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7 白いレプタリアン、わが愛おしい魂の片割れよ

 ボクは、タダシやマユミと誘い合わせて、ひさしぶりに映画を見に行った。

 ケントも行きたがったので、つれて行くことにした。


 バスに乗って、電車に乗り換えて、繁華街にでた。

 夏の空は青く抜けるように高く、入道雲がくっきりとわき出ていた。

 繁華街は、歩道も車道も、人で一杯だった。

 日曜日だったので、歩行者天国になっていたのだ。


「お前、なんだよ、夏休みだってのに、わざわざ日曜日を選んできたのかよ」


「なんだよ。そう言うなよ。……そうだよな。言われてみれば、映画は日曜日に見るもんだと思ってたから、……。そういうおまえだって、ここにくるまで気がつかなかっただろ」


「ちょうどいいじゃん。ゆっくり歩けるんだから。大手を振って歩こうよ」


 そう言って歩き出したマユミを追いかけるように、ボク等も大手を振って車道を歩きだした。

 ボクは、なぜなのか、すぐに頭が痛くなった。

 初めは風邪で熱が出たときのようだったけど、段々、しつこく頭のなかまで差し込むように痛くなった。


「どうしたの、アキラ? 大丈夫?」


 頭を抱え込むボクを見て、マユミが声をかけた。


「腹が減ったんじゃないの。そろそろ、メシ食おうぜ」


 タダシは目ざとくマックを見つけると、一直線にそこに向かった。

 ボク等も、タダシに引きずられるようにしてマックに入った。

 ビックマックにかぶりついてはコーラをがぶ飲みする三人を横目で見ながら、ボクは頭痛に耐えた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ケントが声をかけてきた。


「マック、食べられなければ、ボクが食べてあげるよ」


 コンチクショウとボクは思ったけれど、手つかずのままのビッグマックをケントに差し出した。

 どうしてこんなに頭が痛いんだろう。

 暑いからなのかな? たしかに、この数日来の暑さは尋常ではなかったけど。


「熱はないわね」


 マユミがボクのオデコに手を当てて、そう言った。


「そうだね。熱はないね」


 ケントも真似をして、オデコに手を当ててきた。

 うざったかったけど、ボクはその手を振り払う気力もなかった。

 外に出ると、熱気が襲ってきた。

 アスファルトの照り返しを痛いほど感じた。体が鉛のように重かった。


「どこか、涼しいところに行こう」


 マユミがボクの顔を覗き込んできた。


「ちょうどいいよ。映画館に行こう。涼しいぞ」


 映画館はビックリするほど満員だった。


 映画は、夏で暑いし、評判になっている映画だからいいだろうと思って選んだホラーだった。

 客席に座って、すぐにボクは後悔した。

 ザワザワ、ザワザワと、なにかがボクを威嚇するように襲い掛かってくるのだ。

 寒くて、歯がガチガチ鳴るほど、ボクは震えだした。


 映画がはじまると、それはピークに達した。

 スクリーンから悪意を持った霊たちがあらわれて、ボクに襲い掛かってきたのだ。

 耐えられなくなって、ボクは気を失った。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、大丈夫?」


 ケントがボクの肩をもって揺り動かしていた。

 目をあけると、もう映画は終わって、観客席にはほとんど人が残っていなかった。

 ボクはずっと気を失ったままだったらしい。


「大丈夫なのか、おい」


 タダシもマユミも心配そうな顔をして、ボクをのぞき込んできた。


「早く出ようよ。もう帰ろう。アキラはずいぶん具合が悪いみたいだから」と、マユミ。


 外は相変わらずの熱気だった。

 ボク等は、人でいっぱいの繁華街を汗だくになって歩いた。


 なにかを大声でわめきちらしている人がいた。

 だみ声で、なにかに向かって大きく手を振ったりしながら怒鳴り声をあげている。

 まるで、その人の周りに、その人にしか見えないなにかがいるかのようだ。


 ボクは、そのとき、なんだか変なものが見えるのに気付いた。

 すれ違う人の頭や腰のあたりに、なにか黒いものがついているのだ。

 それは、黒くて、モヤモヤとした、蜘蛛の巣のかたまりのようなものに見えた。

 すぐに、それが死んだ人の霊であることがわかった。

 霊が憑いている人は数えきれないほどいた。

 すれ違う度に頭痛がひどくなった。

 ボクに噛みつくようにして、「死ね!」と言ってくる。


「お前なんか死んでしまえ!」


 気持ちの悪いザワザワとした感覚が襲い掛かってきた。

 なんと言ったらいいのか、邪気とでもいうようなものが立ち上ってきたのだ。

 邪気は、コンクリートの道路の下から立ち上ってくるようだった。


 なにかが起ころうとしていた。

 邪気は次第に勢いを増し、ボクの目に見える限りの区画を覆い尽くそうとしていた。


 ボクは、そのときになってようやく了解した。

 ボクは、まだなんなのかわからなかったけれども、これから、ここで起こるかもしれないことを予知していて、頭痛はそのことが原因だったのかもしれないと。


 歩行者天国を楽しんでいる人たちの一角から悲鳴が上がった。


 車道を歩いている人たちが右へ左へとなだれを打つように動き始めた。

 一台の小型トラックが人ごみのなかに突っ込んで行くのが、ボク等のところからも見えた。

 トラックは、歩行者を跳ね飛ばして交差点を通過し、街灯に激突して止まった。


 近くにいた人たちは、歩行者天国に誤ってトラックが進入してきたために起こった単純な交通事故だと思ったようだった。

 バラバラと野次馬が集まってきた。

 トラックから男の人が下りてきた。

 ここから無差別の殺戮劇が繰り広げられることになるとは、まだ誰も知らなかった。


 その男の手には、大きなサバイバルナイフが握られていた。


 男は、集まってきた通行人を立て続けに殺傷し、奇声を上げながら、次々と刺していった。


 ボクには、その男とダブって、気味の悪いなにかの姿が見えた。

 それは、雑誌で見たことのある悪魔に似ていた。

 その気味の悪いものは耳が尖り、尻尾があった。尻尾の先は、矢尻のように尖って鉤型になっていた。

 刃物を振るって、そこにいる人たちに襲い掛かっているのは、その男であり、男に憑依している悪魔だった。


 歩行者天国を楽しんでいた人々は逃げまどい、ぶつかり合い、もつれ合って倒れた。

 周囲には血の海が広がり、負傷者が重なりあって倒れた。

 まるで戦場のようだった。

 泣き叫ぶ声があちこちから聞こえた。

 男は刃物を振りかざし、次から次へと通行人に襲いかかっていった。


 ボクの目には地獄が見えた。

 幾体もの悪霊が現れた。

 それは、アニメでよく見る亡者の姿をしていた。

 悪霊たちは周りにいる人々に襲いかかった。

 悪霊たちは人々の恐怖、怯える心に入り込もうとしていた。

 辺り一帯に地獄の臭気が立ち込めた。阿鼻叫喚の地獄だった。


 そこにいる人々の恐怖がいきなりボクの心の中に入ってきた。

 ボクはどうしたら自分を制御できるのかわからず、混乱した。体がガタガタ震えた。


 そのとき、ボクはもう一つのことに気付いた。


 殺戮が行われている道路の上の方、ずっと上の方で、別の世界が展開していたのだ。

 そこには沢山の天使たちがいた。

 天使たちは大きな羽を持ち、虚空で、輪をつくるように殺戮現場を取り囲んで一様に合掌し、地上に出現した地獄を見護っていた。

 ボクには聞こえなかったけど、祈っているようだった。


 そして、その輪の中心に、天上から大きな光が降り注いでいた。


 その光は、地上を浄化し、人々を苦しみから解放しようとする光のようだった。

 清らかな、圧倒的な光だった。

 ボクは、その光の奥を覗き込んだけど、目が潰れそうな輝きで、なにも見えなかった。


 殺戮者から逃れようとする人たちが津波のようにボクたちの方に向かってきた。

 ボクたちは、その勢いに押されて、よろめきながら逃げ出した。


 逃げながら、ボクは、一瞬、振り返って殺戮者を見た。

 男は人とは思われない形相でこっちを見ていた。


 ボクと男の目が合った。

 そのとき、男の思いがボクの心の中に鋭く、激しく、入り込んできた。

 それは、その男の、救いを求める思いだった。悲しく、つらい思いだった。


 その晩のテレビは、この通り魔事件でもちきりだった。


 テレビの中で、殺戮現場は警察に制圧されていた。

 殺戮者は警官に取り押さえられ、パトカーに乗せられた。

 そこかしこにできた血だまりが惨劇のすさまじさを物語っていた。

 野次馬たちが遠巻きに現場を眺めていた。

 襲われた人は、すでに救急車で運ばれたのか、姿が見えなかった。


 ボクは、ケントとふざけながら、ご飯を食べた。テレビは見ていられなかった。


 テレビの画面からも、その現場で殺された人々の恐怖と混乱した心が伝わってきた。

 手錠を掛けられ、パトカーに乗せられた男は放心したような顔をしていた。

 男には、もう悪魔は憑いていなかった。


 ボクは、テレビの画面を見ないように、ことさらケントとふざけた。


「もう、いい加減にしなさい!」


 ママに言われると、ボクはわざとガツガツとご飯を掻き込んだ。


「おかわり!」


「いい加減にしなさい!」


 ボクは、普段よりずっと沢山ご飯を食べた。

 お腹は一杯だったけど、ボクは憂鬱だった。

 頭が痛くて仕方なかった。

 体が段々だるくなってきた。誰かに押さえ込まれているような感じだった。


 八時を過ぎたころから、気持ちが悪くなってきた。

 吐き気がした。抑えきれなくなって、ボクはトイレに駆け込んだ。

 何度か、吐いた。涙が流れた。なぜ、涙が流れるのかわからなかった。


 心の中は悲しみで一杯だった。

 その悲しみがあふれ出して涙となって流れてきた。

 それからも、ボクは何度か吐いた。

 ボクは疲れて、そのまま暫く便器にしがみ付いた。


「アキラ、大丈夫?」


 ママだった。ボクはママの顔を見上げて、ニコッと笑った。


「大丈夫だよ」


 言うそばから涙が流れた。

 堪え切れず、ボクは激しく嗚咽した。


 ママの温かい心がボクを包み込むのがわかった。

 大きな海のようなものが見えた。

 その海の中をボクは揺蕩っていた。

 その海は、ボクのことを大事に思ってくれるママの心だった。

 心の中にあたたかいものが広がり、悲しみが和らぐのがわかった。

 ボクは立ち上がった。ママの優しい目があった。


「もう大丈夫だよ」


 ボクは、ことさら元気な振りをして見せて、居間の方に歩きかけた。

 体に力が入らなくて、ボクは倒れた。

 そのままボクは気を失ったらしかった。


 ……見はるかす限りの海だった。


 海は凪いで、穏やかだった。

 海の中から大きな岩が現れた。

 ボクは、その岩を一つずつ飛んで行った。

 岩は次々と現れてきた。


 ボクは空を翔んだ。

 地上をゆったりと眺めた。

 美しい風景が広がっていた。

 青々とした緑の森が広がり、平原を大きな川が蛇行していた。


 ボクは宇宙の中を飛翔した。

 無数の星が煌めき、ボクはその美しさに心を奪われた。

 星々の煌めきが形成する銀河が見えた。

 銀河は数えきれないほどあった。何億も、何十億もあるようだった。


 大きな人影が見えた。白いレプタリアンだった。


 それは確かにレプタリアンの姿をしていたけれど、体の色は爬虫類の緑色ではなく、白色だった。


 レプタリアンはマントのようなものを羽織り、杖を持っていた。

 杖には、二匹の蛇が巻き付き、その上に双翼が付いていた。

 マントの下には、甲冑のようなものを着ているようだった。

 顔は爬虫類で、目を大きく見開き、耳が尖っていた。

 手の指は猛禽類のような指で、鋭い爪が伸びていた。

 しなやかで、力強い、大きな尻尾が生えていた。

 ボクの体のなかから声が響いてきた。


「我が愛おしい魂よ。

 我が誇り高き片割れよ。

 わたしはマゼラン星雲のエルダー星からきた。

 お前が成長するのを待っていた。

 お前は、この地球で、愛を学ばせるために送り込んだ、わたしの分身だ。

 わたしたちエルダー星のレプタリアンは、間もなく、大挙して地球に移住してくることが決まっている。


 主はすでに目覚められ、法を説かれた。

 ようやく、そのときがきたのだ。

 地球の神とともに、理想世界の建設が、いま、始まるのだ。

 はるかなる未来に向けて、わたしたちは進んでいかなければならない。

 これは聖なる戦いである。

 光満てる戦いである。

 日常性を脱せよ。

 そして、はるかなる未来に向けて、力強い歩みを進めよ」


 ボクは救急車で病院に運ばれ、そのまま入院した。

 検査を受けたけど、お医者さんの話では「異常はない」ということだった。


「夏バテなのかな……?」


 ママは心配そうにボクの顔を覗き込んだ。


 ……そこは、宇宙だった。足元に地球が見えた。


 ボクは宇宙船に乗っているらしかった。

 明るいブルーっぽい制服を着た人たちが忙しそうに働いていた。

 宇宙船の正面は全体が大きな窓のようになっていて、外の様子が見えた。

 たくさんの小型宇宙船が見えた。ボクがいるのは大型の母船らしかった。


 窓の外では、赤や緑や黄色のライトが明滅していた。

 司令官が小型宇宙船になにか指示を出した。

 窓から見える宇宙船は次々と降下を始めた。

 下りて行く先は、それぞれ違うようだった。

 窓に近寄って外を見ると、沢山の宇宙船がまるで流れ星のように降下して行く。

 その先に地球が見えた。


 宇宙船は次々と降下して行った……。



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