Episode 83: 影になった名前(中嶋視点)
ネットの片隅で、妙な噂が立ち始めたのは4月に入ってからだった。
――JUNに似ているプレイヤーがいる。
中嶋はその文言を、業界向けの匿名掲示板で見つけた。
最初は鼻で笑った。
そういう与太話は、これまで何度もあった。
かつて世界ランク一位に手が届きかけた男。
某FPSタイトルで短期間のうちに頭角を現し、公式大会でチャンピオンにもなった。
活動期間はわずか一年足らず。
そして突然、姿を消した。
ログイン履歴は途絶え、アカウントも更新されず、連絡も取れなくなった。
JUN。
伝説として語るには短すぎるが、界隈の記憶には十分残る名前だった。
「似ているプレイヤーがいる」
そう言われるたびに、誰かが話題にしたがる。
再来だの、復活だの。
中嶋はそういう幻想に付き合う趣味はなかった。
彼はサラマンドラ所属のスカウトだ。
国内最大級のEスポーツ団体。
世界大会にも出場しているが、
まだ“勝てる側”とは言えない位置にいる。
三十代後半。
夢を見る年齢はとっくに過ぎている。
それでも一応、噂のアカウントは確認した。
ハンドルネームはAtu_96。
投稿されている動画を一つ開く。
マスク姿の実況者。
声も容姿も若く、目鼻立ちははっきりして中性的な雰囲気を持ちつつ
マスクで隠されていても輪郭は整っているのが分かる。
画面の向こうでキャラクターが走り、撃ち、避ける。
――動きは、確かに並のプレイヤーより格段に上手い、
実際にJUNの動きにも似ている。
だが、それだけだ。
以前に見たJUNの動きとは決定的に違う。
反応速度、索敵の癖、間の取り方。
似ている部分はあるが、決定的な冷酷さが足りない。
それに何より。
中嶋は、あの面談を覚えている。
ネット越しだったが、JUN本人と話した時の映像は脳裏に焼き付いている。
年齢不詳。
伸びきったスエット。
分厚い肉ではちきれんばかりの頬。
伏し目がちで、会話のテンポも悪い。
ぶよぶよの体型の、まったく冴えないニート。
ゲームの実力だけが異様に突出している男だった。
目の前の若いイケメンの配信者とは、どう見ても別人だ。
「……違うな」
小さく呟き、動画を止める。
それでも念のため、社内データベースからJUNの履歴書を引っ張り出した。
登録されていた緊急連絡先。
彼の実家と思われる固定電話。
番号を押すと、数回のコールのあと、「家政婦」を名乗る年配の女性が出た。
簡単に名乗り、要件を伝える。
返ってきたのは、予想外に静かな言葉だった。
「……去年、事故で亡くなりました。何か御用でしょうか?」
中嶋は一瞬、言葉を失った。
詳細は聞かなかった。
聞く必要もない。
形式的に礼を言って電話を切り、椅子に深く腰掛ける。
JUNは死んだ。永久に。
これで確信した。
噂のプレイヤーは、完全に別人。
それ以上でも以下でもない。
今後も「本物」が出てくる可能性は0だろう。
中嶋はディスプレイを閉じた。
正直、あの能力は少しだけ惜しいとは思っていた。
JUNほどの才能は、そう簡単に出てこない。
あの反射神経。
あの判断速度。
正直JUNはサラマンドラ全員が束になっても勝てるか分からないレベルだった。
だが同時に、はっきりとした現実もあった。
JUNは商品にならない。
表に出せる容姿でもない。
性格も協調性ゼロ。コミニュケーションにも難がある。
インタビューも無理。配信も無理。ファン対応など論外。
裏方としてなら最高の素材だ。
だが、チームに入れれば誰かが弾かれる。
当然空気は悪くなるだろう。
実力主義とはいえ、興行である以上、扱えない怪物に居場所はない。
だから中嶋は、当時こう考えていた。
JUNの名前を使い、別の若い見た目の良いプレイヤーを表に立てる。
本人は影として使う。
そういう形なら成立する。
だがJUNはそれを拒んだ。
結果、交渉は決裂。
直後にJUNは活動を停止した。
中嶋はその因果関係を否定しない。
多少の苦々しさはある。
だが同時に、JUNがサラマンドラと真正面から衝突しなかったことには安堵もしていた。
団体は今、正直伸び悩んでいる。
国内では頭ひとつ抜けているが、世界ではまだまだ通用しない。
スポンサーも増えたし後がない、次の切り札を探している段階だ。
そんな時期に、制御不能の天才を抱える余裕はない。
「惜しいとは思うが……」
中嶋は独りごちる。
「役に立たないなら意味がない」
JUNは死んだ。
確認も取れた。
なら、それで終わりだ。
似た動きをする若手が出てこようと関係ない。
サラマンドラが欲しいのは、才能だけじゃない。
扱える才能だ。
中嶋は新しいスカウト候補のリストを開いた。
十代後半。
見栄えが良く、受け答えも素直で、SNS映えする若者たち。
多少実力が足りなくても構わない。
育てればいい。
企業とはそういうものだ。
画面をスクロールしながら、中嶋はJUNの名前を頭の中から消した。
あれはもう過去だ。
そして、過去に居場所はない。




