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エピローグ:10年後のビデオテープ

あれから10年の歳月が流れた、1995年。地元の駅前にある、カウンターと小さな個室だけの居酒屋に、木村恵、倉前順子、そして村上豊の三人は集まっていた。


それぞれが家庭を持ち、社会人として平凡だが穏やかな日々を送っている。いつしか、浩一と静香の二人とは、完全に連絡が途絶えていた。彼らが今、この空の下のどこで何をしているのか、誰も知らない。


「でさ、うちの娘がまた言うこと聞かなくてさあ」「恵んとこも大変ねえ」 そんな、どこにでもある会話が途切れた時、豊がおもむろにごそごそとカバンを探り、一本のビデオテープを取り出した。


「親父が撮ってたやつ、実家の押し入れから見つけてさ。持ってきたんだ」 店の隅にある小さな個室を借り、備え付けのテレビにビデオデッキを繋ぐ。豊がテープを入れると、ノイズ混じりの画面に、10年前のあの日が映し出された。


『おじさん、もっと前、もっと前!』 最初に映し出されたのは、少し照れたような、それでいて自信満々な恵のドアップだった。


自分の声の若さに、恵が「きゃー、恥ずかしい!」と顔を覆う。カメラは、音響機材が何もない簡素なステージのピアノの前に座る順子を映し、そしてゆっくりとパンすると、あの時の緊張感をまとう生徒たちの背中がそこにあった。


懐かしさに、堪えきれない笑い声が個室に響いた。


だが、静香のアカペラが始まった瞬間、三人はぴたりと動きを止め、言葉を失った。


その時だった。個室の引き戸が、遠慮がちにガラリと開けられた。そこに立っていたのは、少し白髪の増えた、当時担任だった斉藤先生だった。


「……やっぱり、お前らか」驚く三人に、斉藤はバツが悪そうに頭を掻いた。


「いや、偶然この店で飲んでたら、個室から宮前の歌声が聞こえてくるもんだから。つい、な」 そんな偶然の再会に、また笑い声が上がる。


斉藤も輪に加わり、狭い個室で一緒に飲むことになった。聞けば、昨年からまた湊高校で教鞭をとっているらしい。


四人で、黙って画面を見つめる。色褪せた映像の中の静香は、痛々しいほどにひたむきに、未来だけを見つめて歌っている。そして、そんな彼女を、どうしようもないほどの切なさを込めた瞳で見つめる、浩一の横顔。


夢を追ってこの町を去った者と、地元に残り、根を下ろして生きる者。彼らの道が、もう交わることはないのかもしれない。だが、映像の中の魂の歌声は、10年の時を経ても色褪せることなく、今も変わらず胸を打つ。


「……あいつら、元気かな」 豊の呟きに、誰も答えなかった。ただ、過ぎ去った日のまばゆい記憶と、忘れたくても忘れられない胸に刺さるかすかな痛みを噛みしめながら、彼らは静かにグラスを傾ける。


すっかり酔いが回った豊が、ビデオテープを掴むと、斉藤にぐいと押し付けた。

「先生! これ、湊高校に寄贈します! な、俺たちの青春の証!」


「おいおい、こんなもんどうしろって言うんだよ」 困惑する斉藤を無視して、恵がマジックペンを借りてくると、ビデオのラベルにさらさらと文字を書き付けた。


テープに刻まれたタイトルは、少し歪んだ文字で、しかし力強かった。 『’85文化祭 合唱にかけた青春』 **その脇に小さく、**木村恵、参上!とある。 少し酔っているがその悪戯っぽい笑顔は、10年前のあの頃と、少しも変わっていなかった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きを現在校閲中です

近日公開できたらと思っております

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