Episode 8: 寒さ対策と新たな出会い
ピザパーティーで盛り上がった夜、俺たちはアパートの内部をざっと見て回った。
一階部分は大家の居住空間だったのか古びた居間、他にいくつかの部屋と台所、共同の風呂とトイレ、そして二階には鍵付きの六畳半の個室が数部屋、賃貸用だったらしい。
かなり昭和で古い間取りだったが、人数的にはちょうど良かった。
俺、修二、敦史、クロ――それぞれに部屋を割り当て、久々の風呂に入り、買ってきた布団にくるまって眠りについた。
……が、朝になると、凍えるような寒さで目が覚めた。
「さ、寒い……! 息が白いぞ……!」
俺がガタガタ震えながら居間に行くと、修二と敦史も同じように震えていた。
窓はびっしりと結露しており、吐く息は白い。11月末とはいえ、ここまで冷えるとは予想外だった。
「……暖房器具がないと、この冬、凍死もありえるな。」
修二が震える声で冷静に言い、敦史も歯をカチカチ鳴らしながらうめく。
「……こんな寒さ、初めてだ……。
どうにかならないのか?」
――ん? 待てよ、クロがいない。
嫌な予感がして、俺たちは急いでクロの部屋へ向かった。
中を覗くと、毛布の中でクロが触手を縮こませ、キャベツくらいのサイズに縮んでいた。
意識も朦朧としていて、触手がかすかに動いている。
「クロ……! 大丈夫か!?」
慌てて声をかけると、クロは小さく呟いた。
「クロ……さむい……ねむい……。」
「まずい、寒さでやられてる! 温めないと!」
修二の指示で、俺たちはすぐさまクロを抱えて風呂場へと走った。
小さくなっているおかげで持ち運びやすく、なんとか湯を沸かして浴槽にそっと入れる。
すると、クロの体はみるみる元の大きさに戻り、触手がパタパタと動き出した。
「クロ……あったかい……! きもちいい……!」
嬉しそうに目を輝かせるクロに、俺たちはようやく胸をなで下ろした。
――が、安心も束の間、クロがまた湯船の中で目を閉じ始める。
「クロ……ねむい……。」
「おい、また縮まるんじゃないか!?」
慌てる俺に、敦史がぽつりと呟いた。
「植物には“休眠”ってのがあるんだ。
寒いと活動を抑えて、眠るらしい。
……昔、図鑑で読んだ。」
「……お前、意外と物知りだな。」
そう言うと、敦史は鼻を鳴らして少し得意げにうなずいた。
「まあな。でもこのままじゃ、本当に凍死するぞ。
暖房器具、どうにかしないと。」
修二も静かに頷いた。
「確かに。この寒さは危険だ。暖房器具を買いに行こう。」
問題は、俺たち全員がこの辺りの土地に詳しくないこと。
電気屋や家具店の場所も分からない。とにかく、手がかりになりそうな場所を探すしかない。
「……昨日見かけた駅前のリサイクルショップに行ってみないか?
あそこなら何かありそうだ。」
俺の提案に、修二と敦史が頷いた。
クロはまだ眠そうだったので、毛布にくるんで留守番させることにした。
リサイクルショップは、ビルのワンフロアを使った大型店舗だった。
店内には中古の家具や家電がずらりと並び、まるで新品のように見えるものも多い。
「……なんでリサイクルショップに新品みたいなものがこんなにあるんだ?」
不思議に思っていると、気さくな関西弁の店員が話しかけてきた。
30代くらいで、名札には「不破」と書かれている。
「初めて来たんやろ?
うちはな、型落ちとか未使用品とかも多いんやで。
それに、量販店で売れ残った在庫が流れてくることもあるから、見た目ピカピカなん多いんや。
中古品だって当たり前にピッカピカにして店舗に出してるんやしね」
事情を説明すると、不破さんはノリノリで商品を紹介してくれた。
「お兄さんたち、寒さに困ってるんやな?
やったら、石油ヒーターや。
電気よりしっかり温まるし、広い部屋でも大丈夫やで。
あと、こたつ...これ最高や。
電気代も安いし、足入れてぬくぬくできる。
ワイも実家で首まではいってよう寝てたわ!」
……いや、こたつで寝ると風邪ひくだろ、と思いつつも、確かに魅力的だ。
「俺、母ちゃんと暮らしてた家で使ってたなぁ。
冬といえばこたつだった。」
俺の言葉に修二も頷き、敦史はこたつに興味津々で覗き込む。
「……これがこたつか? 実物は初めて見るぞ……。」
「知らんかったんか?
これや、あったかい布団がついたテーブルや!足入れてみ?
めっちゃ気持ちええで。」
テンション高めの不破さんに敦史が押され気味になりつつも、俺たちは石油ヒーターとこたつを購入することに決めた。
「……中古の暖房器具って、大丈夫なのか?」
と渋る敦史に、不破さんがスマホを取り出して新品の値段を見せてくれた。
「新品なら石油ヒーターもこたつも2万とか3万するで?
うちはその半額以下や。動作確認も済んでるから安心しぃ。」
――確かに、それは助かる。
俺たちは最終的に、冷蔵庫(300L)、洗濯機(5kg縦型)、石油ヒーター、こたつ、調理器具一式、小さなダイニングセットをまとめて購入。
割引もしてもらい、すべて合わせて約4万8千円。なんとか予算内に収まった。
大きな荷物が多く、どうやって持ち帰るか悩んでいたところ、店長らしき小柄な男性が現れた。
「古田」と名札がついたその人は、温厚そうな関西弁で声をかけてきた。
「お前さんたち、ようけ買ってくれたなぁ。
……ほな、うちのトラックで運んだるわ。住所どこや?」
ありがたく甘えると、不破さんも「ワイも手伝いますわ!」と笑顔で同行してくれた。
アパートに着くと、古田さんがふと懐かしそうな顔をする。
「……このアパート、懐かしいなあ。
昔、佐伯さんって人が大家やった頃、ワイも世話になったんや。ええ人やったで。」
――佐伯さん。
多分、それは総帥の仮の姿だったのだろう。
以前何度かその「偽名」は聞いた事があった。
「その人に助けてもろてな。
ワイ、家賃払えへん時も、『落ち着くまで待つわ』って言うてくれて……ほんま、感謝してるんや。」
古田さんの言葉に、俺たちは心の中で静かに頷いた。
総帥は、表の顔でも誰かを助けていたんだ。
最後に、古田さんは「おまけや」と言ってストーブ用の灯油タンクを満タンでつけてくれた。
「気ぃつけて使いや。若いのが頑張ってるの見ると、応援したくなるんや。」
古田さんがそう言って、トラックから荷物を下ろしてくれた。
不破さんも手伝ってくれ、冷蔵庫や洗濯機、こたつを居間に設置するところまでやってくれた。
「また何かあったら、うちに来いよ! お兄さんたち、またサービスしたるわ!」
不破さんが明るく手を振る。
古田さんもタヌキっぽい顔でニッと笑った。
「不破の言う通りや。佐伯さんにも宜しゅうな。ほな、またな!」
早速部屋に戻ってこたつを設置し、石油ヒーターを点けると、冷え切っていた居間が一気に温まった。
クロも目を覚まし、嬉しそうに触手を振って居間にやってくる。
「クロ……あったかい……! うれしい……!」
「これが“こたつ”だ。
中に入って、こうやってぬくもるんだ。」
俺の説明にクロは興味津々でこたつに入ろうとするが、触手が布団に絡まってしまいパニックに。
「クロ……ぬの……はなれない……たすけて……!」
「落ち着けって。こうやって外すんだよ。」
笑いながらほどいてやると、ようやくこたつに入ることができたクロは、嬉しそうに目を輝かせた。
「クロ……こたつ……あったかい……! だいすき……!」
こたつに入った敦史も驚いたように言う。
「……なんだこれ、めっちゃ温かいな……。
こんな便利なもん、初めてだ。」
修二が穏やかに微笑んだ。
「……これで、この冬もなんとか越せそうだな。」
俺はこたつにくるまる仲間たちを見て、小さく呟いた。
「……まずは、このアパートをちゃんと住めるようにしないとな。」
新たな仲間たちとの朝。
小さな温もりと、新しい出会い。
――俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。