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第四章:選曲という名の革命

恵、浩一、静香の三人は、昇降口で火照った頭を冷ましながら、ピアノの練習を終えた順子が降りてくるのを待った。やがて、少し疲れた顔で現れた順子に、三人は矢継ぎ早に状況を説明する。物静かな彼女は、驚いたように目を丸くしながらも、最後にはこくりと力強く頷いてくれた。


四人で連れ立って、校門で村上豊と合流する。彼の家業である「ムラカミデンキ」は、学校から歩いて十分ほどの商店街にあった。


「へえ、そんなことになってたのかよ。マジむかつくな、学校って」道すがら、豊は自分のことのように憤慨してくれた。


「『自立』だの『個性』だの、都合のいい時だけ言うくせによ。結局、発表会みたいな場じゃ、学校のいい顔見せたいだけなんだよな」恵が悔しそうに愚痴をこぼす。そうだ、私たちはいつだってそうだ。校則という檻の中で、飼い慣らされた自由を与えられているに過ぎない。


「ムラカミデンキ」の看板が見えてくる。店のシャッターは半分閉まりかけていたが、豊が「おーい!」と声をかけると、中から作業着姿の父親が顔を出し、すぐに引っ込んだ。


「裏の作業場、使っていいってさ」豊に案内されたのは、半田ゴテの匂いのする、雑然とした空間だった。古い機材や段ボールが山と積まれ、まるで秘密基地のようだ。


「で、照明だろ? 親父にバレねえように、倉庫の古いやつなら何とかなるぜ。ピンライトくらいなら貸せる」豊の心強い言葉に、一同の顔がぱっと明るくなる。

照明の目処が立ったことで、計画は一気に現実味を帯びてきた。


「それで、曲はどうするの?」順子が、一番重要な問題を口にした。ここからが本番だった。


「やっぱり、静香のソロが目立つ曲じゃないと意味ないよね。『オー・ハッピー・デイ』とかどう? ゴスペルで、盛り上がるし!」恵が提案するが、豊が「あー…」と頭を掻いた。


「それ、多分マズいぜ。クラスの鈴木、実家がお寺じゃん。親父さんがPTAの役員やってるし」

「あ……そっか」思わぬ障害に、恵は肩を落とした。クラスという共同体は、想像以上に複雑だった。


「そもそも、ソロパート自体を学校が認めてないんだろ」浩一が、冷静に壁を再確認させる。

「正面から行っても、許可されるわけがない。だったら……」彼は少し間を置いて、悪戯っぽく口の端を上げた。


「先生たちを、騙すしかないな」 その言葉に、全員が顔を見合わせた。


「生活指導の鬼瓦、覚えてるか? あいつ、英語アレルギーなんだよ。去年の入学式で『グローバル』って何ですかって英語の先生に聞いてた。横文字なんて、聴き取れるわけがない」


「つまり、合唱曲の途中で演奏を一回止めて、その隙に静香がアカペラでソロを歌っちまうんだ。先生たちが気づいた頃には、もう終わってる」それは、ほとんど革命に近い、ゲリラ的な作戦だった。


「……面白い」それまで黙って聞いていた静香が、強い光を宿した瞳で呟いた。


「それなら、合唱曲は先生たちが安心するような曲がいいわね。『翼をください』とか」

「王道だな。誰も文句は言えねえ」浩一が頷く。

「じゃあ、静香が歌うソロは?」恵の問いに、静香は少しだけ考えると、はにかむように、しかしはっきりと答えた。


「シンディ・ローパーの、『ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン』」 1983年の大ヒット曲。女の子だって、ただ楽しみたいだけ。そのタイトルは、『翼をください』という従順な仮面の下に隠した、規律と伝統に対する静香たちの『革命』のメッセージそのものだった。 五人は顔を見合わせ、大きくうなずいた。逆境の中で生まれたこの小さな反逆の計画が、どうしようもなく楽しくて、たまらなかった。


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