Episode84: 日常にいる存在(ユウキ視点)
ユウキは、帰宅してからのルーティンになりつつある行動を、今日も無意識にやっていた。
リュックを放り投げ、パーカーを脱ぎ、ノートPCを開く。
そして、ブラウザのブックマークから、見慣れたページを開く。
――Atsu_96。
登録者数は、少しずつだが確実に増えている。
爆発的、というほどではない。
けれどコメント欄の熱量は、数字よりもずっと高かった。
「……今日の更新は、っと」
新しい動画は、いつものWARHOUND解説だった。
ユウキは再生ボタンを押し、イヤホンを耳に差し込む。
落ち着いた声。
無駄な間がなく、かといって詰め込みすぎない説明。
視点の動きは相変わらず正確で、判断が早い。
「やっぱ、うまいよなぁ……」
もはや“参考にする”を通り越して、
見ていて気持ちがいいという領域に入っていた。
動画を見終え、惰性でコメント欄をスクロールする。
いつものように感謝の言葉、改善してみた報告、次の動画への期待――
その中に、ふと、引っかかる一文があった。
「この人の立ち回り、JUNに似てない?」
ユウキは指を止めた。
「……JUN?」
聞いたことがない名前だ。
少なくとも、今WARHOUND界隈で有名な配信者やプロに、そんな名前は思い当たらない。
別のコメントが続いている。
「分かる。あの“無駄を全部削った感じ”」
「懐かしいな、JUN……」
懐かしい?
過去形?
「誰だよ……」
気になって検索をかけてみるが、
出てくるのは断片的な書き込みや、古そうな掲示板のログばかりだった。
――JUN
――1年前、FPS界隈で“伝説”と呼ばれたプレイヤー
――世界大会一位獲得後、忽然と消えた謎の存在
「……なんだそれ」
都市伝説かよ、とユウキは鼻で笑った。
今のAtsu_96と、そんな正体不明の“伝説”が結びつく気がしない。
そもそも本当にいたのかも怪しい。
年齢も近そうだし、顔も一応出している。
普通に今を生きてる、ちょっと無口そうな兄ちゃんだ。
プロってもっと年上のイメージだしそんな伝説とのイメージと結びつきそうにない。
翌日、昼休み。
ベンチで弁当を広げながら、マサトとカイトにその話を振ってみた。
「なあ、昨日上がってたAtsu_96の動画のコメントにさ
“JUNに似てる”って書かれてたんだけど、知ってる?」
二人は顔を見合わせた。
「……JUN?」
「うーん、なんか聞いたことあるような、ないような……」
カイトがスマホをいじりながら言う。
「あー、あった。
なんか前、FPSの上位帯で異常に強かった人らしいぞ。
でもいちプレイヤーでしかなかったみたいで、
大会以外記録も残ってなくて、半分伝説扱いっぽい存在みたいだ」
「ふーん……」
ユウキは、それだけ聞いて興味を失った。
正直、どうでもよかった。
余りに現実離れした存在であり、実在感も薄い。
それに今、自分を助けてくれているのは、
今この瞬間に動画を上げてくれているAtsu_96だ。
たとえ似ていようが、過去の誰かなんて関係ない。
その数日後の夜。
ユウキは通知に気づいて、思わず声を上げた。
「……え?」
Atsu_96の新着動画。
だが、タイトルがいつもと毛色が全く違う。
――「ホラーが苦手な友人と最新ホラーゲームをやってみた」
「……ホラー?」
FPSじゃない。
解説でもない。
そして「友人」との動画?
動画も1時間半と長尺だ。
一瞬、見るのを迷ったが、どんなものなのかという好奇心が勝った。
再生ボタンを押す。
画面に映ったのは、見慣れたAtsu_96と、
その隣で明らかに落ち着きのない、「表示名:リュー」
彼が友人らしい。
そして昨日大手ゲーム会社から発売されたばかりの最新ホラーゲームが題材だ。
どんなものなのか、お手並み拝見と行こうじゃないか…
《ちょ、ちょっと待って! 音でかくない!?》
《……いや、普通だと思うけど、いや勝手に前に行くな、早い》
始まって数分で、ユウキは吹き出した。
「なにこれ……」
友人――リュー――は、
ホラーが苦手というだけあってリアクションがでかく、ちょっとの出来事で動揺する。
しかも慌てているのがモロわかりで行動も滅茶苦茶だ。
驚くたびに叫び、視点を振り回し、操作を誤り、勝手に追い詰められていく。
素人でももう少しましな動きをしたかもしれない。
それを、Atsu_96が淡々とフォローする。
《後ろ。はい、今止まって》
《落ち着いて。右、右。そこ安全》
まるで、
初現場で暴走する新人刑事と、冷静なベテランのバディものだ。
「ふはっ!ハリウッドのコメディ映画かよ……」
お約束の罠を踏み抜く、逃げているはずなのになぜか敵に突っ込んでいく
案外語彙力も高いのか、驚きのリアクションもコメントも多彩だ。
ストーリーではキャラに感情移入して涙ぐむのをAtsu_96に突っ込まれ
叫んで怖がっているはずなのに、なぜかめちゃくちゃ笑える。
そして、ふと気づく。
――このひどくめちゃくちゃな状況を、
――全部処理してるのが、Atsu_96なんだよなあ。
FPSの時とは違う。
理論も、解説もない。
ただ、混乱の中でリューをリカバリーしながら最適解を出し続けている。
「……やっぱ、すげぇな」
別の意味で、尊敬の度合いが上がった。
シリーズらしくまだホラゲのストーリーも途中だし
これからが気になるところで終わっている。
FPSとは違う意味で続きが早く投稿されないか楽しみになった。
そしてなんとなく普段でも人が良くてドジなリューと
淡々とした態度のAtsu_96が仲のいい友人として
何処かの大学でキャンパスライフを送ってるんじゃないかと
容易に想像が出来た。
翌日、大学。
「なあ、昨日の動画見た?」
「あのホラーのやつ?」
「見た見た、クッソ笑った!凄いよなあれ。」
話題は一気に広がった。
マサトが言う。
「なんかさ、FPSより人柄出てたよな」
「分かる。無口だけど、面倒見いい感じ」
カイトがニヤッとする。
「俺らも、あのゲームやってみね?」
「どんくらい難しいか、気になるよな!」
「さすがにあの”リュー”よりは俺の方が動けるはずだぜw」
ユウキは頷いた。
「いいな。ゼミ終わったら
コンビに寄ってからうちでやろうぜ!」
頭の片隅で、
一瞬だけ“JUN”という名前がよぎったが――
すぐに消えた。
今はただ、
次はどんな動画が上がるのか、それだけが楽しみだった。
春の午後、キャンパスのざわめきの中で、
“伝説”は静かに忘れられていく。
代わりに残るのは、
今日も誰かのゲームを、少しだけ楽しくしている
――Atsu_96という名前だった。




