表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

可愛い子。可哀想な子。どうか生きて。

黒百合家の当主、黒百合凌は、ある日一つの報せを受けた。


「植物の神である夜桜華恵が、怪異を嫁に迎えた。」


その嫁の名は、首切り華。

その姿は恐ろしくも、どこか儚げだった。首を持たず、代わりに色とりどりの華を司る人型の怪異。無数の花弁が宙に浮かび、その中心に、誰もが幻視する彼岸花がある。見る者によって色が異なると言われ、「華に魅せられた者は命を落とす」とさえ囁かれていた。


「神を惑わす下賤な怪異め……」


黒百合凌は、神をも恐れぬ傲慢さで首切り華を「悪性の存在」と断じた。

己が家系こそが「死を扱う資格」を持つと信じて疑わぬ凌にとって、神の婚姻という"異例"は、誇りと支配の構造を破壊する脅威だった。


そして凌は命じた。

「華を斬れ。死の魔術で、神の目の届かぬ領域に葬れ」


長男である黒百合晴人は、この命に異を唱えた唯一の者だった。


「父上、それは……神罰を招きます。神が嫁を娶るとは、ただの奇異ではない。夜桜様は人と神の境を越えたお方です。侮ってはなりません」


だがその進言は一笑に伏された。


「神がどうした。我ら黒百合が死の理を司ってきたという事実は揺るがぬ。嫁など、神の気まぐれに過ぎぬ」


その夜、首切り華は処刑された。

黒百合家の地下に広がる祭壇の上で、魔術によって拘束され、花弁はすべて剥がれ、哀しげに散った。

最後に見せたのは、赤黒い彼岸花。そして、遥か遠くから、それに応じるように花が咲き誇った。


それは、夜桜華恵の怒りだった。


空が落ちた。家の天井が、土が、影が、血を吸う花々に変わった。庭木は枝を延ばし黒百合を閉じこめる檻になり、黒百合家の者たちを根で貫いた。

その美しさは、絶望だった。命ある者すべてに"死"が降り注いだ。

影すら枯れさせてしまう神罰の中、たった一人、晴人は最期の力を振り絞り、赤子を抱いて逃れようとした。


「……颯……っ」


だが、逃げられなかった。


そして、ただ一人、生き残った者がいた。


黒百合家の女主人__湊の母。

彼女は、血を吐きながら、潰れた手で古の禁術書を開いた。

黒百合家"不死転移の秘術"。本来は一族の長だけが継承を許される命の対価魔術。


__この命、我が子に。


__この血統、すべてを捧げる。


彼女は詠唱と共に、自身の心臓を引き裂いた。

死にゆく黒百合家の一族すべての魂を集め、その中心に湊を置いた。


幼い彼の目に涙が浮かぶ。

泣き声は出ない。声帯がまだ弱いからではない。死が、周囲を完全に閉ざしていた。


「湊……お母様の、可愛い子……」


死にかけた彼女の手が湊の頬に触れたとき、光ではなく闇が咲いた。

その闇は血肉と命の意志を媒介に、湊の身体へと注がれていった。


一族の血をすべて浴び、魂をすべて食らい、湊は不死となった。


その瞬間、神の怒りも止んだ。

すべての花が枯れたように崩れ、夜桜の華が沈黙する。


闇の中に、一人。ただ泣いている子どもだけが残された。


死の匂いに満ちた空間で。

愛と呪いのすべてを受け継いだ、たった一人の"黒百合"が。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ