第一夜 生き残ったのは2人の子どものみ
焼け跡のように変わり果てた黒百合家の邸に、沈黙が降りた。
その中心に、ひとり佇む少年がいた。
__黒百合湊。
不死となった彼は、枯れることも腐ることもなく、まるで時間そのものから見捨てられたかのように、動かずに立ち尽くしていた。
彼の腕の中には、まだ赤子の面影を残す幼い子が静かに眠っていた。その子の名は、黒百合颯。
唯一、湊とともに生き残った血族。黒百合家長男である晴人の息子であり、湊にとっては甥。けれど、もうそれを「他人」とは呼べなかった。
生き残ったのは、血を分けた「家族」だからではない。
その子が、かすかに泣いたのだ。あの、すべてが崩れ落ちた夜に。
ほんの一瞬、颯は花の咲き乱れる死の嵐のなかで、湊の胸の中で小さく声をあげた。
__死にたくない、と。
それはまるで、世界に拒絶された生命が、それでも生を選んだという宣言だった。
「颯……」
幼い声で、湊はそう呟いた。言葉が重かった。痛みが、喉を裂くように混じっていた。
湊の身体には一族全ての魂が刻まれている。 死んでいったの魔術師たちの知識と呪い。母の愛と絶望。黒百合家が長年積み上げてきた禁忌の果てが、今この小さな身体に収まっている。
重すぎる。けれど、手放すことはできなかった。
腕の中の赤子が、ふと寝返りをうった。
生きている。
湊の目に、初めて微かな光が宿った。
邸を出た湊は、廃墟のようになった黒百合の敷地を後にし、目的も無く森へと向かった。誰にも知られぬように、夜の帳に紛れて。首切り華を殺した罪。 夜桜華恵の神罰。 そして、自分の中で蠢く無数の「死者」。すべてを背負って生きることを選んだのは、湊自身だった。けれど、それでも。
「……颯、お前だけは……生きてくれ。どうか、真っ直ぐに」
湊の声に応じるように、赤子の瞳がゆっくりと開いた。 その瞳には、不思議な光が宿っていた。
それはまるで、枯れぬ夜桜のように__
湊は静かに笑った。頬には涙が流れていたが、それは悲しみだけのものではなかった。
▶◁▶◁▶◁▶◁
それから数年後。
人里離れた森の奥、誰も知らぬ場所に、小さな小屋が建てられた。そこに住むのは、黒衣の青年と、快活な少年。
ふたりは本当の名を隠し、世に混じって生きている。
けれど、その血に眠るものは、死の力と神の咎。
__そして、命の願い。
それは、夜桜の華が再び咲く日まで続く物語の、ほんの序章にすぎなかった。