表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第二夜 死体

邸を離れる前、湊は一度、後ろを振り返った。


──黒百合家。

忌まわしくも、母が愛した場所。

命が、愛が、呪いが焼き付いた場所。


湊は躊躇いながらも、颯を布に包み、森の奥へと歩を進めた。死の力が静まり返った今、自分が守るべきものを守るために。


だが__


「……?」


森の中に、人影が動いた。


視線を向けると、そこには白を基調とした衣をまとう数名の影がいた。白百合の紋。黒百合家と双璧を成した、もう一つの「生を司る家系」。


白百合家の者たちは、湊に気づいた様子もなく、邸から出ていくところだった。その手には、何かを封じたような木箱や、重い包みがいくつも担がれていた。その中に、誰かの腕のようなものが見えた。


「……待って」


湊が声をかけようとした瞬間、その者たちは一斉に振り返ることなく、森の中へと姿を消した。その気配は、まるでこの世の存在ではないように掻き消えていく。


湊は急いで邸に戻った。


そして、目を見開いた。


「……ない……」


死体が、ない。

床に飛び散っていたはずの血も、千切れたはずの衣も、倒れた柱さえ整えられていた。祭壇に刻まれた呪式の痕跡までもが、すべて綺麗に拭い去られている。


そこには、まるで「誰も死ななかった」ような沈黙だけがあった。


湊は崩れた石畳に膝をついた。

否、何かは"意図して"隠されたのだ。

何者かが、証拠を、記録を、記憶さえも消し去ろうとしている。


「……白百合が、関与しているのか……?」


黒百合家と白百合家。

生死を司る二つの家系は、長らく互いを"鏡"のように見ていた。


だが、どちらが正しく命を扱うべきか。死を司るフィーネ神、生を司るリイヴ神。どちらがそれぞれの神に近いか。その答えを、彼らは選んだのかもしれない。


湊は膝に手を置き、深く息を吐いた。

再び腕に颯を抱き、ゆっくりと立ち上がる。


もはや、ここには何も残っていない。


「消された……すべて……」


残っているのは、自分の中にある魂たちの声。

そして、腕の中の赤子の、静かな鼓動だけ。


その夜、湊は邸を離れた。

もう二度と戻ることはなかった。


だが彼の背には、黒百合の呪いと、白百合への疑念、そして名もなき死者たちの囁きが、静かに付きまとい続けていた。


──終わったはずの黒百合家の惨劇は、

まだ、幕を閉じてなどいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ