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9 使命の自覚。みなさんのすべてが招かれているのです。

 キャンプ場は沢山の人でにぎわっていた。


 ボク等は、パパの車でキャンプ場の入り口まで送ってもらい、パパがキャンプ場の管理棟で受付をすませてくれた。


 家に閉じこもってばかりのボクを見かねて、パパが「キャンプでも行ってきたら?」と言ってくれたのだ。

 ママは、本当は行かせたくなかったのかもしれないけれど、


「アキラも、もう高校生だし、少しはアキラの自主性に任せようよ」


 パパの、この一言で、ママもオーケーを出してくれた。

 ボクは早速タダシとマユミに連絡をした。

 二人とも乗り気で、どちらのご両親も許可を出してくれた。


「じゃあ、明日。お昼前ぐらいには迎えにくるから、この辺で待っててよ」


「わかった!」


 パパの車を見送ってから、ボク等は割り当てられたログハウスを見に行った。

 ログハウスはキャンプ場の入り口近くからずいぶん離れたところにあった。

 離れていればいるほど、下界から遊離しているようで冒険気分は盛り上がるようだった。

 鍵を開けてログハウスの中へ入った。


 二段ベッドが二つあった。


「よし。じゃ、寝るところをまず決めとこうよ」


「ボクは、ここ!」


 ケントは二段ベッドの上にあがりこんだ。


「よし、それじゃボクはここだな」


 タダシとマユミは顔を見合わせて、


「あたし、上にする」


「わかった。それじゃ、ボクはここだな」


 寝るところさえ決まれば、後は心配ない。

 夕食も朝食もセットになった、お手軽なキャンプ場なので、ボク等は普段通りの格好だ。

 本当はキャンプというほどのものではないのかもしれないけれど、初心者にはちょうどいいかもしれない。

 ちょっとだけでもアウトドア気分が味わえればいい、ということで選んだキャンプ場なのだから。


「探検に行こう!」


 タダシは、ポケットから懐中電灯を取り出した。手のひらに入るくらいの大きさだ。


「これさ、凄いんだぜ! 光をしぼると五百メートル先まで明るく照らせるんだ。まるで棒みたいに光が伸びるんだぜ」


「フーン」


 ボク等はキャンプ場で探検を始めた。

 ログハウスからできるだけ離れて、人のいない方を目指した積りだったけど、どこも人で一杯だった。


 アスレチックを見つけると、ボク等はそこへ駆けていった。

 セミの鳴き声が降りしきる雨のように落ちてきた。

 沢山の人の間を縫うようにして、ボク等は「冒険コース」、「チャレンジコース」、「水上コース」と、設定されたアスレチックコースを次々と制覇した。

 ケントは興奮して大声をあげてはしゃぎまわった。

 タダシもボクも、慎重に最後までやり切った。

 マユミも、女の子にしては大胆に最後までついてきた。


「あ! あそこに吊り橋がある」


 ケントが指さす方を見ると、生い茂る木立ちの向こうに谷川がながれ、その上に吊り橋がかかっているのが見えた。


「あそこに行こうよ!」


 実際に谷川を見るのも、吊り橋を見るのも初めてのことだった。ずいぶん深い谷川のように見えた。


 走り出したケントの後を追って、ボク等も走った。

 谷川までの道は両側が鬱蒼とした木立に囲まれて、不思議な静けさが支配していた。

 ボク等は小径を、身を屈めるようにして通り抜けた。

 そこはひと気がなく、別の世界がひろがっているようだった。


 吊り橋が見えると、歓声を上げて走り出した。


 勢いよく足を踏み入れると、吊り橋が激しく揺れた。

 ビックリしてボク等は、「ワッ」と叫び声をあげて固まった。

 それから、互いに不安な顔を見合わせて、慎重に足を進めた。


 初めての体験にワクワク感とよろこびがおさえきれなかった。

 ちょうど中ほどまできたとき、風が吹いてきた。


 夏の夕暮れ匂いのする風、さわやかな、たっぷりとした風だった。

 風は、ボク等の全身をうるおして吹き渡っていった。

 ティーシャツを揺らして、風が中にまで入ってきて、じかに全身をなで回すように肌に触れると、ボクはたまらない快感を覚えた。

 そのとき、以前、どこかで、同じような快感を覚えたことを思い出した。


 ボクは夢を見ているような気がした。

 空を見上げると、どこまでも透明な青空が見えた。

 風が吹き、刷毛で描いたような雲がはしっていた。

 まるで飛翔する鳳凰のようだった。

 いつだったか、どこだったのか、思い出せないけれど、似たような空を見たことがあるのを思い出した。


 ……大海原が見えた。


 ボクは船に乗っていた。

 白い帆が大きく風を孕み、船は揺れながら、波打つ海原を進んでいた。

 ボクは成人した若者だった。

 陽に焼けた逞しい体つきをしていた。

 進行方向を見つめる眼差しは力強く、その先には未来がはっきりと見えているようだった。


 遠くから、ケントとタダシとマユミが賑やかに笑う声が聞こえてきた。

 ボクも一緒に笑った。


 ボクには家族も友達もいる。

 ボクは平凡だけれど、孤独じゃない。

 ボクを支えてくれる人がいる。

 ボクは安心して、ずっとつきまとっていた緊張感から解き放たれるような気がした。


 夕飯は豪勢だった。

 指定された場所にはバーベキューコンロが据え付けられ、もう火も起こされていた。

 四人分の肉はうまそうで、見たこともないほど豪華だった。

 指定された時間より少し早めにきたつもりだったけれど、もう食べ始めている人たちもいて、ビールやワインを飲んでにぎやかだった。


 子供たちだけのグループはボク達だけのようだった。

 なにも言わないのに、マユミがかいがいしく肉を焼きはじめた。

 やっぱり女の子なんだなと、ボクは感心した。

 焼き方がわからないと、すぐに近くにいる大人の女性に聞いたりしている。

 その姿を見て、


「マユミ、かわいいね」


 ボクがそう言うと、


「なんだよ、お前、そうだったのか。かわいいよな、マユミ」


 そう言って、タダシのバカは肉にかぶりついた。

 ケントはこっちを横目で見ながら、コーラをガブ飲みしている。

 ボク等はひと切れの肉も残さずに食べ切った。お腹いっぱいだった。

 なんだかうれしくてたまらなくて、みんな、ゲラゲラ笑いっぱなしだった。


「お兄ちゃん、また、あの吊り橋に行こうよ!」


 ケントの提案にボク等は飛びついた。

 すっかり暗くなった小径をボク等はワクワクしながら歩いた。

 タダシの懐中電灯が役に立った。

 細いけれど、力強い棒状になった光のタバが暗やみの中に小径を浮かび上がらせた。

 上に向けると、真っ暗な夜空をどこまでも切り裂くライトセーバーようだった。


 月は煌煌と輝いていたけれど、吊り橋は真っ暗だった。

 懐中電灯があるとはいっても、その上を歩くのは怖かった。

 揺れるたびに体がすくんだ。

 昼間は気がつかなかったけれど、下の谷側のせせらぎが大きく聞こえた。

 かなりの水量があるようだった。


「おい、もう、いい加減やめようぜ」


 タダシの声がふるえている。イライラしているのがよくわかる。


「こわいから、もう帰ろうよ」と、マユミの声もふるえている。


「お兄ちゃん、もう帰ろう」と、言いだしっぺのケントがボクの手にしがみついてきた。

 ボクは、しっかりとケントの手を握りしめた。

 ボクも、足の震えが止まらなかった。

 ようやく道に戻ると、ゾゾゾと、全身に鳥肌が立った。

「こわい!」と、初めて思った。


「帰ろう! ああ、こわかった!」


「帰ろう! 帰ろう!」


 真っ暗闇のなかで、小径はどこにあるのかわからなかった。


「こわいよ、お兄ちゃん!」


 ケントがまたしがみついてきた。


「こっちだよ! オレについてこいよ」


 タダシがライトセーバーで小径を照らし出して、それからその奥のほうまで光を当てた。

 生い茂った鬱蒼とした木立が気味が悪かった。


「アッ」とケントが声をあげた。


「見て、見て! あれ、ホタル?」


 ケントが指さす方を見ると、小さな光が幾つも明滅していた。


「ホタルだよね? ホタル?」


 小さな光に気づくと、その周りにも別の光が明滅しているのに気づいた。


「あそこにもいるよ!」


「いる、いる! 光ってる!」


「あそこにもいる!」


 小さな光は次々と現れた。

 まるでそこだけが特別な、別の空間のようで、幻想的だった。

 下は谷川だし、この近くにも水場があるのかもしれない。


 群生するホタルはまるで宇宙空間の銀河のように輝いていた。

 銀河を形作る一つひとつの星の光が移動するたびに、神秘的な空間が生まれた。

 その空間の奥はふかく、ひろく、どこまでも無限に続いているかのようだった。

 ボクたちは、そのあやしい美しさに魅了された。

 さらに少し歩いたところにも、ホタルはいた。


 目がなれてくると、ホタルは数え切れないほどだった。

 ホタルは、まるで、ボクたちに見付けられるのを待っていたかのようだった。


「すごい! きれい!」


「ゲームみたいだな……」


「ボク、あれが欲しいな……」


 ケントが手を伸ばすと、ホタルがその手の近くまで寄ってきた。

 ケントは、思いきって手を伸ばしてホタルをつかもうとした。


「危ない!」


 よろけて、頭から暗闇のなかに突っ込みそうになったケントをつかまえた。


「大丈夫か! 無茶するなよ!」


 ホタルが一匹、飛んできた。


「あっ! あたしのオッパイに止まった!」


「オッパイ!」と、ケントが叫んだ。

 ボク等はシーンと黙りこくって、ホタルを見つめた。


 ボクたちは、小径から見るホタルの神秘的な美しさにうたれて息をひそめた。

 誰も言葉を発しなかった。


 ボクはふと、おじいちゃんとよっちゃんのことを思い出した。

 二人はどうしているんだろうか? 

 どんな世界にいるんだろうか?


「そろそろ帰ろうか」


 そう言うタダシの言葉に、ボクたちは名残惜しい気持ちで小径を歩きはじめた。


 歩きながら、ボクは、『ああ、もう夏休みは終わりなんだ……』と思った。


『もう、間もなく、また学校が始まるんだ』。


 憂鬱だった。

 それにしても不思議な夏休みだった。


 ボクが体験したことは本当だったのだろうか。

 それとも、夢を見ていたのだろうか。

 みんな、あの交通事故からはじまっている。


 病院では異常はないと言われたけれど、頭のどこかがおかしくなってしまったんじゃないだろうか。

 ボクは大丈夫だろうか。


「ああ! 星がきれいだよ!」


 ケントが声を上げた。


「ああ、本当!」


 マユミのため息のような声が漏れた。

 満天の星だった。


「凄いな! こんな星空、見たことがない……」


「アッ! あそこに明るい星が見えるよ! すごい! あんな光る星、見たことない!」


 ケントの指さす方を見ると、ひときわ明るい輝きを放つ星があった。

 その星は周りの星とは違う、ひときわ大きな光を放っていた。

 しかも、緑や赤や紫の光を放ち、クルクルと回っているように見えた。


 その光から別の、小さな光が幾つも飛び出してきた。

 飛び出してきた光は、大きな光の周りを旋回し始めた。


「あれ、なに! 見て、見て!」


 近くで、そう言う声が聞こえた。

 気がつかなかったけれど、やはり吊り橋にきた人たちなのか、別のグループがいたらしい。


「星じゃないぞ!」


 誰かが叫んだ。


「UFOじゃないか!」


 ケントは腕を広げて興奮している。


 旋回する光は、見る間に夜空の一角を埋め尽くした。

 そのまま、暫く、編隊を組むようにその場にとどまった。

 それから、打ち上げられた花火の花弁が広がるように一気に四方に飛び散り始めた。


「ワッ! すごい! 流れ星みたいだ!」


「どうなってるんだ! これは!」


 ボク等は興奮していた。ボクは体をかたくした。


『いよいよ始まるんだ!』


 全身に武者震いが走った。


『本当だったんだ! 夢じゃなかったんだ!』


「主が地上に降りられる。第二の創世記を始められる」という言葉がよみがえった。


 ボクは、尾てい骨がググっと伸びて、しなやかで、力強い、大きな尻尾が生えてくるような気がした。


『ボクは愛を学ぶために、この星にきたんだ。ボクの仲間達も、この星にきているんだ』


 武者震いが止まらなかった。全身が燃えるように熱くなった。


『ボクは、やがて仲間たちとも出会うことになるだろう。そして、主の教えの下で、仲間たちと一緒に理想世界を創るんだ。それが、ボクの使命なんだ!』


 あの白いレプタリアンの姿が見えた。


『どうか、ボクを見護ってください。どうか、ボクを導いてください。ボクは、必ず、使命を果たします』


 ボクは高揚していた。

 胸に、熱い情熱の火が燃えているのがわかった。

 ボクの周りにたくさんの天使がいるのがわかった。


「みなさんのすべてが招かれています。

 いま、この私の話を聞いているキミたちも、招かれているのです。

 しかし、選ばれるものは少ないということを肝に銘じなさい」


 ボクはあらためて決意を固めた。

 今日という一日を、ボクは全力で生き切ろう。


 ボクはまだ子供だ。


 これから、一日一日、十分な力をつけるように頑張ろう。


 使命を果たすには、まず、今日一日を一生懸命に生き切ることから始めよう。


 すべてはこれからだ!



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