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3 啓示

 夏休みに入ると、ボクは少し安心した。


 体は相変わらず問題なかったけれど、休みになれば、毎日、学校へ行く必要もないし、学校でみんなから、なんとなく変な奴だなというような目で見られることもなかったからだ。


 ボクは事故のこともあって、部活も特別していなかったので、時間をもてあました。

 事故の後、なんの後遺症も異常もなかったのだけれど、ママからは近所のタダシやマユミとも、あまり遊ばないで、できるだけ家のなかにいるように言われた。


 間もなく、ケントの中学が夏休みに入った。

 ケントは計画を立て、毎日午前中に夏休みの宿題をすませた。

 見ていると、律儀なほど計画的で、セッセと勉強をしていた。

 ボクは随分しっかりした奴だなと驚いた。ルーズなボクとは大違いだ。

 勉強の後は、ゲームに没頭する時間だった。ボクはあまりゲームが好きじゃないので、ケントに誘われて一緒にやることはあっても、すぐに飽きてしまった。


 だから、その後は一人で部屋に閉じ籠り、他愛のないのないことを空想したり、妄想したりしていた。

 そのうち、大抵、ウツラウツラしていることが多かった。


 ボクはよく夢を見た。


 夢の中で、ボクは空を翔ぶ竜のようにグングン高いところへのぼっていったり、宇宙空間のようなところにいて、足の下に地球が見えたりすることもあった。


 夢だとわかっていても、不思議だなと思うことがよくあった。

 だって、空を翔んだり、宇宙空間まで出ていって、地球を上から見下ろしたりする夢なんて、それまで見たこともないし、正直、宇宙のことなんて大して興味も持っていなかったからだ。


 しかし、夢はリアルで、地球とボクをとりかこむ宇宙空間は漆黒の闇のなかに遠く近くに星々がきらめき、静寂が支配していた。

 地球はよく言われるように青くて、美しく輝いていた。


 夢の中で、見知らぬ人たちと話をすることもあった。

 沢山の人が集まった集会のようなところに混じっていることもあった。

 日本人だけじゃなく、金髪の北欧人のような人たちもいた。

 男性も女性もいて、みんな、思い思いの服装をしていた。

 ボクは臆する様子もなく誰とでも話をしているようだった。


 ボクは子供なんだけれど、大人の人たちと普通に話をしている。

 なんの話をしているのか、目が覚めると、まったく覚えていない。

 目覚めるたびに、夢を思い出しながら、不思議な夢だな、なぜ、こんな夢を見るのだろうかと思うことがよくあった。


 地球が夢に出てくるって、一体、なんなんだろう。

 なぜ、知らない人が出てきて話をしたりするのだろう。

 しかも、ボクは、なんだか以前からの知り合いでもあるかのように話をしているんだ。


 それから、もう一つ。いつも誰かがボクと一緒にいるんだ。

 ボクのすぐ横にいるか、少し離れたところから、いつもボクのことを見護ってくれてるような気がする。


「アキラ、ケントをプールにでも連れて行ってちょうだい」


 ある日、ママにそう言われた。


「ケントがプールに行きたいって言いうんだけど、ケント一人じゃ心配だから、あんた、一緒に行ってやってちょうだい」


 ケントのほうを見ると、うれしそうにボクを見返した。


「あんたは、だけど、事故の後だから、気をつけてよ。無理しないでよ」


 ケントをプールに連れて行け、だけど、無理するなんて、虫のいい言い方だ。

 ボクは、本当はあまり気が進まなかったけど、プールに行くことにした。

 ボクは水がこわくて泳げないから、プールがきらいなんだ。


「プールに行くぞ!」


 ボクはタダシとマユミに声をかけた。

 二人とも退屈していたらしく、一緒に行くことになった。

 ママがつくってくれたお弁当を持って、ボク等は出かけた。

 ケントは大喜びで、朝からハイテンションだった。


 空は抜けるような青空で、入道雲がモクモクと空高く聳え立っていた。


 流れるプールは人で一杯だった。


 ケントはすばやく着替えをすると、子供らしく歓声を上げてプールに走っていった。

 ボクはタダシと一緒に、ノロノロとプールに向かった。

 タダシは背が高いので、ボクよりずっと痩せて見える。


 ボクは、最初から、どうして時間をすごそうかと不安だった。

 タダシも泳ぎが得意じゃないことを知っていたので、気持ちが楽だった。

 ボク等は、浮き輪につかまって流れてゆくケントと一緒にプールの流れに沿って歩いた。

 退屈なので、ときどき手で水をバチャバチャしたり、わざとらしく肩まで水に浸かったりした。


「なんだ、ここにいたのね!」


 ボク等を見つけて、マユミが合流してきた。


 振り返ったボク等の視線はマユミにくぎ付けになった。

 去年、一緒にプールに行ったときには気付かなかったけれど、マユミはすっかり女の子らしい体つきになっていた。

 ボクの視線は、まるみをおびて盛り上がったマユミの胸や、やわらかな体の線に、まるで鳥もちではりつけられたようにくっついて離れなくなってしまった。

 タダシも、目を丸くしてマユミを見ていた。


「ねえ、あっちにもっと流れの面白いところがあるから、行かない?」


 そう言うと、マユミはもう歩き出した。

 タダシは吸い寄せられるようにマユミについていった。

 ボクも後を追おうとしたけれど、ケントが動こうとしないので声をかけた。


「ケント、あっちに行くぞ! 一緒に行かないのか」


 ケントは、水に浸かってしゃがみこんでいた。


「早く立てよ! 行くぞ!」


 ケントは神妙な顔をして、ボクの顔を見上げた。


「……座ってるけど、たってる」


「……ばか!」


 ボク等はマユミの後について別の流れるプールに移動した。

 別のプールに移動しても、プールが苦手なボクにとっては退屈なのは変わらなかった。

 マユミは多少泳げるらしく、どんどん先に行く。

 タダシは、その後を離れまいと、マユミにぴったりとくっついている。


 ケントとボクは後に残されて、無難なところでバシャバシャやっていたけれど、すぐに飽きてしまった。


 ボクはケントから浮き輪を借りて、バタ足をやってみた。

 思い切り足をバタつかせた。顔を水につけて、水の中で目を開けた。

 水の中で目を開けたのは初めてだった。

 プールの底を見れば、自分が前進しているのがわかるだろうと思ったのだけれど、プールの底はどこも同じようで、前進しているのかどうかわかりにくかった。

 息が苦しくなってきた。それでもボクは頑張って足をバタつかせた。


 もう、幾らなんでも相当前進しただろうと思って、ボクは立ち上がった。

 水に濡れた顔を乱暴に拭った。横を見ると、ケントがいた。白けた顔をしていた。


「お兄ちゃん、ぜんぜん、進まないよ!」


 ボクは必死に泳いでいるつもりだったけど、少しも前に進んでいなかったらしい。

 浮き輪を放り出した。もう帰りたかった。


 ケントがいきなりぶつかってきた。ケントも退屈しているんだ。

 ボクはヤケになって思い切りプールの水を掛けてやった。


 ケントは「ワーッ!」と叫び、ボクに水を掛けてきた。

「アハハハハ!」と大声で笑うケントが可愛かった。


 ケントがムキになって向かってくると、力まかせに水に沈めてやった。

 ケントはしこたま水を飲んで、本気の顔で仕返しをしてきた。


「アハハハハ!」


 ボクはケントを押さえこんで、何度もケントの頭を水に沈めた。

 苦しくなってケントが頭を上げると、笑いながら、また大袈裟な動作でケントを押さえ込んだ。


「止めて! 止めて!」と、ケントが叫んだ。


 ボクは、そのとき、一回くらい沈められてもいいかと思って、わざとケントにつかまってやった。


 ケントはボクにしがみついて、ボクの頭を押さえにかかった。

 ボクは、抵抗する振りをしながら水の中に沈んだ。

 ケントはよろこんで大笑いした。

 ボクは、「ちくしょー!」と叫んでケントに飛び掛かった。

 水に濡れたケントの痩せた小柄な体とボクの体がぶつかって、ゴツゴツした。


 ボクは、ケントに沈められたような振りをして、また水に沈んだ。


 水の中で目を開けて周りを見回すと、さっきはプールの底しか見えなかったけど、周りにいる人の腹や足が青白く光って見えた。

 何人もの人の体がボクの方に向かって歩いてきた。

 ゴーグルをして泳いでいる子がこっちの方に流れてくる。

 目が合った。その子はうまく動けないのか、プールの流れのせいなのか、もろにボクにぶつかってきた。

 ボクはびっくりして、水を飲みこんだ。

 水から頭を出して、咳き込んだ。手で顔を拭きながら、ゴーグルをした子の頭を邪険に向こうに押しやった。


「大丈夫?」。ケントが顔を寄せてきた。


 ボクはケントの頭をヘッドロックして一緒に水の中に潜った。

 ケントは手足をバタつかせた。

 ボクは、すぐにケントの頭をはなしたけど、そのまま暫く、水の中で沈んだままでいた。


 どうしてそんなことを思ったんだろう? 暫く、水の中にいようという考えが浮かんだのだ。


 水の上に出るのが面倒だったし、このまましているのも悪くないという気がした。

 それまで気が付かなかったけど、水の中は案外気持ちがよかったし、不思議な感じがした。


 水は、ボクの体の中にまで浸透してくるような気がした。

 ボクの体は水に馴染んだ。

 水の中でじっとしていても、苦しい感じがしなかった。

 なんだか水中でも呼吸ができそうな気がした。

 それは本当に不思議な感じだった。

 ボクは泳ぎが苦手だから、水が嫌いだと思っていたけど、意外にそうでもない気がした。


 ボクは水の中でリラックスした。伸び伸びと手足を伸ばしたいような気がした。


『ボクは、ひょっとしたら水の中で生まれて、水の中で生きていたんじゃないだろうか?』


 それは妙に説得力のある考えだった。

 ボクはすっかりこの考えが気に入ってしまった。魚か水陸両用の爬虫類にでもなったような気分だった。


 ボクは、リラックスして、ゆったりとした気分で周りを見渡した。

 それは奇妙な見たことのない美しい風景に見えた。

「キーン」という音が耳の中で聞こえてきて、周りが静かになった。目に映るものが揺れ出した。


 ボクはエラで呼吸をした。エラがどこにあるのかわからないけど、エラで呼吸をしたような気がする。

「キーン」という音が耳だけではなく、体全体で鳴り始めたけれど、不快な感じではなかった。


 向こうから、女の子がくるのが見えた。

 体つきから、マユミに違いない。

 ボクの方に向かってきて、手を差し伸べてきた。

 ボクは起き上がろうとしたけれど、上と下の感覚がわからなかった。

 手足をバタつかせたような気がする。

 そのうち、水の中の風景がおおきく流れ出した……。


 ……ボクは空を翔んでいた。


 ボクは力強く、グングンと高みへと昇って行った。


 下に、地球が見えた。

 いくつも雲を突き抜けると、大きな仏像が見えた。

 仏像は足を組んで、深い瞑想に入っているようだった。

 頭上に、ゆっくりと回転するUFOがいた。

 UFOの下側は、銅鐸に彫られた模様のようなものが見えた。

 UFOは右から左に回転しながら、降りてきて、雲の中に入った。

 雲が波のようにうねった。


 雲の中かから竜の首が出てきた。

 口から炎を吐いた。

 首の周りはびっしりと金色のうろこに覆われている。

 羽が生えている。

 竜は大きく、力強く、宙を翔んだ。


 ボクは、いつの間にか煌びやかな鳳凰に乗っていた。

 鳳凰は豊かに羽を広げ、宇宙空間をしなやかに、優雅に移動していった。

 また、眼下に地球が見えた。

 宇宙空間の闇の中にポツンと浮かんだ、美しい星だった。


「そのときがきた」


 ボクの心のなかで、そういう声が響いた。


「目覚めのときがきた。天上界で約束してきた使命を思い出すときだ。目覚めよ! お前たちの本来の仕事を果たすときがきたのだ」


 頭上で大きな光が輝いていた。

 そこから数限りない小さな光が分かれでて、地球に向かって降りていくのが見えた。

 その先には、目覚めのときを迎えたボクの仲間たちがいるらしかった。


 ……その後のことはよく覚えていない。気が付くと、ボクはプールサイドに寝かされていた。


 ケントは、水にもぐったまま上がってこないボクを抱きかかえて、大声で助けを求めたということだ。

 監視員が見当たらなかったので、近くにいた人と一緒にぐったりとしたボクの体をプールサイドに引き上げた。

 心臓に手を当てると、心臓は力強く、ゴットン、ゴットンと脈打っていたそうだ。

 それで、少し安心して、膨らんだボクのお腹に手を当てて、かるく押すようにしながらさすったそうだ。

 そうしたら、ボクの口から水が流れ出した。

 ケントはびっくりしたけれど、また、恐る恐るボクのお腹を押した。

 ボクは、「ゲボッ!」と水を吐き、それから体をちぢめて痙攣しながら、ゲボゲボと水を吐いたそうだ。


 目を開くと、ボクの顔の上には、不安そうなケントの顔があった。


「どうしたんだ、ケント」


 ボクの方がそう言ったらしい。

 ケントの目がウルウルして、大きな涙が流れてきた。


「どうしたんだ、ケント。大丈夫だよ。大丈夫だよ、ケント」と、ボクは繰り返した。


 ケントの周りに知らない人たちの顔が幾つもあって、ボクの様子をのぞき込んでいた。

 ノッポのタダシが心配そうにのぞき込んでいる顔が見えた。

 その隣に色の白い女の子がいた。

 マユミだったんだろうか。

 ボクは元気なところを見せなきゃならないと思って、「アハハ」と笑ってみせた。


そのつもりだったけど、そこでボクは気を失ったらしい。


 ボクが目を覚ましたのは病院だった。

 ボクはベッドに寝かされていて、ママが付き添ってくれていた。

 ママは疲れていたのか、椅子にすわってコックリ、コックリしていた。


 その夜、ボクは高熱を出した。夢を見た。


 ボクは、薄暗い迷路のようなところを歩いていた。


 前にも夢で見たことがある風景だった。

 風景はボクが歩くにつれて変化し、同じ姿のままでとどまっていることはなかった。

 不意に、途中で足元の道がなくなったり、次の足を出そうとすると、そこは底なしの奈落だったりした。


「アッ!」と思った瞬間、ボクは別の道を歩いていて、またどこに行くのかわからないけど、歩き続けるのだった。

 道は暗かった。風景全体が暗かった。

 ボクは道に迷っているらしかった。見覚えのない風景がずっと続いていた。


『ボクはどこへ行くんだろう?』


 不安が襲ってきた。


『この道でいいんだろうか?』


 ボクはどうしたらいいのかわからずに、ただ歩き続けた。


 大きなドアが出てきた。

 ボクは先に進むために、そのドアを開けた。

 そこはなにもない空間で、明るい光が充満していた。

 ボクは光の中を歩いて行った。

 その先に、また別のドアがあった。


 ボクはそのドアを開けた。



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