5 死後の世界
静岡のおじいちゃんが亡くなった。
おじいちゃんは、ボクが記憶する限り、長いこと入院していて、頭頚部の骨肉腫というふうに聞いていた。
若いころから事業をしていたんだけれど、なにかで大きな失敗をして、関係する人たちが何人も命を落とすというようなことがあったらしい。
おじいちゃんは、そのことをずっと後悔していたようだ。
おじいちゃんは、骨肉腫の手術をして顔の半分がなくなってしまった。
ボク等がお見舞いに行ったとき、もうずっと前のことだけど、顔の右半分が大きく包帯で覆われていたのを覚えている。
そのときは、おじいちゃんは自分のことを気にする様子もなくニコニコして、お見舞いに行ったボクたち子供たちの相手をしてくれた。
久しぶりにボクたちに会うのがうれしかったのかもしれない。
ボクは中学になったか、ならないかぐらいのことだったと思う。
おじいちゃんは、それからも何度か入退院を繰り返したように聞いている。
ボクたちは、パパの運転する車で静岡に向かった。
おじいちゃんのお葬式には沢山の人が集まった。
ボクは久しぶりに、いとこのケイ君やトシ君、ジュンちゃんたちに会った。
中学生になった頃からずっと会っていなかったので、みんな、大きくなっているのに驚いた。
ボクも背は伸びたけど、相変わらず痩せっぽちだ。
ジュンちゃんは小さいときから剽軽だったけど、いまも相変わらずで、やたらとふざけたり、お葬式のために集まった人たちの間を走ったりして、ママに叱られていた。
お葬式が進んで、みんなで生花をお棺に入れるときがきた。
ボクとケントも生花をもらって、お棺に入れた。
お棺に沿って、お棺の中のおじいちゃんを見ながら、ゆっくりと周りをまわった。
お葬式に参列した沢山の人が順番にお棺に生花を入れた。泣いている人もいた。
ボクは席に戻ると、その様子を眺めた。
そのとき、奇妙なことに気付いた。
お棺の近くに、亡くなったはずのおじいちゃんが立っていたのだ。
おじいちゃんは誰かに付き添われて、お棺に生花を入れる人たちを見ていた。
おじいちゃんは顔に包帯を巻いていないで、とてもきれいな顔をしていた。少し若返ったような気がした。
ボクは目の錯覚かと思って、何度も目をパチパチしながら見直した。
おじいちゃんは確かにそこにいた。
ケントもボクの横で、食い入るように見ているのに気付いた。
「見える、おじいちゃん?」と聞くと、ケントは黙って頷いた。
「おじいちゃん、生きてるんだね」
ケントはボクの方を見て、真剣な目をして、また頷いた。
ケントとボクはおじいちゃんを見たことを誰にも話さなかった。
おじいちゃんは死んだけど、『死ぬってなんなんだろう』と、帰りの車の中でボクは考えた。
おじいちゃんの体は焼き場で焼かれてしまった。
ボクは、お棺が小さなトンネルのような火葬炉の中に入れられ、扉が閉じられるのを見た。
それから、炉の中で「ゴーッ」という火が燃え上がる音を聞いた。
あまり気持ちのいい音じゃなかった。
おじいちゃんの体は炎に焼かれて、もうなくなってしまった。
みんなで、焼かれた後の骨を長いお箸で拾って、骨壺に入れた。
誰も気が付かなかったようだけど、そのときも、おじいちゃんは誰かに付き添われて、そこにいた。
ボクは、おじいちゃんの近くに行って、顔を見上げた。
おじいちゃんは、にっこりと笑った。
「アキラ、ありがとう」
おじいちゃんの声はボクの心のうちに響いてきて、しっかりと聞こえた。
「神様がアキラを見護ってくださっているよ。……いま、地球の神様が地上に降りられていると聞いたよ。新しい世の中をつくられるそうだ。お前にも仕事があるぞ。頑張るんだぞ。おじいちゃんも、見ているよ。アキラ」
あのおじいちゃんは、なんなんだろう?
ユウレイ?
ユウレイって、なんなんだろ?
おじいちゃんは、確かに生きているような気がした。
いや、生きていた。
とてもきれいな顔をしたおじいちゃんだった。
ボクは死んだら、どうなるんだろう?
おじいちゃんみたいになるんだろうか?
それは、なんなんだろう?
生きているんだろうか?
死んでいるんだろうか?
おじいちゃんは、どこにいるんだろう?
「おじいちゃん、大変だったね。長いこと入院してて、苦しかったね。みんなのことをいつも心配してくれて、慈悲深い人だったね。困っている人がいると、放っておけない人だったね」
帰りの車のなかで、ママは泣いているようだった。
パパは、「うん」と言ったきり、ずっと不機嫌そうな顔をしていた。
車の中で、ボクは眠っていたんだろうか。
おじいちゃんのことを考えているうちに、なんだか見たことのない風景が見えてきた。
そこは陽のささない暗い世界で、たくさんの人が亡霊のように蠢いていた。
やせ細って、手も足も骨だらけで、お腹だけがポコッとでて骸骨のような姿の人が大勢いた。
その向こうでは、人々が罵り合いをしたり、殺し合ったりしていた。
血のような色をした池のなかでは、たくさんの人が救いを求めて、呻吟していた。
「これが地獄といわれる世界だよ。心の使い方を間違った人たちが行く世界だ。現代の社会では、六割を超える人たちが地獄に堕ちると言われている。よく見ておくがいい。この人たちを救うのがキミたちの使命なのだから」
そういって教えてくれたのは、お葬式で、おじいちゃんと一緒にいた霊人だった。
おじいちゃんの守護霊なのかもしれない。
「これからよく学ぶことだ。主が法を説かれる。その法を学んで、心の糧とすることだ。使命を果たせるように、主のお役に立てるように頑張りなさい!」
静岡から帰って、数日がたった。
「アキラ、よっちゃんのこと、覚えてる? よっちゃん、亡くなったらしいよ」
ママがボクの顔をのぞき込むようにして、そう言ってきた。
ママは、あまり話したがらなかったけど、よっちゃんは手首を切って自殺したらしかった。
よっちゃんはボクより二つ上の高校三年生だ。
近所だったし、小学校が同じだったから、以前は、よく家までボクを呼びにきてくれて、遊んでくれた。
一時、ボクがいじめにあったときには、いつもボクを守ってくれた。
学校に行くときも、帰るときも一緒にいてくれた。
よっちゃんのお葬式には、近所の人や沢山の高校生が集まった。
ボクもケントとタダシとマユミと一緒にママに付き添われて、お葬式に行った。
次々とお焼香をする子供たちに混じって、ボクたちもお焼香を済ませた。
式場は人で溢れていた。
お焼香が終わった高校生は、式場の外でたむろして、よっちゃんの噂話をしていた。
同じ高校に通う、よその地域の子供たちから、よっちゃんがいじめにあっていたような口振りだった。
ボクは、静岡のおじいちゃんのときのようによっちゃんの姿が見えないかとあちこち見まわしたけど、よっちゃんの姿はどこにも見えなかった。
よっちゃんのパパとママは、お焼香にきた人に頭を下げながら、泣いていた。よっちゃんの妹のかずちゃんも、泣いていた。
ボクは、その夜、よっちゃんの夢を見た。
ボクは、迷路のようなところを歩いていた。
周りが暗くて、足元がよく見えなかった。
右へ左へと曲がりながら、自分でもどこへ行くのかわからなかった。
行く先々で目に映る風景が次々と変わり、ボクはその薄暗さの中を歩いて行った。
気が付くと、廃墟のようなところを歩いていた。
辺りには、疲れてうずくまっている人たちがいた。みんな、薄汚れて悪臭がした。
よっちゃんは暗い小さな部屋の中で小さくなって、一人でじっとうずくまっていた。
ボクがきたのに気付かない様子だった。
「よっちゃん! よっちゃん!」と呼んでも、気が付かなかった。
ボクの声は耳に届かないようだった。