どんどん大きく膨らんでいく。
「町の歌が上手い娘」だったはずの静香は、いつしか「プロデビューが決まっている本物の歌手・宮前静香」になっていた。廊下を歩けば好奇の視線が突き刺さり、知らない下級生から「応援してます!」と声をかけられる。
それは、普通の17歳の少女なら押し潰されてしまいそうな、巨大なプレッシャーだった。だが、静香は違った。
(面白いじゃない)
彼女は、自分に集まる期待という名のスポットライトを、むしろ楽しむように全身で浴びていた。向けられる視線が多ければ多いほど、ステージに立った時の快感は大きくなる。雑音が大きければ大きいほど、自分の歌声で黙らせた時の喜びは増すはずだ。
その日の夕暮れ。すっかり生徒の気配がなくなった校舎の、第二音楽室。静香は一人、アカペラで歌っていた。 ――ちょっとした楽しみが好きなだけ... 開いたままのドアに、斉藤がそっと寄りかかり、静かに聴いていることに彼女は気づかない。
キリのいいところで、斉藤はわざとらしく咳払いをした。 「おい、宮前」 驚いて振り返る静香に、彼はぶっきらぼうに言った。
「あんまり根詰めんなよ。そろそろ帰れ」 その声は、どこまでも優しかった。本番のその瞬間まで、最高の歌声を響かせるために。静香は何度も、何度も歌を練習した。




