6 主(しゅ)が地に降りられる。第二の創世記をはじめられる。
よっちゃんのお葬式から数日、ボクはなにもする気になれなくて、部屋に閉じこもっていた。
ボクはおじいちゃんとよっちゃんのことを考えていた。
おじいちゃんは大病をして老衰で亡くなり、よっちゃんは自殺して亡くなった。
亡くなる、……死ぬって、一体、なんなんだろう。
おじいちゃんは、ボク等のところにでてきてくれた様子では、死んで、天国にかえったようだ。
よっちゃんは、そうじゃないらしい。
よっちゃんは暗い狭いところでうずくまるようにしていたけれど、あれはどこだったんだろう。
はっきりと見たわけじゃないけれど、おじいちゃんは明るい世界にいるような気がする。
よっちゃんは違うようだった。
ボクは、交通事故にあってから起きてきた不思議な出来事のことをずっと考えていた。
事故の後、ボクは救急車の上を病院まで翔ぶようにしてついていったけど、あれはなんだったんだろう。
臨死体験……? 話には聞いたことがあるけど、ボクがそんな体験をするだろうか?
あれは、本当だったんだろうか? 夢だったんだろうか?
その後も、守護霊という人がでてきて、不思議な体験をしたけれど、あれは本当のことだったんだろうか。
宇宙空間にいたり、地球が足の下に見えたり、地球の人類を護るのがボクの使命だとか言われたけれど、本当なんだろうか。
転生輪廻って、本当にあるんだろうか?
ケントも、タダシも、マユミも一緒にいたけれど、あれは幻覚? 夢?
ボク等が人類を護るんだって……!
そんなことがあるんだろうか!?
ボクだぜ?
こんな平凡なボクに、なにができるんだろうか。
おじいちゃんのお葬式では、死んだはずのおじいちゃんが生きて、そこにいて、帰りの車のなかでは地獄と言われるようなところまで見た。
ボクは正直、それが本当のことなのか、よくわからない。
夢を見ていたんじゃないのか。
なんとなく、ボクはそんなふうに思う。
いや、そうとしか思えない。
本当なんだろうか?
たしかに、それを体験しているときには、それがボクの目の前で展開しているのだから、それは圧倒的な現実感をもってそこにあった。
本当のことだとしか思えなかった。
けれど、時間がたつにつれて受け止め方は変わってくる。
なんて言ったらいいんだろう。ボクの日常とはあまりにかけ離れたことなので、‥…それはそうだろう。
ボクは平凡な高校生に過ぎないのだから。
ボクは、そうして考えていると、ボクが見たこと、体験したことが、段々、受け止めきれなくなってくるのだった。
……ボクはベッドの上でボンヤリしていた。
夏休みが終わってからの学校生活のことや、高校から先の大学や、その先のことをボンヤリ考えていた。
ボクは、あの事故以来、ひょっとして頭がどうにかなってしまったりしていないだろうか?
これまでのボクの日常生活では考えられないようなことが立て続けに起こってきたので、ボクは不安でならなかった。
ボクは、一体どうしたんだろう?
ボクは平凡な、どこにでもいる、ありきたりの高校生の一人だ。
ボクは、正直なところ、人生に特別な夢や希望というようなものを抱いてはいない。
ボクみたいな人間に特別なことなんかあるはずがない。
これまでもそうだったし、これからもそうに違いない。
ひいき目に見て、ボクは落ちこぼれとまではゆかないかもしれないけれど、特別なところはなにもない。
弟のケントや、タダシのことを考えても、どこといって特別なところのない、ごく平凡な人間だと思う。
このままゆけば、なんとなく人生が見とおせてしまう。そんな人間だ。ボクだって同じだ。
そんなことを考えているうち、ボクはウトウトした。
眠ったんだろうか。
ボクは大きな池の前に立っていた。
水面はまるで鏡のように平らかで、静かだった。
ボクは恐れることもなく池の中へ歩いていって、滑るように水面を歩いた。
池の水の下には、高層ビルがつらなる未来都市のようなものや、廃墟や、星々がきらめく宇宙のようなものが見えた。
ボクの上には、とほうもなくひろい空間がひろがっていた。
どこまでも、吸い込まれそうなほどに空間がひろがってゆくようだった。
水の中から、白く光る珠のようなものがあらわれた。
白く光る珠は綿毛のようにボクのまわりを浮遊した。
黄色い珠や、緑色の珠もあらわれた。
珠は水のなかからだけでなく、頭上の空間からも降りてくるようだった。
いつの間にか、ボクのまわりはさまざまな色の光る球で一杯になった。
『これは、一体、なんだろう?』
光る綿毛のような珠はボクの周りに集まってきた。
珠は数えきれないほどの数になって、ボクの体にくっついてきた。
それから、ボクの体のなかにまで入り込んできた。
あたたかくて、気持ちがよかった。
段々、ボクの体も光りはじめた。
……映像が見えた。
沢山の人が集まっていた。
大きな光がその人たちを包み込んでいる。
ボクも、その人たちの中に混じっていた。
ボクたちは、車座になって座っていた。
輪の中心には数人の人が立っていた。
そのうちの一人が両手を上げて、話し始めた。
「主が地上に降りられる!」
「オーッ」と、どよめきのようなものが起こった。
「主は、地球の第二の創世記を始められる。
最終ユートピアの建設です」
そこに集まった人々の心がよろこびに満たされるのがわかった。
ボクも、そのよろこびを共有していた。
みんなの思いが輪の中心で話している人に注がれた。
「みなさんの使命は大きな使命なのです。
地上に降りて、そのときを待ちなさい。
怠りなく、力をつけなさい。
弱き心に挫けることなく、使命を果たしなさい。
みなさんのすべてが、主の理想を実現するために招かれています。
しかし、主に使える天使として選ばれるものは少ないということを肝に銘じなさい」
ボク等の周りに、沢山の人の姿があらわれた。
人の姿は次々と現れ、数えきれないほどの人数になった。
一人ひとりが同じ理想を共有していた。
それは、主のお役に立つこと、使命を果たすことだった。
ボクは、畏れと期待でブルブルと武者震いした。
頭上から大きな、あたたかな光がボクたちを包み込むように降りてくるのがわかった。
「キミは『愛』を学ぶために、この星に送り込まれてきたんだ。この星の神の教えを学びなさい。この星の神の名は、『エル』と言います」
ボクの周りにいる人の姿がはっきりと見えた。
ケントもタダシもマユミも、その中にいた。
「キミたちはいつも一緒なのです。強い縁によって結ばれた魂グループなのです。キミたちの使命は大きな使命なのです。力をつけなさい。弱き心にくじけることなく、使命を果たしなさい! そのときは迫ってきています!」
その夜、ボクは気持ちが妙に高揚し、ご飯をお腹一杯に食べた。
心の中のワクワクする感じが抑えきれず、ボクは落ち着きがないように見えたのに違いない。
「アキラ! 今夜はどうしたの? 少し落ち着きなさい!」
パパは笑っていた。
ケントも笑っていた。
ママも笑っていた。
ボクもこらえ切れなくて、のけぞって笑った。
ボクはどうしたんだろう?
一体、なにがどうなったんだろう?
高揚感の底で、ボクは大きな不安も感じていた。
ボクはどうしたんだろう?
ボクはどうしたらいいんだろう?
ボクは、これからどうなるんだろう?
ボクは、夢を見ていたのだろうか。
ボクが体験したことは、夢だったのだろうか。
それは実際にボクの目の前で起こり、ボクはそれを見た。
しかし、時間が経つと、段々、曖昧になってくる。
夢だったとしたら、一体、ボクはどうしてしまったんだろうか?
一つだけ確かなことがある。
それは、ボクの中でなにかが決定的に変わってしまった、あるいは変わりつつあるということだった。
ボクは平凡な高校一年生だけど、もう以前のボクではないのかもしれない。
でも、もし、それが本当だとしたら、これから、ボクは、どうなるのだろうか?